テラーノベル
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それから。
二人は、初めてのことばかりの毎日を過ごした。
病院で小さな鼓動を聞いた日。
ジュホが何度もエコー写真を眺めていたこと。
「これ、本当に俺たちの子なんだよね」
そう言って、何度も嬉しそうに笑ったこと。
ナユのお腹が少しずつ大きくなっていくたびに、ジュホはその変化を誰よりも喜んだ。
「今日、動いた?」
「まだ分からない」
「じゃあ、もう一回触っていい?」
「さっきから何回触ってるの?」
「だって気になる」
そんな何気ない会話を重ねながら。
二人は少しずつ、親になる準備をしていった。
そして。
長い時間をかけて。
二人のもとに、小さな命が生まれた。
小さな手。
小さな指。
初めて抱いた瞬間。
ジュホは何も言えなかった。
ただ、泣きそうな顔でその小さな身体を見つめていた。
「……小さい」
「うん」
「本当に、俺たちの子?」
ナユが笑う。
「そうですよ」
「……そっか」
ジュホは小さな手に、自分の指をそっと添えた。
その指を、小さな手がぎゅっと握る。
「……握った」
「ふふ」
「ナユ、見て」
「見てるよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
それから。
二人の毎日は、少しずつ変わっていった。
眠れない夜。
初めての育児。
仕事との両立。
思い通りにならないことも、たくさんあった。
それでも。
夜。
子どもが眠ったあと。
ナユは空を見上げる。
「ねえ、ジュホさん」
「ん?」
「昔の私が、今の私を見たらどう思うかな」
ジュホは少し考えた。
「たぶん、びっくりする」
「だよね」
「でも」
ジュホが続ける。
「最後には笑うと思う」
「なんで?」
「ちゃんと好きな人と一緒にいるから」
ナユは笑った。
「……そうかな」
「うん」
しばらく二人で月を見た。
昔。
ナユは客席からジュホを見ていた。
届かない人だった。
名前を呼ぶことさえできなかった。
彼の人生に自分が関わるなんて。
想像したこともなかった。
「私ね」
ナユが言う。
「昔は、ジュホさんに会えたらそれだけでいいって思ってた」
「うん」
「でも、会えたら今度は隣にいたくなった」
ジュホが笑う。
「俺も」
「え?」
「最初は、昔のファンの子に会えたことが嬉しかった」
「……」
「でも、気づいたら違ってた」
ジュホはナユを見る。
「ナユに会いたいって思うようになった」
「……はい」
「仕事じゃなくても」
「はい」
「理由がなくても」
「……はい」
「ただ、会いたい」
ナユは笑った。
「私もです」
月明かりが二人を照らす。
二人の影が並んでいる。
ファンとアイドル。
日本人と韓国人。
同じ世界にいながら、違う場所にいた二人。
何度も離れた。
何度も怖くなった。
好きになることも。
好きだと伝えることも。
一緒にいることも。
全部、簡単ではなかった。
それでも。
二人は何度も選び直した。
誰かに決められた未来ではなく。
自分たちの未来を。
ナユはジュホの手を握った。
「ジュホさん」
「ん?」
「これからも、よろしくお願いします」
ジュホが笑う。
「こちらこそ」
そして。
少しだけいたずらっぽく言った。
「でも、もうジュホさんって呼ばなくてもいいんじゃない?」
「……なんで?」
「同じ歳だし、何より夫婦だから」
ナユは笑った。
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「好きなように」
「じゃあ……ジュホ」
「……」
「何ですか?」
「もう一回」
「嫌です」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「昔は僕のことずっと見てたくせに」
「それは昔!」
二人の笑い声が夜に溶けていく。
月は何も言わない。
ただ静かに。
二人を照らしていた。
画面の向こうにいた人。
客席から見つめていた人。
いつか会えたらいいと思っていた人。
その「いつか」は。
何度も遠ざかった。
それでも。
最後には。
同じ場所に辿り着いた。
――月明かりの向こう側。
そこにあったのは。
誰かに見せるための恋ではなく。
誰かに認めてもらうための人生でもない。
二人が、自分たちで選んだ人生だった。
ナユはジュホの肩に寄りかかる。
ジュホはその手を握り返す。
遠くで、街の明かりが瞬いている。
そして家の中には。
二人が守りたい、小さな命が眠っている。
ナユは目を閉じた。
昔の自分に、もし一言だけ伝えられるなら。
きっとこう言う。
――大丈夫。
あの日、遠くから見ていた人と。
いつか。
同じ月を見られる日が来るよ。
そして。
ジュホもまた。
ナユの手を握りながら思う。
――あの日、客席にいた君を見つけてよかった。
あのときは知らなかった。
自分がいつか。
君の「推し」ではなく。
君の隣にいる人になるなんて。
二人は月を見上げる。
もう。
遠くから見るだけの光ではない。
自分たちの足元にも。
ちゃんと月明かりがあった。
――完――
#Snow Man
桃紫 さく🌸
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みーる
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コメント
1件
お疲れ様でした、完結おめでとうございます……! じんわりと心に沁みる最終話でした。特に最後の「大丈夫。あの日、遠くから見ていた人と、いつか同じ月を見られる日が来るよ」というナユの言葉が胸に刺さりました。ファンとアイドルから夫婦へ、距離を何度も越えて選び直した先にあったのがこの穏やかな月明かりなんだなって。呼び方が変わるところも可愛くて、二人の歴史がぎゅっと詰まっていて温かくなりました。素敵な物語をありがとうございました🌙