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lr×fw
⟡ 怪我
⟡ 伏字なし
⟡ ご本人様とは一切関係ございません
長いです。6,000文字くらいあります🙇🏻♀️
第一話 : 違和感
玄関の鍵が回る音がした。
「ただいま」
少し遅めの時間。
それでも声のトーンは、いつもと変わらない。
「おかえり」
ローレンはソファから顔を上げる。
不破はコートを脱ぎながら軽く笑った。
「今日も忙しかった?」
「まぁね。イベント近いし」
嘘はついていない。
ただ、全部は言っていないだけ。
ローレンは立ち上がって自然に距離を詰める。
その瞬間、不破の足がほんの一拍遅れた。
「……?」
気のせいか、と流しかけて、ローレンは首を振る。
「先にシャワー入る?」
「んーいや、ちょっと休んでからでいい」
そう言って不破はソファに腰を下ろす。
深く座らず、背もたれに体重を預けない。
ローレンはキッチンに向かいながら、ちらりと振り返った。
(……座り方、変?)
湯を沸かす音。
カップに注ぐ音。
「はい」
マグを差し出すと不破は一瞬だけ視線を落としてから受け取った。
「ありがと」
両手で持つ。
いつもは片手なのに。
ローレンの胸に小さな引っかかりが残る。
「……みなと」
「ん?」
「今日、なんかあった?」
問いかけは軽く。
探るつもりはない。ただの確認。
「んー?別に?」
即答だった。
速すぎるくらい。
不破は一口飲んで、すぐマグを置いた。
「熱い」
そう言って笑うけど、
額にうっすら汗が滲んでいる。
ローレンは何も言わず、隣に座った。
テレビをつけて、他愛ない番組を流す。
二人並んで、いつもの夜。
……のはずだった。
不破がローレンの肩に寄りかかってこない。
それどころか、微妙に距離を保っている。
「くっつかないの?」
冗談めかして言うと、不破は一瞬だけ言葉に詰まった。
「にゃはは、今日はいいや〜」
その返事が胸に残る。
ローレンは不破の横顔を見る。
顔色は照明のせいで誤魔化せる程度。
でも呼吸が少し浅い。
「湊」
今度は少し低い声。
「無理してない?」
「してない」
また即答。
不破は立ち上がる。
「シャワー行ってくる」
通り過ぎざま、ローレンの腕に軽く触れた瞬間、
不破の身体がわずかに強張った。
——逃げる反応じゃない。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
ローレンはその感覚を見逃さなかった。
(……痛みを避ける反応だ)
警備部隊として、何度も見てきた仕草。
シャワーの水音が響く中、
ローレンはソファに座ったまま、動けずにいた。
怪我を隠す人間の、
「大丈夫なふり」を。
自分自身が、ついこの前までやっていたから。
水音が止まる。
不破が戻ってきた時、ローレンは何も言わなかった。
ただ、毛布を手に取って、そっと差し出す。
「冷えるよ」
「…ありがと」
不破は毛布を受け取って、静かに包まる。
その仕草が、
守るみたいで、隠すみたいで。
ローレンは確信に近い違和感を抱えたまま、
何も聞かずに、ただ隣にいた。
第二話 : 耐え
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
目を開けた瞬間、
不破は一度だけ呼吸を止める。
(痛ったぁ、、)
昨日、姫に脇腹を刺されたところが痛む。
起き上がる前に、まず深呼吸。
ゆっくり、ゆっくり。
隣を見るとローレンはもう起きていた。
スマホを見ているふりをしているけど、視線が一瞬だけこちらに向いたのが分かる。
「おはよ」
できるだけ、いつも通りの声。
「おはよう」
ロレの声も、普段と同じ。
それが逆に、助かった。
不破はベッドから降りる。
床に足をついた瞬間、膝がわずかに揺れた。
…大丈夫。
立ててる。
洗面所で顔を洗う。
鏡の中の自分は、思ったより普通だった。
(いける)
そう言い聞かせてシャツを着る。
布が当たる感覚に、ほんの一瞬だけ眉が動く。
でも声は出さない。
キッチンに行くと、朝食が用意されていた。
「食べれる?」
ローレンがさりげなく聞く。
「……うん。たぶん」
嘘じゃない。
“食べようと思えば”食べられる。
フォークを持つ手が少し重い。
一口目を口に入れて、ゆっくり噛む。
二口目で、喉が詰まる。
「……」
不破は水を飲んで、やり過ごす。
「今日、店?」
「……そうやね、夕方から」
ローレンはそれ以上、何も言わなかった。
玄関で靴を履く。
しゃがむ動作が地味にきつい。
一瞬、バランスを崩しかけて壁に手をつく。
「、、湊」
ロレの声。
「大丈夫」
反射みたいに返してしまう。
ローレンはそれ以上踏み込まない。
ただ、不破のコートを手に取って差し出した。
「はい、コート」
「ありがと」
外に出ると、冬の空気が冷たい。
歩く。
一歩一歩。
