テラーノベル
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※二次創作の作品です!
※所々の違和感、ご容赦ください
「はい、そこ動きが遅い! 怪獣は待ってくれへんよー!」
快晴の訓練場。
鼓膜をつんざくような新人たちの怒声と、土埃の匂い。
僕はいつも通り、口角を限界まで引き上げてグラウンドを見渡していた。
「カフカぁ! 今の踏み込みやと、余獣の皮すら斬れへんで! やり直し!」
「ぎゃあああ! 鬼! 悪魔! 副隊長ー!!」
アホみたいに騒ぐカフカの姿に、ふふっ、と笑い声が漏れる。
傍から見れば、いつも通りの「厳しいが優秀な副隊長」の姿だろう。
……でも。
(あかん。これ、ほんまに限界かもしれん)
笑みを張り付けたまま、僕はこっそりと奥歯を噛み締めた。
視界の端が、さっきからぐにゃぐにゃと歪んでいる。
背筋には氷を当てられたような悪寒が走るのに、首から上は火に炙られているように熱い。
関節の節々が、軋むように痛んだ。
昨晩からの嫌な予感は見事に的中し、今朝測った体温は、見なかったことにしたい数値を叩き出していた。
(……よりによって、今日か)
今日は午後から、防衛隊本部の視察団が来る。
第3部隊の副隊長として、僕が案内と訓練の指揮を執らなければならない。
休むという選択肢は、最初から存在しなかった。
「……副隊長?」
不意に、すぐ横から声がした。
振り返ると、四ノ宮が怪訝そうな顔で僕を見上げている。
「どうかしましたか? さっきから、指示のタイミングがコンマ数秒遅いですけど」
「……おや。四ノ宮にダメ出しされるとは、僕も焼きが回ったなぁ」
心臓が跳ねるのを隠し、飄々と言い返す。
このエリート新人は、ほんまに勘が鋭くて厄介や。
「なんでもないで。ただ……ちょっと」
言いかけた僕の言葉を遮るように、訓練場のスピーカーから小此木ちゃんの声が響いた。
『保科副隊長!亜白隊長が、本部の視察について確認したいことがあるそうです。至急、隊長室までお願いします』
「……了!」
助かった。
これで少し、休める。
「ほな、あとは各自で反省点見直すように。四ノ宮、カフカのしごき、任せたで」
「はっ、はい! 」
背を向け、本部棟へと歩き出す。
一歩踏み出すごとに、足の裏から這い上がってくるような鈍い疲労感。
(……隊長室に行く前に、少しだけ)
どこかで、座りたい。
〈カフカ視点〉
「……」
俺は、去っていく保科副隊長の背中を、じっと見つめていた。
「ちょっとカフカ! 手ェ止まってるわよ! さっさと構えなさい!」
「いてっ! わりぃキコル。……なぁ、なんか副隊長、変じゃなかったか?」
木刀を構え直し、俺は小声で尋ねた。
「……変って?」
「いや、うまく言えねぇけど……匂い、っつーか」
――怪獣8号としての、人間離れした嗅覚。
それが、微かな異変を捉えていた。
いつもの副隊長からする、淹れたてのコーヒーと刀の油の匂いじゃない。
冷や汗の匂い。そして、異常に高い体温が発する、独特の熱の匂い。
「気のせいかもだけど、息も荒かった。あの人、絶対無理してるぞ」
「! ……確かにさっき……」
キコルの顔色が変わる。
「……ちょっと、俺様子見てくるわ」
「待ちなさいよ! 訓練中に勝手な行動したら、また腕立て1000回よ!?」
「いいよ、後でいくらでもやってやる!」
俺は木刀を放り出し、副隊長が向かった本部棟へ走り出した。
市川の「先輩!?」と叫ぶ声が聞こえたが、止まれなかった。
きっとあの人は、笑いながら一人で抱え込む。
そういう不器用な人だってことを知っているからだ。
〈保科視点〉
どうして。
……なんで、こんな時に。
隊長室へ向かう途中にある、今は使われていない旧資料室。
保科はその冷たい床に、背中を丸めて座り込んでいた。
「はぁっ……ふっ……」
呼吸が、熱い。
隊長室まで、あと少しなのに。
足が完全に鉛になって、動かなくなった。
(……あと5分だけ。5分だけ休んだら、完璧な副隊長に戻れる)
そう自分に言い聞かせ、膝に額を押し当てる。
視察団への対応。
報告書の作成。
討伐のフォーメーションの見直し。
やらなあかんことは、山ほどあるのに。
どうして僕の体は、こんなに言うことを聞かないんや。
『保科は、本当に優秀だ』
いつかミナ隊長が言ってくれた言葉が、頭をよぎる。
その期待に応えたい。
「刀伐り」しかできない僕を、必要だと言ってくれたあの人のために。
完璧で、頼りになる右腕でいなければならないのに。
「……っ、げほっ……!」
咳き込むと、頭の奥で鐘が鳴ったようにガンガンと痛みが響く。
…..もう、時間や。
行かないと。
壁に手をつき、震える足で立ち上がろうとした、その時。
バンッ!!!
