続きです!授業の間等、思ったより時間があったので今日中の投稿ができました。
いつも読んでくださってありがとうございます…!
⚠️流血表現あり。実際の組織とその関係と、この話は、全くの無関係です。
⚠️読んでて「誰こいつ?」となるキャラが何人かいると思うので、イラスト部屋の方と合わせて読んでいただけると分かりやすいかと…見てくださるととても嬉しいです…
スローモーションの世界を見ている気分だった。
西日に照らされ、鮮血がきらめきながら散ってゆく。ついさっきまで、自分の体の一部だった肉片と、それに纏わりつく血液は、まるでルビーの原石のようだった。そのなんともアンバランスな情景を見ながら、ロシアは自分の身体がどんどん地面に向かって倒れ込んでいっているのを感じた。このままではまずい。地面に転がって身動きが取れなくなれば、もれなく狙撃手の弾丸の餌食となるだろう。そこからのロシアの行動は、もはや本能によるものと言っても過言ではなかった。
ほぼほぼ体勢を立て直すのは無理なところまで来ていた。それにも関わらず、ロシアは逆に足を大きく踏み出して、自分と腕の中のフル装備の一兵士もろともの二人分の体重を支えて倒れることを阻止した。ここまで、もちろん目にも止まらぬ速さで一連の行動をとっている。体勢を立て直すことに成功したロシアは、間髪入れず数歩先の塹壕に向かって走り込み、その深みに身を投じた。幸い、二人の後を追うようにに斉射された弾丸は、一発たりとも当たらなかった。しかし当のロシアは、そんなことなどつゆ知らず、というか知ったとしてもそれを喜ぶ余裕などなかった。塹壕内に苦痛に満ちた呻き声が響く。
「……んぅゔっ……んぐっ、ゔぁああっ‼︎‼︎」
糸の切れた操り人形のようなウクライナ兵を抱き抱えつつ、ロシアはワナワナと震える左手を左頬に近づけては遠ざけを繰り返していた。
形容し難い痛みがロシアを襲う。経験したことのない痛みだった。痛みという感覚はいつしか苦しみという信号となって脳に送られるようになったらしく、ロシアは休む暇も与えられず悶絶し続けた。
「ぐっ……うぁ゛ああぁああっ‼︎……くっそいでぇええっ……!あのクソ狙撃手……っ」
思わず毒付く。しかし、その抉れた頬を伝って血が垂れ落ち、腕の中のウクライナ兵の頬に赤い斑点を作ったのを見て、幾分か正気に戻れたロシアだった。
ややもすれば歯の根も合わぬほど痛みに体を打ち震わせながら、ロシアは自分の傷と、目の前の若い兵士の応急処置にあたったのだった。
「〜♪」
蛍光灯一本の光が、部屋の中を薄暗く照らしている。その光の下の机の上で、鼻歌を歌いながら、かちゃかちゃと微かな音を立てて何やら作業している者がいた。
パチン、という小さな音が響く。
「あっ………」
声を上げて作業を止めたその男は、右手を目の前に掲げてしげしげと眺めたあと、鋭く「チッ」と舌打ちした。毒付く声が微かに響く。
「クソッ……あれほど注意してたのに。今週だけで三回目だ。誰だよここの設計考えたやつ……」
掲げられた右手の人差し指のあたりから、ダラダラと赤いものが流れて落ちた。どうやら金具か何かに指を挟み、切ってしまったらしい。近くに置かれていた救護箱に手を伸ばしかけた彼は、一瞬逡巡したあと、悔しそうな目をして手を引いた。救護箱の蓋には「無駄遣い厳禁」と祖国語で書かれた紙が貼り付けられている。切れた人差し指を口に含み、彼は再び毒付いた。
「……クソがよ………」
その声は誰にも聞かれることはなかった。しかし、静かな室内とは裏腹に、ドアの外には騒がしい声がどんどん近づいて来ていた。男数人だろうか?聞き耳を立てなくともその内容がわかるくらい、大きな声で話している。
