俺は凪ちゃんのことも、奏斗のことも、雲雀の事も好きだ。
仲間だから、相方だから、気を許せる数少ない相手として、チームとして他の人と比べ物にはならない、かけがえの無い存在になっているなぁと思う。
でも最近、その気持ちに少しの変化を感じる。
「セラおー、なぁにしてんだ?」
『ひばりこそ、今日仕事じゃなかったの?』
誰も居ないランドリーで暇潰しの読書の最中、聞き慣れた少しエッジの効いた声が室内に響く。
扉から覗く派手な紫色の髪、今日はカフェのシフトが入ってるからと昨日の打ち合わせで言っていたような。
「ん、そのはずだったんだけどよ、何か早く終わって」
『そうなの?でも、ひばり最近店出れてないからーって言ってたよね』
「なんか店長の私用で元々ランチまでの予定だったんだと」
そんな事もあるのか、今日は会えないと思っていたから嬉しい。
「……セラお、嬉しそうな?」
『え?』
金色のグラデーションの美しい瞳が、いつの間にか近くにある。どうやら顔に出ていたらしい…気付けるのはきっと、vltメンバーだけだろうけど。
「なぁに、俺に会いたかったのかー?可愛いやつめ」
『わっ…ちょっと、ひばり…!』
一見華奢だが案外大きな手で、髪の毛を大型犬でも撫でるように揉みくちゃにされる。
人より大きな身長と、過去の職業からそんな事をされる事すら稀で、というか雲雀くらいしかしない。
そう、この眩しいくらいの笑顔で自分を撫で回す男の事をどうやら自分は”好き”らしい。
「んで?何、読書中だったん?」
ひとしきり俺の頭をぐちゃぐちゃにして満足したのか、雲雀が俺の手元に目を向ける。
分厚く何やら漢字が並んだタイトルに早々に眉間に皺を寄せて目を逸らすと、俺の隣にドカりと腰掛けてきた。
「わざわざ此処で、珍しいな。アキラは?」
『凪ちゃんは今朝まで書類整理してたみたいで、只今爆睡中ー』
相変わらずだなぁと笑う雲雀の横顔を眺める。
整った顔立ちだと思う、少しキツい印象のある切長の目元はいつも笑顔だから和らいで魅力的に見えるし。
コロコロ変わる表情が見てて飽きない、いつも子どもみたいな事ばかりしてるくせに、不意に年長者の顔を見せる時や大人っぽい色気を感じる事も。
その口から発せられる声は聴く人を惹き付けて離さない、俺も雲雀の歌が大好きだ。いつもは手袋をしている手も、美味しい料理を作ってくれる大好きな手。
『……好きだなぁ…』
声に出ていたかは分からない、多分、心の中で思っただけだと思う。見詰めて居たのも一瞬だったように思う、なんか雲雀の顔が赤い気がするけど。
「……っ、せら…」
「おーーい!ひば居るー?」
何か言おうとしていた雲雀の言葉を遮るように声が響く。扉を開けて入ってきたのは奏斗、部屋に入るなり2人を見付けてはソファの肘置きと雲雀の間のわずかな隙間に体をねじ込んできた。
「ちょっとひばー!何で帰ってんのー、何でオーナーの俺が店長の買い付けに付き合ってんのー?!疲れたよー」
どうやら店の備品の買い出しに付き合わされていたらしい。財布代わりかな?
「えー?知らんよ、俺は店長に帰っていいぞーって言われたから帰っただけやし」
「狡い!!いっつもひばを甘やかすんだからー」
奏斗が狡いと言いながら雲雀にグイグイと肘を押し付けるものだから、俺の方までギュッと圧を感じる。
それ自体はどうって事ないけど、折角雲雀と2人だったのに…
無意識に奏斗に視線を向けていたらしく、目が合ったあと数秒後、にまっとした笑いを向けられた。
「ひば、ランドリー用の備品も買い足してきたからさ外にあるの持ってきてくれない?」
「あー?別に良いけど、入ってくる時に持ってきたらええやん」
何だかんだ奏斗の言う事を聞きソファから立ち上がって外に向かう雲雀、その背中に「よろしくぅ!」と声を掛けた後奏斗が俺の方を見てまたにまっと笑う。
「せーらー?そんな怖い顔しないの、ごめんね邪魔して」
『……別に』
「別にって顔じゃないでしょ、俺の事睨んでたくせにぃ。折角2人きりだったのにね、何いい雰囲気だった?」
『そういう訳じゃないし…』
うちのリーダーにはお見通しらしい。
上手く返す言葉が見つからずに、俺も手伝うとソファから立ち上がって雲雀を追い掛けた。
───
「え、あいつ買いすぎじゃね?」
奏斗に言われて買い付けた荷物を取りに来てみれば、目の前にはデカい段ボールが3つ積まれており中には食器やら調理器具、はたまた新しいクッションなど様々な物が押し込まれていた。
到底1度じゃ運び切れない量にため息を吐く。
「俺1人じゃ無理やん、セラお呼んで来るかな…」
ふと、先程の出来事を思い出す。何気ないいつもの会話をしていた筈なのに、自分に突き刺さる視線に気付いた。どこか、熱の篭ったような…今までの人生で覚えが無くはない感覚。でも隣に居たのは、セラフで……人より聞こえの良い耳に届いた言葉に心臓が跳ねた。
自分でも顔が熱かった自覚がある…あのまま、奏斗が来なかったら…
「……や、気のせいっしょ…うん」
数秒考えたのち思考を諦めると、少し熱の残る頬をパチンと軽く叩いてセラフを呼びに行こうと振り向く。
「…っうわ!!びっ……くりしたぁ!」
振り向いた先、あと一歩でぶつかりそうな距離にセラフの姿があり思わず大声を上げて仰け反る。後ずさった事で積まれた段ボールに足が当たり、軽くバランスを崩してしまった。
(やべ、段ボール崩れる…!)
