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マンダイン公爵家を中心とした東部閥所属の領邦軍による貧民街における大虐殺は、治安維持活動の一環として帝室及び政府に通達された。病床にある皇帝に代わり第二皇子が許可を与えたため公的な軍事行動として処理された。
そして領邦軍の一部が帝都貴族街にある西部閥を取り仕切るレンゲン公爵家の別荘へと進撃していた。その内訳は男爵家が一家、騎士爵家が四家となっている。彼等は自前の領邦軍合計二百弱を率いており、その目的は治安維持のためレンゲン公爵家の令嬢ジョセフィーヌ=レンゲン公爵令嬢の保護であった。
この隊を率いる実質的な指揮官はパウルス男爵、粛清されたガズウット元男爵の遠縁に当たる人物である。彼は東部閥内部のパーティーでマンダイン公爵の娘であるフェルーシア=マンダイン公爵令嬢の不興を買うと言う失態を犯し、その挽回のために抜擢されたのである。
「なんとしても遂行し、挽回せねば私の居場所はない!気を引き締めよ!」
挽回のために張り切るパウルス男爵であるが、実際には彼の領地にある良質な鉱山を手中にせんと仕掛けられたマンダイン公爵家の謀略であり、仮にジョセフィーヌを確保しても強引な手を使ったとして爵位を剥奪される予定であった。
そんな運命が待ち受けているとも知らず、彼は領邦軍を進める。帝国に於いて貴族に歯向かう者は稀であり、まして領邦軍に反撃するなど聞いたこともない。
相手は西の雄レンゲン公爵家ではあるが、遠く本拠地を離れた帝都では充分な戦力を集めることなど出来ない。成功の公算は高いと誰もが判断していた。
その前例の無い行動を取り、ガズウット元男爵を破滅に追い込んだ少女が自分達が目指す先で待ち構えているなど知る由もなかった。
対するレンゲン公爵家の別荘では。
「逃げ出すなんて恥さらしな真似をするつもりはないわ。そんな事をすれば権威に傷が付く。どんな時でも悠然とあれ、取り乱すような醜態を晒してはダメよ?ジョゼ」
「はい、お母様。ですが、本当に大丈夫でしょうか?」
「貴女の姉達を信じなさい」
カナリア=レンゲン女公爵は、愛娘であるジョセフィーヌと共に屋敷に留まり、優雅な一時を過ごしていた。
周囲にはレンゲン公爵家の衛兵達が集まり厳重な警備が敷かれている。
そして正門にはレイミと彼女が潜り込ませたオータムリゾートの手練れ十数名が衛兵の制服に身を包み、パウルス男爵らを迎える準備を進めていた。
周囲にはシャーリィが手配したリナ率いる六十名のエルフ達が潜伏しており、その時を待ち構えていた。
「パウルス男爵である。先触れからの知らせはあったと思うが、今一度申し上げる。現在帝都の治安は極めて不安定であり、憂慮すべき状況である。従って、公爵閣下に憂い無くお過ごしいただけるようご令嬢様の保護に参った」
馬から降りたパウルス男爵は深々と一礼して要望を宣言した。その後ろにはマスケット銃を装備した二百名弱の領邦軍が控えている。
「公爵閣下におかれましては、その儀は不要とご返答された。また、公爵家の面前に領邦軍を並べるなど無礼千万!この件は正式に抗議させていただきますぞ!」
応対したのはレンゲン公爵家の従士の一人。パウルス男爵の要求は公爵家としても到底受け入れられないものであり、断固とした態度で拒否を宣言した。
一方パウルス男爵としてもその回答は予想できていたので、用意していた妥協案を提示する。
「誤解があるようだ。我々は誓って公爵閣下に弓を引くつもりはない。だが、ご令嬢を見ず知らずの者に預けるなど酷な話であったな。謝罪する」
深々と頭を下げるパウルス男爵。そして顔を上げた彼は代案を提示する。
「しかしながら、我々が公爵閣下の御身を案じているのも事実だ。故に、お屋敷警護を任せていただけまいか。何かと物騒な帝都だ。人手は多いに越したことはあるまい」
「それこそご無用と言うもの!我らも精鋭を引き連れている!」
双方が激しく意見を交わしている最中、衛兵に扮して待機していたレイミの背後に新たな気配が現れる。慣れた様子でレイミは少しだけ振り向き、予想通りの人物を視界に納める。
「お姉さま、ここは危険です。カナリアお姉様のお側に居るべきでは?」
そこにはメイド服ではなく衛兵の制服と仮面をつけたシャーリィが居た。
「可愛い妹を矢面に立たせて安全な場所に居るのは我慢できませんでした」
「しかし、策は打ってあるのでしょう? わざわざ危ない場所に来なくても私が上手くやりますよ?」
「レイミの器量を疑っているわけではありませんよ。そもそも疑ったことすらありません。言うなれば妹を心配する純粋な姉心です。レイミこそ後方へ下がりますか?」
「お姉さまを残して、ですか? あり得ませんね」
「でしょう?」
レイミは得意気な姉を見て、その後ろに控える幼馴染みに視線を向ける。
「エーリカ、もう少し頑張って頂戴」
「無茶言わないでください、レイミお嬢様。シャーリィお嬢様の抑え役なんて奥様かルイス君しか無理ですよ?」
「分かってはいますが……まあ仕方無いか。怪我をしないようにしてくださいね」
「レイミとエーリカ、二人もですよ」
言い合いをしている側でのんびり語らう少女達を見て、周囲の衛兵達もほどよく肩の力を抜いた。もとよりレイミが引き連れたオータムリゾートの猛者達だ。領邦軍程度を恐れるものではない。まして面倒事を避けられる算段がついているとなれば、尚更である。
「やれやれ、貴公では話にならんな。公爵閣下にお目通りを願いたいが」
「公爵閣下はご多忙です。何より閣下とお会いしたいならば、礼を尽くすべきでしょう。最低限、軍を退いて頂かねばお取り次ぎは出来ません!」
明確な拒否に、パウルス男爵も顔をしかめた。
「仕方無い、貴公は事の重大性を正しく理解していないようだ。少しばかり手荒な真似をしなければならん。閣下には後程手違いがあったとお詫びする。構え!」
パウルス男爵の号令で二百名が隊列を組みマスケット銃を構えた。その様子を見て、シャーリィは、笑みを深める。
「実に短絡的な人物で安心しました。では皆さん、手筈通りに」
「撃てーっ!!!!」
威嚇のため領邦軍が空に向かってマスケット銃を放った瞬間、十数人の身体に矢が突き刺さった。