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教室の一番後ろ窓際の席
彼女はいつもそこにいた
誰かと話すでもなく、誰かに話しかけられるでもなく、
ただ静かに、窓の外を見ていた。
名前は確か……水瀬咲良…だっけ?
でもクラスでその名前を聞いた事はほとんどない
彼女の存在はまるで空気みたいに薄くて、
でも確かに、そこにあった。
僕はというと生徒会とか部活のキャプテンとかでいわゆる”前に出る側”の人間だった。
いつも誰かに頼られて、目立って、賑やかな輪の中にいた。
そんな僕が彼女に話しかけたのは三学期のある昼休みだった。
クラスメイトたちが騒がしくて少しうんざりして教室に戻った時
窓際に彼女だけがポツンと座っていた。
不思議とその背中が気になった。
『何見てるの?』
声に出した瞬間自分でも驚いた。
咲良がゆっくりとこちらを振り向いた。
目が合った。
けれどすぐにまた窓の外へ視線を戻す。
『空、誰も見てなかったから』
そう、小さく書き記されたみたいな言葉だった。
音になって聞こえた…というより
僕の胸の奥に紙に染み込んでくるみたいに届いた。
『空ってどんな空?』
僕がそう返すと彼女はほんの少しだけ考えて
『…なんでもない空。曇ってて何も見えない。でも、ちょっとだけ…光ってる。』
その言葉に何故か胸が痛くなった。
多分彼女は自分のことを空に重ねていたのだと思う。
何も見えない、誰にも気づかれたくない、でもほんの少しでいいから光を見つけたくて。
そんな風に生きているのかもしれないって。
『…名前、聞いてもいい、?』
咲良は少しだけ間を開けて手元の本を開きながら答えた。
『…水瀬咲良。あんまり呼ばれないけど』
名前すら遠慮がちに告げる。
その日から僕の世界に新しい色が混ざり始めた。
ガラス越しの静かな春の始まりだった。