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──ハリー・ポッターと対峙した者は、誰一人として生きて帰れない。闇の勢力に堕ちた彼は、彼の放つ魔法みたく”黒百合”のように咲き誇る。彼の魔法に触れた者は、黒い花弁を煌めかせ塵へと還るのだ。──だからこそ、誰も気づかない。強大な闇の魔法使いの影に隠された、花籠に匿われている青年の強さについて。
─────────
耳を劈くような衝撃音と、飛び交う緑色の閃光。桁の違う家具の置かれていた広間はすでに瓦礫と化していた。砕けたシャンデリアの破片が床に散らばり、壁には許されざる呪文の跡が刻まれている。闇夜の中で月だけが煌々とその光を灯していた。
対峙するは美しい翡翠のような瞳を持つ青年と、幾つもの死線を潜り抜けてきたであろう貫禄のある闇祓いたち。それも十と少し。それだけを見ても明らかに異様な光景。
闇祓いたちは慎重に、しかし確実に包囲網を狭めていた。何年もかけて突き止めた住居、二度とないであろう完全なる奇襲。その機会を易々と逃すほど、闇祓いたちは甘くなかった。
「ポッター、降伏しろ!」
闇祓いの一人が叫ぶ。ハリーは肩で息をしながら、静かに彼らを見据えた。
(少し、厄介だな)
彼は数歩後ずさり、ちらりと翡翠を逸らす。
視線の先は重厚な壁──ではなく、そこに凭れている、深緑のローブだ。ローブから覗くプラチナブロンドの髪は戦火に巻かれることなく、冷たい光を纏っている。ただそこで、息を潜めているだけ。ハリーはふわりと口角を上げた。ドラコと過ごしたこの屋敷に未練がないと言えば嘘になる。それでも彼が傍に居れば、何処だっていい。
──この世界限定だが。死んだら一緒にいられるなんて、誰も保証してくれないから。
ハリーはゆるりと睫毛を伏せ、小さく息を吐いた。ひらりと杖を回すと、形の良い唇を歪める。
「……で、君たちは何のつもり?」
「抵抗するな、ポッター。可能なら生け捕りにと言われているんだ。」
「僕を連れて帰れるとでも思っているの?」
「…普段は無理だ。お前一人だと此方に勝機はない。だが、今回は違う。」
男が、ゆっくりと視線をずらす。ドラコ・マルフォイへと。ハリーの表情から、一瞬、余裕が消えた。
「……それで?」
「お前が大切にしている存在を人質に取れば──」
そう言うとすぐにドラコの方に走って行った。が、その足は、あと一歩というところで歩みを止めた。パキパキ、とガラス細工のような音が鳴る。広間に重い沈黙が落ちる。次の瞬間、闇祓い一人が声を上げた。
「……おい、アシュリー! 腕が……!」
──黒く染まっている。その男の腕には、黒い百合の模様が咲き乱れていた。花弁はゆっくりと開き、そして、男と共に消えていった。
「……ドラコに、触らないでくれる?」
ハリーが微笑んだ。その目には、いつもの余裕も、嘲りもなかった。ただ、深い憤怒が滲んでいた。
──その瞬間をみすみす逃すような闇祓いではない。
空気が弾け、細かい火花が散る。十数人が一度に、ハリーへと呪文を放った。その多くは防がれたが、意識を逸らされたことが祟ったのだろう。そのうちのひとつが、ハリーの腕を掠めた。ローブから覗いた白い肌に、紅が滲む。
「……っ」
熱い。皮膚が裂ける感触。ハリーは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「……へぇ、やるじゃない」
命に関わるような傷ではない。それでも闇の帝王の右腕として動き始めてからでは1番の深手を負った。ひとつ息を吐く。噛んでいた唇を解き、杖を構え直そうとした瞬間。
────声を拾った。二度と聞き間違えないであろう声が、小さく鼓膜を揺らす。
「ハリー……」
ハリーは反射的に振り向いた。魔法の衝撃波で揺れているローブから、色素の薄いアイスグレーが覗く。眉間に皺が寄り、睫毛が不機嫌そうに歪められている。
