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「本番五秒前でーす!」
ライトが一段と明るくなる。
俺は軽く肩を回して、にっと笑った。
緊張はしない。
緊張しているように見せることはあるけど。
「どうも、朝倉湊です!」
拍手。歓声。軽い口笛。
司会者が言う。
「いやあ、最近ほんとに売れっ子だよね。主演ドラマも絶好調!」
「いやいや、まだまだです。昨日も妹にダメ出しされましたし」
「え、厳しい!」
「めちゃくちゃ厳しいです。あいつのほうが大女優になるんで」
笑いが起きる。
澪は本当に厳しい。
子役のくせに、感想が具体的だ。
——まあ、それはいい。
「ご両親のこと、今でもよく話題になりますよね」
その言葉に、スタジオが少し静まる。
俺は水を飲んでから、ゆっくり頷いた。
「はい。自慢の両親でした。今でも、誇りです」
これは本音だ。
悲しい話にしすぎないこと。
感情を乗せすぎないこと。
そうすると、空気が重くならない。
収録はそのまま明るく終わった。
カットの声。
照明が落ちる。
「湊くん、安定感あるよね」
「ほんとに十六歳?」
「将来有望だなあ」
スタッフの声を背中で受けながら、俺は楽屋に戻る。
スマホが震えた。
《終わった?》
澪から。
《いま終わった。何食べたい?》
《オムライス》
《太るぞ》
《お兄ちゃんよりは太らない》
思わず吹き出す。
澪は、母さんに似ている。
見た目も、言い方も。
エレベーターの前で立ち止まると、聞き慣れた声がした。
「湊」
振り向く。
スーツ姿の男が立っていた。
柔らかい笑顔。
落ち着いた目元。
「神代さん」
自然にそう呼ぶ。
この人は、俺たち兄妹の後見人だ。
両親が亡くなったあと、
住む場所も、学校も、仕事も、全部整えてくれた。
俺が芸能界に戻ると決めたときも、
反対せずに「応援する」と言ってくれた。
「収録、見ていたよ。よかった」
「ほんとですか? なんか変なこと言ってませんでした?」
「いや。湊らしかった」
その言い方が、少し嬉しい。
“俳優として”じゃなくて、
“湊として”。
「今日、時間はあるかい? 夕食でもどうだろう」
断る理由はない。
むしろ、ありがたい。
俺は笑って頷いた。
「ぜひ。澪にもお土産買って帰らないと怒られますけど」
神代さんが穏やかに笑う。
「澪ちゃんは本当にしっかりしているね。奈々さんにそっくりだ」
母さんの名前が出る。
胸が、少しだけ温かくなる。
「……そうですね」
エレベーターに並んで乗る。
沈黙は気まずくない。
この人といると、昔からそうだった。
両親の撮影現場で、
俺が退屈していると話しかけてくれた。
台本を読ませてくれた。
「湊は覚えるのが早いな」
そう言って笑った。
俺は昔から、台本を覚えるのが得意だった。
セリフも、間も、声も。
エレベーターの鏡に、二人並んだ姿が映る。
親子みたいだ、とよく言われる。
神代さんは言った。
「無理はするな。君はまだ十六歳だ」
「してませんよ。楽しいです」
本当に楽しい。
演じることは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
光の中に立つと、
何もかもが一瞬、綺麗に見える。
外に出ると、夜風が冷たい。
神代さんが車のドアを開けてくれる。
「将来、どんな俳優になりたい?」
不意に聞かれて、少し考える。
「……両親みたいな、ですかね」
それは自然な答えだった。
神代さんはゆっくり頷く。
「きっとなれる」
優しい声。
疑う理由なんて、どこにもない。
俺はシートベルトを締めながら、ふと思う。
もし両親が生きていたら、
今の俺をどう思うだろう。
笑ってくれるだろうか。
それとも、まだ子供だと言うだろうか。
車が走り出す。
街のネオンが流れていく。
光は綺麗だ。
何も疑わなければ、ただ綺麗でいられる。
俺は窓の外を見ながら、小さく笑った。
この人は、俺たちを助けてくれた人だ。
それだけは、間違いない。