ほんとにほんとに完結〜
〜riho side〜
ほとんど吸っていないタバコを灰皿に押し付けて揉み消す。煙が一筋立ち昇り、黒い絵の具で塗りつぶしたような暗闇に溶けていった。
「つまんないなぁ、」
あの夜から今日で2週間。あれから私は心の隙間を埋めるように、寂しさを無視するかのように遊び歩いた。
お酒を飲んだり、タバコを吸ったり。1人になれば西を思い出してしまうから、興味もない男と夜を過ごした。
『今度会った時にはさ、ちゃんと親友に戻ってようね』
そういって髪を触ったのは、西なりの優しさだったのかもしれない。意味することは、もう一緒に居られないこと。もうあなたとは友達でいられないと、素直に私への失望を伝えてくれても良かったのに。大切な人を傷つけることしか出来ない私に、優しくなんてしなくて良いのに。
伝えなければよかった。
そうすればずっと一緒にいられた。
大好きな西を、親友としてずっと見守ることが出来たのに。
あなたを心の中で、愛し続ける事ができたのに。
今は愛することすらきっと、許されない。眉毛を下げて笑うあなたの笑顔を、ずっと見ていたかった。
後悔なんかじゃ、足りないぐらい。
いつの日か2人で見上げた夜空には、流れ星が流れていたっけ。
ふと顔をあげると、綺麗な満月が私を見下ろしていた。
不安になると月を眺める、私の昔っからの癖。なぜかそれは満月の日が多かった。真っ暗闇で堂々と光を放つその様子と自分を比べて、無力さにネガティブになってしまうのかもしれない。
私が月を眺めて物思いに耽っていると、西は決まって隣で私の手を握った。言葉いらずの優しさは、いつも私の心を溶かしてくれた。
『あんたってなんかあるといっつも月眺めてるよね、だからすぐ分かるよ。』
『え、うそ、ばれてた?』
『私に隠し事なんて100年早いわ、てか何年経っても無理だよ。』
『そっか、』
『だから、月見るときは一緒に、ね』
辛いときは一緒に居ようね、その一言がストレートに言えないのが西らしくて可愛いなと、その時思った。
今も西が居れば、すぐに私の手をとって話を聞いてくれたんだろう。どんな理不尽な怒りだって、くだらない悲しみだって、西の手に掛かれば笑い話に変わってしまう。まるで魔法みたいに。
私にとって西は、まさに月のような存在だった。
ーーーー
財布と携帯だけ持ってスーパーに入る。何から買おうか、と迷っていると、少し前に見覚えのある顔を見つけた。向こうもこちらに気づいたようで、ペコリと会釈をするとこちらに近づいてくる。
西の旦那さん。料理は全くしないと話していたのにも関わらず、カゴにはいっぱいの食材が入っている。
「お久しぶりです、りほちゃん」
「どうも〜、、、今日1人ですか?」
「あぁ、うん。今日は記念日だからさ、晩飯ぐらい作ってやりたくて。」
「西、元気にしてます?」
「うん、元気にしてるよ」
じゃあまた、そう言って愛想良く笑うと足早に私の前から去っていった。
良かった。西、元気でやってるのか。
それより、もう記念日だっけ。時の流れは早いなぁ、なんて思いながら携帯を開く。
4月8日。
そういえば、ここにくるまでの道にもちらほら桜が咲いていたっけ。
ん……?
脳内を支配する嫌な予感。漸くして、違和感の正体に気づいた私はその場に買い物かごを置いて走り出していた。
息は切れて、みぞおちの辺りが痛む。力の入らない足を必死に動かしながら、少し目線をあげると、やっぱりそこには薄ピンク色の花びらが映った。
大通りに出てタクシーを捕まえると、回らない頭で西の家の住所を思い出して運転手に伝える。
間違いなく人生で1番長い五分間。なんのために西に会いに行くのか、そもそもなんの確信もないのに自分に何ができるのか、答えは出せずにただ、祈ることしか出来なかった。
小さな一軒家の前にタクシーが停まる。今考えてみればこの家だって、子供好きな西の気持ちまでしっかり考えたとは言い難い大きさだ。
「すぐ戻るので、ちょっと待っててください、!」
玄関の前まで行って、インターホンに手を掛ける。が、すんでの所でその手を止める。
心臓はずっとバクバクうるさい。胸に手を当てて、大好きな声を思い出す。
「ねぇもしさー、うちがいなくなったらりほはどうする?」
「いなくなる前に助ける」
「うわぁー、りほちゃんイケメン!ほんとりほと一緒ならさあ、、、、」
『何があっても、生きていけそうだね』
一緒なら、大丈夫。
まだ旦那さんは買い物から帰って来ていないだろうに、ドアには鍵が掛かっていない。用心深い西なら、絶対にあり得ないこと。
震える腕に力を込めて、ドアを引く。靴を脱がずにそっと家に踏み込む。