「だーかーら!お前のそのやり方は非効率すぎるっての‼︎ こっちはあのクソブタどもを一網打尽にしてやりたいんだって!祖国様だってそれを望んでいるに決まってる‼︎ 」
「祖国様が望んでいるからこそ私はこの方法を推しているんだ。お前の考える戦法より余程、確実性があると言える。お前のは確実性に欠ける。失敗したらどうだ?こちらの損害は下手したらあちらより上だろう」
「だが!祖国様が望んでるのは結果と、それに伴うスピードだ‼︎ 一刻も早く結果を出して、クソブタどもを殲滅しなきゃならねぇんだよ‼︎ お前はそれ分かってんのか⁉︎ お前のじゃ結果が出るのに何年かかるってんだ⁉︎ 」
「そんなにかかるわけないだろう⁉︎ 一旦、頭を冷やせ、ネボ。私が言いたいのは、お前のやり方だとハイリスクハイリターンだからもう少し考え直せということだけだ」
「俺だって考えてる!じゃあどうすりゃ良いってんだよモレ‼︎ 頭の良いお前ならもっと効率の良いやり方をいくつも思いつけるだろ‼︎⁉︎ 」
最後の威勢の良い怒声を最後に、ガチャン!という激しい音を立ててその部屋のドアが開かれた。一人で部屋の中で作業していた男は、怠そうな目を入り口に向けた。そこには、先ほどまで怒鳴りあっていた(一人は一方的に怒鳴っていた方を諭していただけだったようだが、何しろ元の声が大きいので怒鳴っているようにしか聞こえなかった)男二人組が立っていた。彼らは、部屋の中のその男の存在にすぐ気づいたようだった。
「あれ?ゼム⁉︎ お前こんなとこで何やってんだ?」
「ゼムか。久しく見なかったが、無事でよかった。元気だったか?」
ゼム、と呼ばれた男は、声をかけられた途端に怠そうな顔をさらに不機嫌そうに歪めた。
「………何の用?用件はさっき言ったはずだよ。三十分後に司令室前集合。僕は見ての通り忙しいんだ。それを君たちはさっきから、ギャンギャンギャンギャンうるさい声で喚きやがって……」
「はぁ⁉︎ 」
言わずもがな、片方の男が反応した。
「誰が喚いてるだって⁉︎ 喚いてねぇしそもそも祖国様のために作戦話し合ってただけだろーがっ‼︎ それをテメェは何だ⁉︎ 俺らが話し合ってた間そのプレートキャリア弄ってただけだろうがよ‼︎ 」
「うるさい!君のその声がうるさいんだよ!いちいち怒鳴らなくても聞こえるわこの単細胞‼︎ 」
「うるせーよこの多細胞‼︎ 」
「ネボ、それ多分悪口になってない」
ネボは、自分より背の大きなもう片方の男に羽交い締めにされ、ジタバタとした。情けないことに身長差のせいで脚が若干浮いてしまっている。
「モレ‼︎ 離せや馬鹿‼︎ 」
「はいはい落ち着け落ち着け」
捕まえられたチワワの如く叫び暴れ回るネボを羽交い締めにしたまま、モレは涼しい顔で宥めすかした。しかしそれで収まるネボではない。身体中を捩って怒鳴った。
「一旦こっち来てみろやゼム!テメェのことボコしてやらぁ‼︎ 」
ゼムは鼻で笑った。
「へっ、誰が行くかばーか」
「誰がバカだテメェ‼︎‼︎ 」
「君しかいないだろ?はは、いくら空軍だからって思考まで空に飛ばしてちゃ困るよネボ‼︎ 」
「はぁ⁉︎⁉︎ 黙れやこのッ、」
ネボが叫んだ。
「この、祖国様のこと何も考えてねぇ意気地無しがッ‼︎‼︎ 」
「……………………………………はぁ?」
