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「お邪魔するわね」
街中で再会したサビーナ先生を、当然のように招き入れるユベール。それを「悪いわね」と言いながらも、平然と受け取るサビーナ先生。
この不可解な状況に、私は戸惑いを隠せなかった。しかもその答えをくれたのは……。
「前に宝石……じゃなかった魔石をくれた人がいるって話したのを憶えているかな。その人なんだ」
ユベールだった。私をテーブルの上に乗せながら、そっと教えてくれたのだ。目の前にはサビーナ先生が、椅子に座る。
「納得です。サビーナ先生なら、魔石を手に入れることはできるし、私を可愛いと昔から仰っていましたから」
「あら、ユベールはそこまで貴女に話したのね。嬉しいわ。ね、私の言った通り可愛い子でしょう?」
サビーナ先生はキッチンに向かうユベールに、そう問いかけた。
わざわざ確認しなくてもいいのに〜!
「はい。お陰で色々な服を着させたいんですが、なかなか許してくれなくて」
「それは、まだ一人で着られないからで……本当は私だって……」
可愛いドレスを着たいんだから!
「あらあら、まぁ! 心配していたけれど、思った以上に上手くいっているのね、貴女たち」
「そうだといいんですが」
「リゼットは?」
ユベールのまさかの返答に驚いていると、サビーナ先生が私に返事を促す。本人を前にして言うのは恥ずかしいけれど、普段の感謝を伝えるのには、いい機会だと思った。
「とても良くしてもらっています。私には勿体ないくらいです」
「相変わらず謙虚なのね、リゼットは。でも、少しはいい傾向になっているみたいだから、これでよしとしなくてはね」
「いい傾向、ですか?」
「えぇ。気持ちを溜め込んでいないように見えるから、違うかしら」
どうだろうか。以前のように、嫌がらせや嫌味、皮肉を耳にしていないせいか、私の心も穏やかだった。
今の状況に慣れようと必死なのもあるけれど。
「とりあえず、リゼットと二人で話したいから、場所を借りてもいいかしら、ユベール」
「勿論です。僕の口から話していいのか分からなかったので、むしろそうしてもらえると助かります」
「ありがとう。苦労をかけたわね」
「いえ、サビーナさんのお陰で今は楽しく過ごせていますから」
ユベールはそう言うと、再びキッチンの方へ向かって行った。
残された私はサビーナ先生と二人きり。人間だった最後の記憶と同じ光景だ。サビーナ先生は椅子に座り、私は床ではないがテーブルに座っている。
「改めて久しぶりね、リゼット。元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます。サビーナ先生はお変わりないようで……その、私の身に何が起こったのか、教えてもらえないでしょうか」
「そうね。でもその前に、リゼットはどこまで憶えているのかしら」
私は素直にヴィクトル様に婚約破棄された時から、サビーナ先生に会った時まで、憶えている限りのことを話した。
時折、思い出すだけで胸が締め付けられるほど苦しくなった。この人形に心臓があるのか分からないけれど。
多分、ユベールと共にいた日々が、穏やか過ぎたからだろう。いかにあの時が劣悪だったのかを思い知らされた。
「マニフィカ公爵様からいただいた手紙の内容は憶えていて?」
「ヴィクトル様、からの?」
手紙なんて、久しく貰っていないのに、憶えているはずがない。けれどサビーナ先生が言っているのは、恐らく違う手紙のことだと、瞬時に理解した。
「最後にサビーナ先生と会った時に、いただいたんでしょうか」
「えぇ、そうよ。やはり肝心な部分は抜け落ちているようね」
サビーナ先生はそう言うと、私の目の前で人差し指を、クルッと回してみせた。すると、日に焼けたような黄土色の紙が現れ、ヒラリとテーブルの上へ。
風で飛ばされないように、と私は手を伸ばした。途端、脳に直接入ってくる言葉たち。それも、ヴィクトル様の声で。
『婚約破棄を言い渡したのは、リゼットを責務から解放したかっただけなんだ』
『これだけは分かってほしい』
『私がリゼットを愛していることを』
『リゼットには生きていてほしい。どんな形でも……』
『こんな情けない私を、嫌っても構わないから』
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
壊れそうになるほどの痛みと、流れてくるヴィクトル様の想いに、私はどうにかなってしまいそうになった。