(…怒ってる)
そう思った瞬間、空気が割れた。
「──ッ……!?」
音もなく繰り出された無詠唱の呪文。その威力は凄まじく、闇祓い3人が即座に吹き飛び壁に叩きつけられた。彼らが立ちあがるよりも先に、ドラコの持つ杖が煌めく。淡く光る銀の魔法陣が、一瞬で広間を覆い尽くすほど大きくなった。ローブが風に揺れ、ドラコのフードを剥がす。
長く伸ばされたプラチナブロンドは翡翠色のリボンでひとつに束ねられており、おなじ色の睫毛がアイスグレーを彩っていた。
──闇祓いたちが息を呑んだのは、恐怖からか。それとも、彼の美しさからか。
「触れるな」
滑らかなテノールが言葉を紡いだ瞬間、魔法陣の上で、5人が地に沈んだ。
焼け焦げも、血も残らなかった。魔法陣に吸い込まれるように、または溶けるように、彼らは姿を消した。
コツコツと、ドラコの革靴の音だけが響き渡る。
「君たちは、勘違いしてる」
誰かが、微かに呻いた。その声に、ドラコがゆっくりと視線を落とす。
「彼が僕を守っているという認識は正しい。でも僕だって───彼を傷つけた人間を、許すわけがないだろう?」
足元に落ちた杖を踏みつけ、ゆっくりと歩み寄る。その気配に、生き残った一人が、ぞっとしたように身を固くした。
──ドラコ・マルフォイ。
美しく中性的で、儚げなその美貌に、誰もが騙されていたのだ。ハリー・ポッターに囚われたお姫様。彼はそう呼ばれ、時には被害者だと囁かれる。
しかし、その声音は氷より冷たかった。
「ドラコ、もういい」
ハリーは少し焦ったような声音で歩みを進めた。その動きで、紅が床に落ちる。その色に、アイスグレーが苦々しく細められた。
「……ハリーに、手を出したな?」
音もなく、ドラコは杖を闇祓いの1人に向けた。
「ドラコ、やめ──」
次の瞬間、彼の杖の先から閃光が放たれた。悲鳴を上げる間なく、その場に崩れ落ちていく。壁に叩きつけられ、瓦礫の下に沈む者。全身を黒い炎に包まれ、断末魔を上げる者。
静かな、断罪。その瞳は、ハリーと同じように淡い炎を灯していた。
「彼は、僕の光だ」
静寂が戻ったとき、ドラコはゆっくりと息を整えた。目の前には、動かなくなった闇祓いたち。
「……ドラコ」
低く、静かな声が降る。振り向くと、ハリーがじっと彼を見ていた。唇はかすかに震えていた。
「……君は、戦わなくていいのに」
ドラコはしばらくハリーを見つめ、それから静かに眉を寄せた。
「……君が傷ついたのに?」
「それでも」
「……」
ハリーの傷に、ドラコはそっと触れた。赤黒い傷は、淡い光を放って、跡ひとつ残らず白い肌に戻った。ドラコは安心したように深く息を吐く。
「僕は、戦わない。君がそう望んでるから」
「……うん」
「でも、君が傷ついたときは例外だ。」
ハリーは目を伏せ、苦笑した。
「……君って、本当に優しいよね、ドラコ」
その言葉に、ドラコは短く息をつき、ハリーの傷に触れた手を強く握った。
「君にだけだ。」
誰一人として動かなくなった戦場。冷たい空気だけが漂い、死の匂いが染みついていた。そんな空気をゆっくりと食んでから、ドラコはゆっくりと顔を上げ、ハリーの顔を覗き込んだ。月明かりに照らされた翡翠は、ひどく悲しげに揺れていた。
「僕は……君を戦わせたくなかったのに」
「……仕方なかった」
ハリーは、ドラコの頬に手を添えた。
「僕が、全部やるつもりだったのに」
「だからって──君が傷ついていいわけじゃない」
ハリーの手に頬を預け、唸るように言った。そんな姿に、翡翠が揺れた。
「……ドラコ」
「君は…僕が戦う必要のない世界を作ろうとした」
ドラコはでも、と続ける。
「それなら──ハリーも傷つかない世界でなければ意味がない」
ドラコは、ハリーの腕を指先でなぞった。もう傷は見えない。それでも、”ハリーが血を流した”という事実が、彼の胸を焼いていた。
