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「鍛冶って意外と時間掛かるんだな……」
「私もフルスクラッチがこんなに掛かるとは思わなかったわ」
「これなら出来上がった順に連絡貰った方が良かったかもな……」
バルガスに武器をオーダーしたのが一ヵ月前。俺とシャーリーはやることもなくベッドに寝ながら天井に向かって話している。
とはいえこの一ヵ月間、何もしていなかったわけじゃない。海の上で戦うことになるのなら足場は必要だろうと考え、そのための小さな浮島を作っていたのだ。
ぶっちゃけるとただの木製の大きなたらい。それは本来お湯を張り、一般の家庭ではお風呂として使う物である。
一個の大きさは直径一メートル強の物。それを十個ほど買い付け、縄で連結させただけ。緊急時の足場や浮きとして使うことを想定していて、優れたバランス力を誇る従魔たちなら、活用できるはずである。
「ふああ。そろそろ出かけよっか?」
欠伸をしながらもゆっくりと体を起こしたシャーリーは、掛布団をバサリと豪快にめくる。そのままベッドの横で仁王立ちになると、俺の顔をジッと覗き込んだ。
耳からサラリと流れ落ちたシャーリーの髪が、朝日を遮り俺の顔に影を作る。
シャーリーは下着姿のまま。さすがに一ヵ月も一緒の部屋に寝泊まりすれば、遠慮もなくなるというものだ。
最初は恥じらいを持てとも言っていたが、もうそれすら諦めている。
「今日も海で遊ぶ!」
俺の隣からひょっこりと顔を出したのはミアだ。
「「またぁ……?」」
俺とシャーリーが同調するのも無理もない。ミアは最近、海で泳ぐのが甚く気に入っているようで、近くの海岸で遊ぶのがマイブームなのだ。
先程の木製のたらいが使い物になるか? という実験のため、従魔たちをつれて海へと出向いたのが切っ掛けだった。
すでにミアの肌は健康的な小麦色。この街に来た時とは雲泥の差である。
最初は痛々しく赤みを帯びていた肌も、宿に帰れば回復魔法で瞬時に治ってしまう。
そのおかげで剥けた皮をはがす悪戯が出来ないのだ。風情がないというか何と言うか……。
地元の友達も出来たようで、楽しそうではあるのだが、それに付き合わされる俺とシャーリーは疲れ切っていた。子供の体力は恐ろしい……。
「もう少し鍛えたらどうです?」
「そうだな。九条殿には基礎体力が足りていないよう感じる」
「お前たちと一緒にするな」
カガリとワダツミに言われても、その言葉は全く心に響かない。そもそも魔獣と人間の体力を比べるのが間違っているのだ。
俺よりも冒険者経験の長いシャーリーでさえ参っているほどだ。そこに男女の違いはあれど、種族の違いはないのである。
ミアと一緒に走り回る従魔たちも、海岸では子供たちの人気者だ。それを遠くから見ているだけだが、こんな平和がずっと続けばいいのにとも考えてしまう。
この後に、巨大なイカと一戦交えなければいけないと考えると、溜息しか出ず憂鬱である。
武器が先か、海賊たちが先か……。行きたくはなかったのだが、一応ギルドでクラーケンに関しては調べておいた。
通常の大きさであれば、船に備え付けてあるバリスタなどでも倒せるらしいが、あの大きさともなると、それも厳しそうだ。
77
しめさば
340
「今日はどうする?」
「んー。どっちでもいいけど、昨日は午前中だったし今日は午後にしようかな?」
「わかった」
ミアが遊んでいる間は、どちらかが宿に残ることにしている。急な呼び出しに対応するためだ。
恐らく、宿の主が言伝を預かってくれるのだろうが、念のためである。
しばらくすると、ミアとシャーリーは三匹の従魔を連れて海へと出発。俺は暇つぶしにコクセイをモフる作業に勤しんでいた。
しかしそんな時間も長くは続かず、宿の扉がノックされると、聞き覚えのある声が響いく。
「九条、いるか!?」
酒に焼かれた喉の所為か、しゃがれた声はバルガスのもの。
急いで扉を開けると、バルガスが両手に抱えていたのは大きな三つの布袋。
「頼まれていた物が出来たぞ!」
白い歯をむき出しにして笑顔を見せるバルガス。その表情から出来栄えが想像できるほどである。
嬉しいのはむしろこちら側だ。ひとまず中へと招き入れると、バルガスは重そうな袋をテーブルの上へと置いた。
「ふう……」
バルガスは、額の汗を持っていた手ぬぐいのような物で拭うと、ドワーフには少し高いであろう椅子に腰かける。
「今、何か飲み物を……」
「酒がいい!」
「あっ、はい……」
もちろん用意している。それがドワーフに対する礼儀であるからだ。
「嬢ちゃん達はどうした? 出かけているのか?」
「ええ。昼になったら一度帰ってくると思いますけど」
「そうか……。それまで待たせてもらっても?」
「もちろんです」