(帰ってきたら、ちょっと休も)
そう思うだけで少し楽になる。
駅の階段で、視界が一瞬白くなる。
手すりを掴んで止まる。
通勤客に紛れて、深く息を吸う。
(まだ、いける)
自分に言い聞かせる言葉が、
だんだん弱くなっていく。
夕方。
店の更衣室で、不破は鏡の前に立っていた。
ネクタイを結ぶ手がうまく動かない
何度もやり直してようやく形になった。
同僚が声をかけてくる。
「今日、顔色悪くね?大丈夫?」
そんなことないと笑って否定する。
笑うと、少し楽になる。
……気がするだけ。
フロアに出た瞬間、
音と光が一気に押し寄せる。
頭が重い。
(仕事、仕事)
笑う。
座る。
話す。
途中で視界の端が揺れる。
グラスを持つ手が震えて、
不破は一度、カウンターに指を置いた。
(…ぁ…やばい)
でも、その瞬間まで――
不破は「倒れる」なんて、考えていなかった。
自分はまだ、
“普通に日常を続けられている”つもりだったから。
第三話 : 気づく
同時刻
ローレンは家で一人だった。
朝、何も言わずに送り出したことが、
胸の奥でずっと引っかかっている。
「……」
洗濯機の前に立ち、
昨夜回せなかった分をまとめて放り込もうとして、手が止まった。
不破のシャツ。
何度も見たはずの、 何の変哲もない服。
ローレンは迷ってから、それを手に取る。
(……気のせい、じゃない)
乾いているはずの布が 一部だけ、妙に固い。
指でなぞる。
色がわずかに違う。
指が止まる。
洗剤の匂いの奥に、
昨日と同じ、嫌な匂いが残っていた。
「……」
ローレンは息を止める。
場所は、脇腹の内側。
外からじゃ見えない位置。
しかも、一点じゃない。
ローレンはゆっくりシャツを広げて、 縫い目のラインを目で追った。
(……刃物)
口には出さなかった。
出したら、現実になってしまう気がして。
ローレンはゆっくりシャツを畳み直す。
胸の奥が、じわじわ冷えていく。
(あの歩き方)
(触れた時の、あの反応)
(くっつかなかった理由)
全部、一本の線で繋がる。
ローレンは洗面台に手をついて深く息を吐いた。
「……隠すの、上手くなったね」
小さな独り言。
自分がそうだったから分かる。
隠そうと決めた人間の、不自然な丁寧さ。
ローレンは引き出しを開けて、 救急セットを確認する。
包帯が減ってる。
消毒液も…少し。
不破は何も言わなかった。
大丈夫って顔で、隣にいた。
ローレンは洗面所の灯りを消して、 静かに部屋へ戻る。
第四話 : 限界
不破自身は、その異変をまだ”他人事”だと思っていた。
音が遠くなった。
フロアの笑い声も、グラスの触れ合う音も、
全部、水の中みたいにぼやけていく。
「不破?」
呼ばれているのは分かる。
返事もしなきゃいけない。
「…ん?」
声は出た。
でも、自分の耳には届かない。
視界の端がじわじわ暗くなる。
照明が強いほど、逆に影が濃くなるみたいだった。
(……立て)
椅子の背に手をかける。
指先に力を入れたつもりなのに、
感覚が遅れてくる。
膝がわずかに笑った。
「ちょっと、不破?」
同僚の声が近づく。
その距離がやけに遠い。
(迷惑、かけるな)
それだけを考えて、
もう一歩、前に出ようとして——
視界が白く弾けた。
「……っ」
音が、一瞬、消える。
床が近づいてくる感覚だけが、 やけにリアルだった。
「不破!」
誰かが支えた。
肩に腕が回される。
「大丈夫!?返事して!」
返事をしようとしても 口が動かない。
身体が急に重くなる。
(ああ、、もう無理だ)
ここまで来て ようやく認めた。
限界だった。
「医務室!早く!」
遠くで慌ただしい声。
意識が沈んでいく中で、 胸の奥だけが妙に静かだった。
(……ごめん)
誰に向けた言葉か、 自分でも分からないまま。
ただ、
次に目を開けた時は——
ちゃんと、全部言おう。
そう思ったところで、
不破の意識は、完全に途切れた。
第五話 : 静かな怒り
目を覚ました時、
まず聞こえたのは、一定のリズムの音だった。
機械音か、時計か、分からない。
でも、それより先に気づいたのは――視線。
「……起きた?」
低くて、落ち着いた声。
すぐそばに、ロレが座っていた。
「……ロレ」
声を出した瞬間、喉がひりつく。
不破はゆっくり瞬きをした。
「ここ、……?」
「近くの病院。今はもう、静か」
それだけ言って、ローレンはそれ以上説明しなかった。
怒ってる、というより――抑えている顔。
不破は身体を起こそうとして、ローレン の手がすっと伸びる。
「動かなくていい」
優しい言い方だった。
だからこそ、胸が痛む。
「……ごめん」
ローレンはすぐには返事をしない。
少し間を置いてから静かに口を開く。
「何に対しての?」
その問いに不破は言葉に詰まる。
「……心配、かけた」
「それだけ?」
「……隠したことも」
そこまで言って、不破は視線を落とした。
ローレンはゆっくり息を吸う。