玄関に飾られた結婚の記念写真、そこには旦那さんのお兄さんと私も写っている。太陽と青空の下で笑う4人は涼しげな半袖姿だった。西の結婚記念日は、真夏の8月のはずなんだ。
その時だった。
なにか鎖のようなものが擦れる音と、枯れた泣き声。声のした方に駆ける。廊下の1番奥の部屋。
ドアを開けると広がっていたのは、想像を遥かに超える悲惨な景色。
「、、、、にし…!、?」
「…………え、?」
ベッドの足に繋がれた鎖の片方は、西の両手首に繋がっていて、何度ももがいたであろう痕跡が痛々しかった。
慌てて駆け寄って鎖を手首から抜こうとするも、キツく縛られて解けない。仕方なく2人でベッドの足を持ち上げて鎖を引き抜いた。
傷だらけで泣きじゃくる西を今すぐ抱きしめたかったけど、まずは安全な場所に移動する必要があった。重たい鎖を肩に担いで、西をおんぶする。
「り…ほ………、」
「もう大丈夫だよ、もう、離したりしないから」
〜〜〜
私の家に入って、ペンチを使って西の手首に繋がれた鎖を取る。
弱りきった西をベッドに寝かせて、玄関の鍵を掛けに行く、窓の鍵もカーテンも閉め切ってから、西の元に戻った。
「にし………」
「りほ、りほぉ……」
傷とアザでいっぱいの腕を必死に伸ばしてくる。その手を取って背中に手を回せば、その背中は頼りなくて折れてしまいそうだった。
この手で何度逃げようとしたんだろう。
この声で何度助けを求めて泣き叫んだんだろう。
助けを求め伸ばされたこの大好きな手をとってあげたかったし、大好きな声で叫ばれたSOSを聞いてあげたかった。もっとはやく。
この体は誰のものでもなく西のものなのに、自由に動くことすらさせてもらえず、痛みと苦しみに支配され続けた。
湧いてきたのは果てしない怒りと、自分の無力さへの絶望。
「りほ、いたかった…くるしかったよぉ……」
「うん、そうだよね、苦しかったよね……ごめんね、ごめんなさい」
「なんでりほが…あやまるの、」
「だってうちは…………」
今まで言えなかった言葉。親友ではなくなる第一歩を踏み出すために、意を決して口を開く。
『西のことを、愛してるから。』
その言葉を聞いて力無く笑う西が愛おしくて、いつもより少し血色のない唇に、愛を落とした。
〜〜〜
「ところでさーあ、なんでりほはあの時連絡先消しちゃったの?」
1日の終わりに携帯に集中していると、思い出したように西が聞いてくる。あれから1週間、西は不安定になって取り乱してしまうこともあるけど、旦那さんの事も解決に向かっていて、きっと一生会うことはないんだろう。
私たちはというと、もちろん一生の愛を誓った。
「へ?だって西がさ、今度会った時には親友に戻ろうねって言いながら髪触ったじゃん、あれわざとでしょ?」
「うん、そうだよ?」
「うん、そういうこと」
「え、まってまって、意味わかんない、一応聞くけどりほはどういう意味だと思ったのさ?」
「え〜、そりゃあ、もう一生あんたとは仲良く出来ませんよって意味でしょ?」
私がそういうと西は大きく目を見開いた後、やらかしたというように分かりやすく頭を抱えた。
「りほちゃぁん…それ、ちがう、大不正解!」
「へ?どういうこと?」
「うちはそういう意味でああしたんじゃないっての!」
「え?じゃあどういう意味?」
「もう今更いいよーだ、恥ずかしいし…」
そのまま西はふてくされたように私のとなりに倒れこむ。
「西、愛してるよ」
「ふふ、ちゃんと伝えてくれるの嬉しい。私も愛してる」
「絶対なんて絶対ないけど、絶対ずっと一緒に居ようね」
いつになるかは分からないけど、いつか西が何にも怯えずに生きられる、そんな日が来るまで、私は貴方の心を癒やし続けるからね。
部屋の明かりを落とすと、月明かりが私たちの影を壁に映し出していた。
ふたつの影がひとつになる。
ねぇ西、明日も明後日も、この先ずぅっと…
「愛してるよ」
〜〜〜
最後の最後まで読んでくださった方々、、、ありがとうございます。もっといい終わり方あっただろっていう意見は受け付けます
一番ベタな終わり方にしたのは2人にまっすぐな愛が似合うから😌
そして只今絶賛スランプ中なのでしばらくの小説は優しい目で見てください 🥲
コメント
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今になって全てのストーリーを読ませていただきました。 どれも表現の仕方がほんとに素晴らしくてストーリーに入り込んで読みました。もちろん泣きました。笑 愛って素晴らしいですね。 お疲れ様でした。何回も読み返します。☺️☺️☺️