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#オリジナル
モノクロナツキ
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「あーしんど! 疲れたぁ……!」
家から店までの、たった数十分の道のり。人生のすべての神経を使い果たした俺は、店に着くなりスタッフ用のソファに転がり込んで脱力した。口の中はカラカラ、脳みそは知恵熱が出そうなくらい熱い。
「秀太にぃって、あんなに空くんのお兄さんと仲良しやったんやな。知らんかった」
ふふ、と楽しそうに俺の様子を横目で見ながら、洸くんが平和な笑顔で話しかけてくる。
疲れた。……けどな、洸くん。その汚れなき愛くるしい笑顔のためなら、お兄ちゃんはいくらでも頑張れるんやで!
「まぁな、洸くんと弦がうちに引っ越してくる前からの仲やからな」
誤魔化すように返した言葉も、なんだか洸くんに嘘をついているようで、胸の奥にどっと別の疲れが押し寄せてくる。はよ一ヶ月過ぎてくれ。ほんで早く勝手に俺に惚れてすべて丸く収まってくれ、頼むから。
「……でも、あんなに仲良しやのに、空くんが引きこもってたの知らんかったんやな」
洸くんの何気ない一言にピクッ、と身体が強張る。
……ほんま、この子は勘が良すぎる。一瞬で心臓がバックンバックン鳴り出した。
「……誰にだって、人に秘密にしたいことくらいあるやろ? うちだって、もし洸くんや弦がそうなったら、俺の手で助けてやりたいって、俺だけの愛で助けてやりたいって思うもん。家族なんやから、陸さんだって同じやろ」
熱っぽく語る俺を見て、洸くんは後ろに手を組むと、ニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら近づいてきた。
「……やから俺、秀太にぃ大好きやねん。それ、絶対嘘じゃないもん」
ぐわぁ~~! 可愛すぎる……!! 俺、もうこの一言だけで今世を生きてる価値あるわ!
「もう、洸くん……朝から泣けてくるわ」
「うわ、秀太にぃ、ほんまに目が潤んでるぅ!」
「泣いてへんよ! よしっ、今日も一日頑張りましょか!」
パン、と自分の両頬を叩いて気合を入れる。すると、洸くんが思い出したように俺を見た。
「あ、そういえば、今日夜に元宮酒店さん来るんちゃうかった?」
「あ、そうや! あいつ、ええワイン見つけたって、こないだめちゃくちゃ興奮して電話してきたわ。あー、仕事後の楽しみ増えたわ~!」
もとちゃんの顔を思い浮かべただけで、さっきまでの陸さん疲れが綺麗に吹き飛んでいくのが分かった。
張り切って洸くんと一緒にオープンの準備を進める。次々と出勤してくるスタッフたちに「おはよ、今日もよろしく!」と声をかけ、いつもの笑顔で迎え入れる。
外の世界では、これから先もしんどい戦いが待っている。
でも、この店の中で、ハサミを握っている間だけは、そこから解放される俺たちだけの世界や。
♢
あの朝の出来事から怒涛の営業を終えた夜のこと。
昨日同様、一号店の様子を少し見てから1人でマンションへと戻ってきた。
『もうすぐ家つくで』もとちゃんにそうメッセージを送った後、美味いワインを楽しみにエントランスの自動ドアをくぐった──その瞬間、俺は心の中で盛大に嫌な顔をした。
うわ、またおるわ……。
まるで俺の帰る時間を計算し尽くしているかのように、エントランスの明かりの下で、陸さんが静かに佇んでいた。休みの日だと言うのに、仕立てのいいシャツを着こなしたその姿は、相変わらず非の打ち所がない。
「おかえりなさい、秀太さん。お待ちしていました」
「……こんばんは、陸さん。わざわざどうされたんですか?」
動揺を隠し、大人の顔を作って言葉を返す。一ヶ月限定の『恋人ごっこ』が始まったとはいえ、こうも頻繁に待ち構えられていると、さすがに全神経がガリガリと削られていく。
「お互い忙しいですし、時間がある限り、会っていた方がいいかと思いまして。今夜のご予定は──」
陸さんがいつも通り、どこまでも紳士的な、だけど拒絶を許さないトーンで微笑み、俺に一歩近づいた。
その時だった。
「おーい! 秀太! おつかれぇ!」
自動ドアが開き、夜の静かなエントランスに、聞き慣れたバカデカい声が響き渡った。
振り返ると、そこには元宮酒店のロゴが入った仕事着のまま、少し重そうな酒の箱を片手で抱えたもとちゃんが立っていた。
仕事終わりに寄ってくれたのか、少し汗をかいた首元を片手で拭いながら、俺の姿を見つけて嬉しそうに顔を輝かせている。
「今帰ってきたん?俺もちょうど今配達終わってさ、これ、こないだ言ってた最高のワイン! 一緒に飲もうとおもてたのに、車で来てもうてんけどな」
無邪気に箱を掲げるもとちゃん。
しかし、俺の隣に立つ陸さんの存在に気づいた瞬間、もとちゃんはピタッと足を止め、その人懐っこい目を少しだけ丸くした。
「……あ、先客? すみません、お邪魔でしたか?」
仕事着姿で生活感丸出しの、だけどいつも通りの幼馴染。
そして、端正な顔立ちに冷徹なまでの知性を湛えた、秘密の契約中の隣人。
何も知らないもとちゃんと、すべてを仕組んでいる陸さん。
二人の視線が、俺を挟んで、静かにエントランスの空気の中で交錯した。