それまでと打って変わり、低い声でゼムが呟いた。今までの、明るくて少し軽めの少年のような声が一気にトーンダウンし、心底底冷えのするような低音になった。その急激な変化に息巻いていたネボも気づき、ハッとした。しかし次の瞬間、彼は、一ミリたりとも動けなくなっていた。
首元に冷たい感触。
ゴク、とネボが生唾を呑み込む音だけが響いた。
「………ッ、」
「……………ぁ」
モレが慌てたようにネボを解放しようとしたが、慌てて彼の身体を支え直した。今下手に動いたら、ネボの首は間違いなく……切れる。
「………誰が意気地無しだって?誰が、祖国様のことを考えて無いだって?」
ゼムの、冷え切った硬い声。
「ねぇネボ、分かる?この世には、言って良いことと悪いことってのがあるんだ。それをお前は……理解、していないようだね」
ゼムが顔を上げ、ネボを見た。口許には白々しく笑みが浮かんでいる。しかし彼の眼には闇が落ち、少しも面白くて笑っているのではないことを示唆していた。
今、ネボの首筋には一つの鋭利な刃が当てられていた。ゼムが、手にしたアーミーナイフを突きつけているのだ。ゼムは、ネボの言葉に静かに激昂したようだった。モレが動きを封じていたとはいえ、言葉を荒らげることなく、一瞬の隙をついて一切無駄の無い、目にも止まらぬ速さでネボに近接し、急所を狙った。もし彼らが敵同士だったら間違いなくネボは死んでいただろう。
「…………す、すごいなゼムは。さすが……陸軍。動きに、無駄が、無い……」
モレが顔を引き攣らせて言った。ゼムのあまりにも思いがけない急襲に、モレは若干、いやかなりの的外れなことを言ったが、しかしゼムは、モレには目もくれなかった。その凍てつくような視線をネボに向けるのみだ。
「ねぇ、ネボ。……さっきのあの言葉、撤回してくれる?僕が、祖国様のことを………ってやつ」
「それはっ………じ、事実だろうが!」
「…………は?」
ゼムは何の躊躇いも無いかのように、ナイフの刃をネボの首筋に当てがった。今まで皮膚と刃の間に数ミリあったが、その余地すらもなくなる。
ジリ、とした熱さが首筋に走った気がして、ネボは喉を鳴らした。
「ヒゔッ………!」
「ねぇネボ。もちろん、撤回してくれるよね?」
「………ッ」
「ネボ?」
若干怯えた顔で震えながら、言葉を出せないでいるネボを目の前にし、ゼムはゆっくりと目を細めた。
「ねぇネボ?分かる?今、お前の命の価値は著しく、低い。僕がこのまま手をスライドさせれば、君は間違いなく死ぬ。権利も力も全て僕の方が上回っている今、それができるんだよ、僕は。……それを理解した上で行動すべきだ」
「…………っ」
「………撤回して、ネボ」
「………ぅっ、」
「……ネボ?」
「…………ぁ、」
「……撤回しろよ………!」
ゼムは、未だに喋れずに掠れた空気のような声を上げたネボをじっと睨みつけた。地獄の捌きが下されるような、不気味に空気の張り詰めた空間だった。双方とも、何も言わない。しかしその刹那。
ゼムが、ゆっくりと、笑った。
「…………ッ‼︎‼︎ 」
ネボが息を呑む。危険を感じたモレが、ゼムのそのアーミーナイフをブレードごと掴もうと身を動かしかけた、その時だった。
「………何してるの。こんな薄暗い部屋で………って……、え?」
場違いなほど、可愛らしく柔らかい声が響いた。室内の三人の動きが一斉に止まり、入口を見た。モレが最後に入ったきり、ドアが開けっぱなしになっていたのだ。そして、そこに立っていたのは。
「え、えと……これ、どういう状況?」
戸惑った顔をした、祖国───ウクライナ自身だった。
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