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#アイドル
ゆめ
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帰らなければいけなくなってきた。
日本が自国と戦争を行うかもしれないという危機が新聞に大々的に取り上げられていた。このままでは自分も危ないことも重々理解している。離れたくない気持ちよりも自分の安全を守ることを優先するべきであるとわかっているつもりだ。道を歩くたび、人々から忌むような目線を向けられる。当然だ。敵同然の人間が当たり前のように道を歩いているのだから。
いつもの川柳の影で空を見上げる。
人間の諍いなど気にもしない雲がゆったりと流れている。帰らなければならない。しかし、祖国に帰る途中巻き込まれる恐れもある。これ以上現状が悪化する前にアメリカに逃げた方が良いのだろうか?このまま日本にいても周囲の人間を不快な気分に落とすだけだろう。
「お休み中?」
後ろから声が聞こえ、座ったまま振り返る。
そこにはいつもの変わらない幸江さんの姿があった。どうしようもないほどの胸の昂まりが苦しめた。別れなければならない。きちんと話さなければならない。言葉を紡ごうとすると喉の奥が熱く苦しく締まるようになる。
「あ…その。もう、国に帰らないといけないんだ。」
言葉が出た。ありえないほど呆気なく自然に発することができた。彼女の瞳は大きく見開かれ、驚きをよく示すように見えた。
「…そっか。いつ、出てくの?」
彼女は動揺することなく告げた。
「来月のはじめ。」
「わかった。見送り、行くね。」
彼女の言葉が耳の奥に響く。
このまま別れてしまう苦しみと悲しみが胸を強く締め上げる。
閑散とした部屋に埃っぽさだけが舞う。軍服なんていつぶりに来たのだろうか。こんな服で歩いたら多くの人に睨まれるに違いない。しかし、ここから港までそこまで距離はない。歩いて五分程度だ。改めてこうやって荷物を纏めてみると大した物はないのだと理解させられた。壁に来た時から下げられている時計には午前十時ちょうどを指し示していた。
「…さようなら」
三年と数ヶ月の時を過ごしたこの部屋に小さく別れを告げて後にした。
外に出ると秋らしい肌寒さを感じさせる風が吹いた。豆腐屋の女将がこちらを驚くように見つめた。小さく会釈を交わして終わった。港に行くとアメリカ行きの大きいとも言えない船が出航準備を着々と進めていた。その姿を見つめる幸江の姿があった。
「幸江さん」
小さく声をかけて近くに寄った。
彼女が振り向くと珍しい物でも見るように大きく目を見開いた。
「その服…」
「ずっと箪笥にしまってたけど、帰る時ぐらいはきちんとした格好でと思って。」
困惑するような表情を浮かべた彼女。嗚呼、帰りたくない。でも帰らなければならない。想いのままに幸江の手を取る。
「ずっと好きでした。」
更に大きく目を開く。
「必ず迎えに行きますから、待っていてくれませんか。」
そう言うと心臓が止まるような想いで告げた事に実感が湧かなかった。
「…はい。何時迄もお待ちしています。」
彼女の瞳に涙が浮かぶ。それを必死に隠すようにいつもの陽だまりのような笑顔を見せた。
彼女の額にキスを落とし、船に乗り込む。
さよなら、日本。さよなら、鶯。
「さよなら、幸江。」
コメント
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読み終えたわ…「六輪目」、めっちゃ切なくて胸が締め付けられた。戦時下の別れの決意と、あの「ずっと好きでした」からのキスシーン。自分の安全を優先する選択と、それでも想いを伝えずにはいられなかった気持ちがリアルで、最後の「さよなら、幸江」で完全にやられた。幸江さんの「何時迄もお待ちしています」って台詞も、あの笑顔も…もう、続きが気になって仕方ない。戦争が二人をどう引き裂くのか、読むのが怖いけど読みたい。秋宮さんの筆致、本当に繊細で好きだわ。