「俺さ」
「昨日の夜、ずっと考えてた。
なんで湊があんなに距離取ってたのか」
不破の指先がシーツを掴む。
「今朝も。
顔色も、動きも、全部おかしかった」
責める口調じゃない。
事実を、一つずつ並べていく声音。
ローレンは、少しだけ視線を落とした。
「……強いな。本当」
その一言が、
怒鳴られるより、ずっときつかった。
「強いけどさ」
ロレはまた不破を見る。
「一人で抱える強さ、俺は求めてないんだよね」
不破の喉が、きゅっと鳴る。
「ロレに…心配かけたくなかった」
正直な言葉だった。
ローレンは、ほんの一瞬だけ目を閉じてから、
「それ、俺が一番言われたくないやつ」
静かに言った。
「俺が怪我隠した時、
湊、どんな顔してたか覚えてる?」
不破は答えられない。
「同じ顔、今してる」
ローレンは立ち上がらない。
距離も詰めない。
ただ、逃げ道を塞ぐみたいに、
その場にいる。
「湊が倒れるまで、
俺は“信じて待つ側”でいなきゃいけなかった」
声がほんの少しだけ低くなる。
「それが、すげえ怖かった」
初めて出た本音。
不破の目が潤む。
「……ごめん」
さっきより小さい声。
ローレンは、ため息みたいに息を吐いて、
そっと不破の手に触れた。
「俺を巻き込め。… 次は」
「限界になる前に言って?」
「怒る?」
「怒る」
即答。
でも、続く言葉は柔らかかった。
「それでもそばにいるから」
不破は、ようやくローレンを見る。
「約束な。わかった?」
ローレンはそう言って、
やっと少しだけ力を抜いた。
怒りはまだ消えていない。
でもそれは
不破を責めるためじゃなく、
失うかもしれなかったことへの、静かな恐怖だった。
——あとから聞いた話になる。
傷はそこまで深くなかった。
刃が深く入ったわけじゃない。
ただ、内側を掠める形で、
体を支えるたびに痛みが出る位置だったらしい。
無理を重ねれば、
倒れるのも時間の問題だった、と。
第六話(番外編) : 不破の知らない裏側
不破が眠っている間、
ローレンは病室を出た。
ドアを閉めた瞬間、
表情が切り替わる。
怒りでも、焦りでもない。
任務中の都市警備部隊の顔。
「はい。こちらローレンです」
廊下の端で電話に出る。
声は低く、落ち着いている。
『例の件ですが、店側から正式に状況説明を——』
「録画データは確保済みですね」
相手の言葉を、途中で遮らずに聞く。
必要な部分だけ、淡々と拾う。
「当日の配置、従業員の動線、
客(姫)の入退店記録。
すべて提出してください」
『……かなり詳細ですね』
「必要なので」
理由は言わない。
言う必要がないから。
翌日。
ローレンは、不破のいない時間を選んで、
店側と直接話をした。
応接室。
空調の音だけが響く。
「今回の件」
ローレンは椅子に深く座らない。
「被害者は、私生活でも一緒に暮らしている人間です」
それだけで、空気が変わる。
「感情的になるつもりはありません」
本当だ。
声は終始一定。
「ですが、
再発防止と責任の所在は、明確にします」
店側が言い訳めいた言葉を並べる。
想定内。
ローレンはメモを取りながら、 必要な部分だけを切り取っていく。
「客の精神状態」
「当日の酒量」
「刃物が持ち込まれた経路」
質問は冷静で正確だった。
誰も 「恋人が刺された男」だとは思わない。
ただの警備部隊の人間。
その足でローレンは別の場所に向かった。
姫への事情聴取。
直接的な言葉は使わない。
刺激しないよう、距離を保つ。
「あなたが混乱していたことは理解しています」
「ただし、
越えてはいけない線がある」
声を荒げない。
責め立てない。
それが、
一番逃げ道を塞ぐやり方だと知っている。
「不破奏は、あなたの感情を受け止める立場ではない」
「あくまで仕事として、接していただけです」
姫が泣こうと、
言い訳をしようと、
ローレンは態度を変えない。
「結果として、
一人の人間が命の危険に晒された」
それだけを、事実として置く。
すべて終わったあと。
ローレンは、車の中で一人になった。
ハンドルに手を置いたまま、 しばらく動けずにいた。
外ではいつも通りの街。
「……」
久しぶりに深く息を吐いた気がした。
冷静にやれている。
そう、やるしかなかった。
それでも。
頭の奥に、
洗濯物の感触と、
監視映像の一瞬が、残っている。
ローレンは目を閉じる。
(俺がやるべきことはやった)
でも、それとは別に
不破の顔を思い浮かべる。
(ちゃんと、そばにいよう)
仕事としての対応は、もう終わりだ。
これから先は、
一人の人間としての役目。
ローレンはエンジンをかけ、
何も知らずに待っている不破のもとへ向かった
2025/2/9
最後までお読みいただきありがとうございました。
6,420文字でした。
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