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それから数日後、帝都貧民街では騒動が発生していた。
「神聖なる帝都に住まう寄生虫共を一掃し、帝都を清めねばならん!皇子殿下のパーティーまで時間がないぞ!急げーッ!!」
「はっ!!!」
突如として東部閥を中心とした領邦軍が貧民街へ攻撃を開始。家屋に放火し。
「ぎゃあああっ!!!」
「なんで領邦軍が!?ぁああっ!!」
「逃げろ!逃げろぉ!」
「一匹残らず仕留めろ!これは治安維持活動である!」
領邦軍の兵士達は逃げ惑う貧民街の民に老若男女を問わず武器を向けた。この大掃除と呼ばれた大虐殺は千人を越える死者を出す惨劇となった。
この知らせは直ぐ様帝都全域に流れ、別荘に居たレンゲン公爵家にも伝えられた。
「大掃除、ねぇ。随分と露骨な真似をするじゃない」
報告を聞いたカナリアは紅茶を飲みながらうんざりとしていた。
側に控えるメイド、シャーリィに視線を向ける。
「このタイミングで事を起こす理由は、他の派閥に対する警告の意味を含んでいるでしょうね」
「我々に従わなければ同じ様な目に遭うって意味かしらね?」
「そう考えても間違いでは無いかと」
「やってくれるわね。そもそも帝都で領邦軍で勝手をするなんて前代未聞よ?」
「帝室の権威はそこまで失墜しているのですか?」
「皇帝陛下は病床だし、やったのは東部閥。第二皇子殿下の後ろ楯よ。好き勝手が許されてきたけれど、領邦軍まで動員したのは初めてだわ。つまり、それだけ堕ちているのよ」
「なるほど……ん、外が騒がしいですね」
屋敷の周囲に響く喧騒を耳にしてシャーリィが首を傾げ、カナリアも眉を潜めた。
すると直ぐに衛兵の制服を身に付けたレイミが部屋へ駆け込む。
「お姉様方!」
「何事ですか、レイミ。周りの目を気にしないと」
「人払いは済ませましたよ、お姉さま。それよりもカナリアお姉様! 緊急事態です! 貧民街で暴れ回っていた領邦軍の一部がこちらへ向かっています! 先触れの話からすると、治安維持と保護を名目にジョゼを引き渡せと!」
「はっ!?本気なのですか!?ジョゼを引き渡せ!?」
レイミの知らせにシャーリィも目を見開く。レンゲン公爵家へ武力を背景とした要求を突きつける等前代未聞なのだ。
「レイミ、相手は?マンダイン公爵家かしら?」
「いえ、掲げている旗印は東部閥の貴族のものです。男爵が数家分ですね。兵力は凡そ二百、武装はマスケット銃が主体の戦列歩兵です」
「舐められたものね」
「ですが、厄介なことになりました。ここまで露骨な真似をするとは」
「全くだわ。帝都は東部閥の庭みたいなものよ。領邦軍だって幾らでも動員できる。けれど、私達は違う。本拠地は遠く離れている」
「しかしカナリアお姉様、ジョゼを引き渡すことは出来ませんよ」
「当たり前よ、レイミ。ただ、正面衝突だけは避けたいわ。ここは敵地なのよ」
「では、カナリアお姉様は時間を稼いでください。レンゲン公爵家が手を出すのが不味いのであって、正体不明の勢力が撃退すれば問題にはなりません。難癖は付けられるでしょうが」
「先に武力で威嚇したのはあちらだものね、やり様はあるわ。シャーリィ、任せて良いかしら?」
「お任せを」
「ですがお姉さま、戦力はどうされますか?私に命じていただければ、数十人を纏めて凍り付かせることが出来ますよ?」
「そんな大立ち回りをさせてしまえば、レイミの存在が露見してしまいますよ」
「ではどのように? 衛兵隊をかき集めても百に届きません」
「レイミ、私はこれまでの失敗で学んだことがあります。いつでも自由に動かせる戦力を常に用意しておくことです」
窓を開けたシャーリィは小さな笛を取り出して、そっと吹く。するとまるで小鳥の鳴き声ような音が鳴り響いた。
その音を聞いた者達が同じ笛を吹き、程度全体に響き渡らせる。
すると、黒いローブを纏いフードで顔を隠した集団が次々とレンゲン公爵家の別荘周辺に密かに集まっていく。
「まさかこんなに早く招集が掛かるなんてね」
「リサ、皆を纏めて。私は代表に会ってくる」
「分かったわ、気をつけてね?リナ」
エルフのリナ率いるエルフの集団、『猟兵』である。
この一年でシャーリィの要望に従って徐々に数を増やした彼女達は、既に百名近くの規模にまで拡大していた。
普段は黄昏の治安維持及び周辺の魔物討伐、酪農地の管理を任されている彼女達だが、その特性から身軽で展開力が高く即応性に秀でており、特殊部隊のような一面を持つ。
今回帝都入りに合わせてシャーリィはリナ、リサを中心に六十名の『猟兵』を帝都全域に配置。鳥笛を用いた連絡手段の確立により、状況への迅速な対応を可能とした即応集団として運用している。
カナリアから事態への対処を正式に命じられたシャーリィは、レイミを伴って裏庭へと移動。セレスティン、エーリカが然り気無く人払いを済ませた場所でリナと落ち合った。
「状況はご存知ですね? 端的に言えば、こちらに向かってくる集団が邪魔です。ただ、此方が手を出すと厄介なことになってしまいます」
「私達が仕留めれば問題はありませんね?」
「その通りです。その際に一芝居お願いしたいと思います。こちらに攻撃を加えてください。当てないように注意を。それに合わせてこちらも反撃します。もちろん当たりませんから気にしないように」
「私達と代表達も争っているように見せるのですね?」
「そうです。第三勢力の介入によって有耶無耶になる。それが望ましい結果です。レイミ」
「私は衛兵隊を率いますが、弾は持ち込んだ空砲を使いますから安心してください。また、応戦するのはうちの息の掛かった者達ばかりなので遠慮は無用ですよ」
レイミは衛兵として潜り込む際、オータムリゾートの手練れを十人程衛兵として潜り込ませた。もちろんカナリアの許可はとっており、今回の策でも本来の衛兵達はカナリアやジョセフィーヌの護衛に当たらせている。
「分かりました。敵対者については何処までやりますか?」
「生存者が必要ですから、討ち取るのはある程度で構いませんよ。ただ、貴族を殺すと厄介なことになりますからそこだけは注意を。中堅指揮官を優先して狙うように。筆頭従士が務めている場合がほとんどです。自分達の浅はかさを、命を以て理解させてあげます」
斯くしてマンダイン公爵家の放った策の初手は、シャーリィ達によって手酷い反撃を受けることになる。