丁度良かった。バルガスには悪いが、暇つぶしの話し相手にはもってこいである。
「じゃあ、先に九条には渡してしまおう」
そう言って布袋から取り出したのは、俺が頼んでいた|金剛杵《こんごうしょ》。
それは、ミスリル本来の色とは違う黒を基調とした色あいだ。
「ミスリルにオニキスを混ぜ込んだ。オニキスは精神力をサポートする効果がある。魔法も使うお前さんみたいなハイブリッドタイプ向きに仕上げたんだが……」
テーブルに置かれたそれを手に取った。さすがとしか言いようがなく、見た目はイメージした物そのまま。手に吸い付くような感覚は、息を呑むほどである。
まるで、長年使っていた実家の|撞木《しゅもく》を握っているかのよう。その驚きように満足したのか、バルガスは酒を煽りながらも笑顔を見せた。
「不具合があれば言ってくれ。すぐに修正する」
「……いいえ、完璧だと思います。すごくいい。なんと表現していいかわかりませんが、一心同体……。コイツも自分の体の一部みたいだ……」
「それが聞けただけで職人冥利に尽きるってもんだ。ありがてぇ」
自分の仕事が褒められることこそ、最高のお返しなのだと言わんばかり。
照れ隠しのつもりなのかバルガスは一気に酒を飲み干すと、そこからは饒舌であった。
まだ午前中だというのに、宴会でもしているのかと思う程ガバガバ飲む。もちろん飲んでいるのはバルガスだけで、俺は一口も飲んでいない。
飲みたいが今は我慢である。飲んでしまえば帰ってきた二人に白い目で見られるのは明白。それに朝から飲むという行為には、多少なりとも罪悪感を覚える。
気分よく話すバルガスに相槌を打つだけの簡単なお仕事。とは言え、その内容は有益なものであった。
バルガスの工房前ですれ違った、オルクスのことを聞けたからである。
「そう言えば、俺たちが武器のフルスクラッチを頼んだ時にいたフードの男性。実は知り合いだったんですけど、彼が何かしたんですか?」
「ああ、そうだったのか。アイツはまあ、そこそこ有名な船団に所属していてな……。金払いが良くて、そこからの仕事は良く受けてたんだ。依頼されてた仕事は完璧に仕上げた。後はカネを受け取るだけだったんだが、十年程前から急に音沙汰がなくなっちまった。そしてそれを急に取りに来たと思ったら、ツケておいてくれと言われてな。それで頭に血が上っちまったんだ。あの時はすまなかったな」
「いえ、気にしていませんので」
バルガスはオルクスが海賊だということを知らないのだろう。いや、知っていて隠しているだけかもしれないが、関係性がわかっただけでも十分だ。
十年前。恐らくはバルバロスが死んだ時。そしてこのタイミングで取りに来たということは、白い悪魔に関係している可能性は高いと踏んだ。
「で、それは渡したんですか?」
「銛だよ。特注のな。あんなもの売り物になりゃしねぇ。頼まれたのは六本だったが一本だけ渡してやった。残りの五本はカネを払ったらくれてやるつもりだが、まあもう来ねぇだろうな。何年も客商売やってると大体わかるんだよ。まあ手切れ金だと思って諦めるつもりだ。残りは溶かして再利用だな」
「それ、俺に売ってくれませんか?」
「はあ?」
売り物にもならない特注の銛。それを買い取るというのだから、不思議に思っても仕方がない。
とは言え、溶かして再生するにしても労力はかかる。それを引き取ってもらえるのならば、バルガスにとって悪い話ではないはずだ。
「オルクスに渡した一本も含めた全額を支払うなら考えてやる。その後オルクスのヤツがカネを持って来れば、その分は返金しよう」
「おいくらですか?」
「全額で金貨六百枚だ」
払えない額ではない。巨大な銛ということは、確実に対白い悪魔用と見て間違いないだろう。
正直高額ではあるが、背に腹は代えられない。あの白い悪魔と呼ばれるクラーケンと対峙するのだ。万全を期すべきである。
それに白い悪魔を倒すことが出来れば、海賊船をくれると言っていた。元々貰うつもりはなかったが、それを換金すれば十分元が取れるのではないだろうか?
「今回の余ったミスリル鉱石でどうにかなりませんか?」
「……本当にいいのか? 言っちゃ悪いが、そんなに信用できる奴なのか? 返ってくる保障なんかないぞ?」
「ええ。構いません。よろしく頼みます」
一瞬悩んだ様子を見せたバルガスであったが、俺と目を合わせるとすぐに首を縦に振った。
「……わかった。お前さんがそこまで言うなら持って来てやる」
「俺も行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
困惑にも似た表情を浮かべつつも、バルガスは残っていた酒を一気に飲み干し、宿を出て行った。
白い悪魔を倒すためにと言えればいいのだが、そうはいかない。何も知らないバルガスを巻き込むわけにはいかないのだ。