「副隊長!!!」
資料室のドアが、蹴破られるような勢いで開いた。
「!? かふ、か……?」
立っていたのは、息を切らしたカフカと、その後ろで焦った顔をしているキコル、そして市川だった。
〈カフカ視点〉
「っ……!」
薄暗い資料室。
そこにいた副隊長の姿を見て、俺は息を呑んだ。
壁に寄りかかり、座り込んでいる小さな体。
いつもピシッと整えられている隊服は乱れ、前髪の隙間から見える顔は、異常なほど赤かった。
「お前ら……なんで、ここ……」
副隊長が、ゆっくりと顔を上げる。
いつもの糸目はうっすらと開き、焦点が定まっていない。
「……やっぱり。めちゃくちゃ熱あるじゃないですか!」
俺は駆け寄り、躊躇なく副隊長の額に手を当てた。
「っ!? 触るな、アホ……!」
保科が弱い力で俺の手を払いのけようとするが、俺はどかなかった。
「あっつ! 何度あるんすかこれ! 市川! 救護班呼んでくれ!」
「もう呼んでます!」
「やっぱりあの時隠してたんですね。ばっかじゃないですか」
口ではキツいことを言いながらも、キコルはすぐさまクッションを持ってきて僕の背中に挟む。
「……やめ、ろ。やめろ市川。今日は、本部の視察が……」
「視察なんてどうでもいいっすよ!! あんたが倒れたら、誰が俺たちのケツ叩くんですか!!」
俺の大声に、副隊長はビクッと肩を震わせた。
「……カフカ。僕ぁ、副隊長なんや。隊長を、支えなあかんのや。こんなところで、立ち止まってるわけには……」
ギリッ
保科副隊長が、自分の唇から血が滲むほど強く噛み締めるのが見えた。
「完璧じゃ、ないと……横に、立てへんのや……」
それは、絶対に弱みを見せない彼が、限界を超えた熱のせいで零してしまった、痛々しいほど脆い本音だった。
俺は、どう言葉をかけていいか分からず、ただその背中を支えることしかできなかった。
「——誰が、完璧であることを求めた?」
その時。
資料室の入り口に、凛とした声が響いた。
〈保科視点〉
「……! あ、しろ……隊長」
そこに立っていたのは、亜白ミナだった。
彼女は、いつもの冷静な表情のまま、コツコツと足音を響かせて僕の前に歩み寄った。
「小此木から、生体反応(バイタル)に異常があると報告を受けた。……なぜ隠した」
「……申し訳、ありません。視察の件があったので……」
言い訳を紡ぐ口が、少し震えているのが自分でもわかる。
呆れられる。
自己管理もできない無能だと、見限られる。
そう思って、ギュッと目を閉じた、次の瞬間。
ポン。
頭の上に、少し冷たい、優しい手のひらが乗せられた。
「……え」
目を開けると、ミナ隊長が僕と同じ目線までしゃがみ込み、柔らかい顔で僕を見ていた。
「私が『優秀だ』と言ったのは、決して『完璧な機械であれ』という意味ではないぞ、保科」
「隊長……」
「お前が背伸びをして、無理をして私を支えてくれていることくらい、ずっと分かっていた。……気づかないふりをして、甘えていたのは私の方だ」
隊長の手が、僕の熱い額をそっと撫でる。
「たまには、私や……ここにいる頼もしい部下たちに、甘えろ。お前は一人で全部背負いすぎだ」
「……っ」
その言葉が、熱でドロドロになった脳髄の、一番奥の柔らかいところに染み込んでいく。
張り詰めていた糸が、プツン、と切れる音がした。
「第3部隊隊長、亜白ミナより、保科宗四郎副隊長へ命ずる」
「……はっ」
「直ちにこれから来る救護班と救護室へ向かい、48時間、ベッドから一歩も出ずに睡眠を取ること。以上だ」
「……了解、しました」
僕は、自分でも驚くほど素直に、その命令に従った。
〈カフカ視点〉
丸一日、泥のように眠り続けた保科副隊長が目を覚ましたのは、翌日の夕方だった。
「……あー、よう寝たわ。体、軽っ」
救護室のベッドで伸びをする副隊長。
顔色はすっかり良くなり、いつもの糸目スマイルが復活している。よかった。
「あ、起きましたね副隊長。これ、差し入れっす」
俺は、紙コップに入った甘い缶コーヒーを手渡した。
「おお、おおきに。……ん? カフカ、お前手ぇ真っ黒やないか。何してたん?」
「あー、これっすか」
俺は、ベッドの横にドンッ!と分厚いファイルの山を置いた。
「昨日の視察団の対応記録と、溜まってた報告書。キコルと市川と俺で、全部終わらせときました!」
「……は?」
キョトンとする副隊長。
「まぁ、俺の字が汚いって小此木さんに怒られて、半分くらい俺が書き直したんですけどね。でも、内容は完璧なはずっす!」
「お前らが……?」
「隊長が言ってたじゃないですか。たまには甘えろって。俺ら、副隊長が思ってるより、案外使えますよ?」
ニシシと笑う俺を見て、副隊長は数秒だけポカンとした後、
「……ぶっ、あははははっ!!」
腹を抱えて、盛大に吹き出した。
「なんやそれ! カフカの書いた報告書なんて、誤字脱字だらけに決まっとるやろ! 後で確認する僕の身にもなれや!」
「ちょ、人がせっかく徹夜でやったのに!?」
「でも、まぁ……」
副隊長は、俺が渡した甘いコーヒーを一口飲み、窓の外の夕暮れに目を細めた。
「……悪くないな。こういうのも」
その横顔は、いつもの「完璧な副隊長」の張り付いた笑みではなく、
年相応の、どこかスッキリした顔だった。
「……さて。復活したことやし、早速カフカには、字の汚さの罰として外周100周追加したろかな」
「はあぁ!? なんでそうなるんすか!! 鬼! 悪魔! おかっぱーー!!」
「誰がおかっぱや! ほら、さっさとグラウンド出んかい!」
救護室に、いつもの賑やかなやり取りが響き渡る。
俺たちの副隊長は、今日も元気で、理不尽で、最強だ。
(おわり)
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#日比野カフカ