ひとつ息を吐いたドラコは、頬にあるハリーの手をなぞり、自分のものと重ねた。
そして、歌うように告げる。
「僕が戦ったことを、誰も覚えていなければいいんだろう?」
「……」
「だったら、簡単な話だ」
まつ毛を瞬かせ、ふわりと微笑む。
「──僕が戦った姿を見た人間を、すべて消せばいい」
静寂が落ちる。ハリーは少しだけ目を伏せ、嬉しそうに微笑んだ。
「……君は、時々僕より恐ろしいことを言うね」
「君がそうさせるんだ」
ドラコはハリーの顔を見つめる。美しい翡翠には、狂気にも似た愛が滲んでいた。
しばらく見つめあった後、ハリーは諦めたように息を吐いた。
「……なら、こうしようか」
ハリーはドラコの指をなぞり、ゆっくりと絡めた。
「これから先、僕が傷ついたとき──僕に触れた人間は、君が殺して」
「……」
「でも、それ以外の人間には、手を出さないで」
「……随分と甘いな」
ドラコは暫く考えるように眉根を寄せていたが、ゆっくりと頷いた。
「……わかった」
そう言うとドラコは、自分から唇を重ねた。
────────
闇に堕ちたハリーが唯一壊せないもの、それがドラコである。
そしてドラコにとって唯一誰にも触れさせたくないもの、それがハリーだった。
新しく建て直した屋敷で、紅茶を入れていたドラコは、バシッという姿現し特有の音に顔を上げた。この屋敷に姿現しできる人間は、1人しかいない。ティーカップを準備してから玄関へと向かう。我が君からの命令を完遂してきたであろう彼を出迎える──と同時に消しきれない血の匂いが鼻をつんざいた。ハリーは基本彼の生み出した黒百合の魔法を使うため血の匂いは纏わない。今日は”例外”だったのだろう。
「……かなり殺したな」
「見てたの?」
「血の匂いでわかる」
「……ごめんね、呪いを跳ね返したら、敵の致命傷になったんだ。」
その言葉が、甘く、優しい声音で吐かれるたび、ドラコの胸が焼ける。この男は、どれほど人を殺しても、ドラコの前では「ごめん」と言える。だが、その「ごめん」は、「人を殺して、ごめん」ではない。
自分に血の匂いを嗅がせたことへの謝罪なのだ。
それが彼の本音。
ドラコは、込み上げてくる思いも丸ごと、ハリーを抱きしめた。ハリーは血の匂いが付いていることが気になったのだろう。手を彷徨わせていたが、すぐに背中に手を回した。
「僕は血の匂いなんて気にしない。君が動きやすいように戦ってくれ。」
「でも君を連れて行くときだってあるだろ?家にいられる間は血なまぐさいことは忘れて欲しいんだ。」
静かに笑うハリーの手に、ドラコは自分の指を重ねた。その声は本当に優しい。ドラコがどんな顔で日々を過ごしているか、それだけを気にしている、誰よりも愛しいひと。
ドラコはぽつりと呟く。
「……君に守られてるのは、もう慣れた。でも、たまには僕にも怒らせてくれ」
ハリーは眉を下げた、彼が言っているのは[[rb:あのとき > ・・・・]]の話だろう。
「もし、僕をまた怒らせるくらい、誰かが君を傷つければ──」
「──誰も残さない」
ハリーの声音は、凪のように静かに響いた。
「もう二度と傷つかない。もっと強くなる。僕を想ってくれる、きみの為にも。」
そう告げ笑って、ハリーはゆっくりとキスを落とした。ただ、優しく。
胸の奥が熱くなる。
世界を敵に回してでも欲したものが自分だったのだと、そんな真実が、確かにこの胸を満たしていく。幸せそうに細められた翡翠を垣間見る度思うのだ。──全てが敵に回り、この男が全てを消し尽くす日がくるとして。それでも彼の中で自分が、穢れなき帰る場所であるのなら──それでいいと。
目を閉じた。
愛は狂気と背中合わせだ。ハリー・ポッターの愛は、ただ一人のためにしか存在しない。そしてその愛が、世界を焼き尽くす力を持っているという事実こそが、ドラコの胸を、何よりも焦がしてやまなかった。