咄嗟に体を捻って段ボールを支えようとしてしまい、自分の体も大きく傾く。
『あっぶな……!』
衝撃に備えてギュッと瞼を瞑ると、近くでセラフの声がして何かガッシリとしたものに体を支えられる感覚があった。
恐る恐る目を開ければ、鼻が触れそうな位置にセラフの顔があり今度は驚きに目を見開く。
「わ…!セラお?!え……ぁ、すまん俺、セラおの事呼びに行こうとしてさ…」
『や、俺もごめん、手伝いに来たところだったんだけど……大丈夫?どこか捻ったりしてない?』
細い腰を支える腕にグッと力がこもる。
「っ……や、うん、大丈夫、全然!」
『………雲雀、顔、赤いよ?』
「んぇ?!」
目の前にある雲雀の顔が薄らと赤い、この距離で目が合わない、驚くように上がった声にフッと思わず笑ってしまった。
あーー…かわい……
チュッ
『あ……ごめん、つい』
気付いた時には目の前にある形のいい唇に、小さく啄むようなキスをしていた。
「おっま……!!」
『ごめんね、雲雀怒った…?』
こう言えば雲雀は怒ったりしない、確信を持って末っ子ムーブ全開で首を傾げながら伺う様な視線を向ける。186cmの男がしても決して可愛くはないであろうその仕草でも、雲雀には効果抜群である。
「ぐっ……ずりぃぞ!とりあえず、もう、大丈夫だから!離せって…っ」
腕の中で藻掻く雲雀を渋々解放すると、どうしたらいいか分からないのだろうか両手をグッと拳にして小さな地団駄を踏んでいる。
キッと見返してくる瞳は怖くは無い、少し潤んだ様子にまた笑みが零れる。
「おい!笑うなぁ!…お前なぁ…そういう事する前に、何か、言うことあるんじゃねぇの?こう、さぁ……」
『うん。好きだよ、雲雀』
「んぇ?!」
『雲雀が言えって言ったんでしょ?…雲雀は?さっきの、嫌だった?俺の事、嫌い…?』
「嫌い、な訳ねぇだろ……聞き方ずりぃ…」
混乱している様子の雲雀にそっと手を伸ばして、頬に触れてみる。…逃げないんだ…嫌なら逃げないと駄目だよ。逃げるの、得意でしょ。
『逃げないの?俺、本気だけど…嫌じゃない?』
「っ…んな事、急に言われても…俺だって、セラおの事は、好き、だし…でも…」
『うん、俺と一緒の好きか、分からないんだよね。良いよ、急いでない…俺らにはもう、待つ時間くらいあるから。』
触り心地の良い頬から、指先を滑らせ唇をそっと撫でて手を離す。困惑したような表情だけど、拒絶の色が見えない事に安心しているとガシッと後ろから肩を掴まれた。
「はーーい、そこまで。荷物はどうしたのかな?セラフーー?あんまりひばを追い詰めないの、キャパオーバーになっちゃうでしょ」
『奏斗、あんま後ろから来ないでくれる?危ないよ、奏斗の身が』
「大丈夫ですー、そう簡単にやられないから俺。ひば、大丈夫?とりあえず荷物片付けようぜ」
「あ…奏斗、え?うん、せやな…!うん…」
俺の横を通り過ぎて雲雀の元へ歩いていく奏斗が肩越しにこちらを振り返り、べっと舌を出した。
…ほぉーん?負けないけど。受けて立つ。
とりあえず、奏斗より重たい荷物持つ。
奏斗とどっちが力持ちか言い争いをしつつ、3人で段ボールを片付けていく。
片付けが終わったら、また雲雀に聞いてみよ。
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コメント
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え、雰囲気よすぎです…✨ 天才ですか?そうですか