結局、この場にいた十人を全員蹴散らし、通報に駆けつけてくれた警察の人達の事情聴取を受けた後、僕達はファミリーレストランに足を運んだ。
「怖い思いをさせてごめんね。頬っぺた、もう痛くない?」
運ばれてきた苺パフェに目を輝かせている、尖ノ森柚季(とがのもりゆずき)ちゃんに問う。柚季ちゃんはきょとんと目を丸くした後、スプーンでパフェの生クリームを掬い取り、一口味わった後で笑顔を見せてくれた。
「大丈夫、みたいだ。パフェを食べられるくらいだからな」
尖ノ森君は柚季ちゃんを見て、安堵した表情で僕に答えてくれた。柚季ちゃんもお兄さんである尖ノ森君の安堵を感じ取ったのだろう、こくりと大きく頷く。僕と尖ノ森君の間にある、微妙な気まずさを感じ取っているのだろう。柚季ちゃんは僕らの顔を交互に見つめて、首を傾げている。
「僕らは大丈夫だから、パフェ食べて。アイスが溶けちゃうよ」
僕がそう促すと、柚季ちゃんは慌ててパフェに向き直る。溶け始めたストロベリーアイスを美味しそうに味わう彼女を愛おしげに眺めた後、尖ノ森君は僕に視線を合わせる。少し怯えているような、後悔を滲ませた瞳をして、彼は言葉を繋ぐ。どうして私を助けてくれたのだ、と。
「赤荻は、私が嫌いだと……それなのに、自分を危険に晒してまで、何故」
「君に嫌いと言ったとしても、君が誰かを守って助けを求めているときに、見捨てることなんて出来ないよ。それに僕が嫌ったのは君じゃなく、君の行動で……それでも、あの時は本当にごめん。僕は君を傷つけてしまった」
「いや……私が悪かったんだ。お前の大事な全てを侮辱した」
私だって、大切な人や思いを侮辱されれば怒る。尖ノ森君の言う「大切な人」とは、無邪気に苺パフェを味わう妹、柚季ちゃんのことなのだろう。
「……私の言動から、気付いているだろう。私は地球人を嫌っているのではなく、恐れているのだということを」
何となくは分かっていたし、柚季ちゃんを知った今は確信に変わった。
柚季ちゃんのチョーカーは、古傷を隠す為にあった。彼女の喉には大きな傷跡があった。事故や自傷で作られたものではない、はっきりと悪意を見て取れるそれは、柚季ちゃんが今よりも幼い頃に他人から攻撃を受けた証だ。そして柚季ちゃんの命を奪おうとした末に、彼女から声を奪ったのは。
「妹がまだ五歳の頃。不老不死の噂を真に受けた地球人が、柚季を誘拐した」
そこで何が起こったのか、理解が及んでしまうことが悔しかった。それは僕とマコが何度も突き付けられた危機的状況であり、僕達が大した怪我もなく生き残れたのは「運が良かっただけ」だ。僕達の会話を知らない柚季ちゃんは、カップの底に残った苺を名残惜しそうに味わい、尖ノ森君を見た。
「柚季、パフェ食べ終わったの?アイスは食べ過ぎるとお腹が痛くなっちゃうから……焼き菓子なんてどうだろう。林檎のパイ、好きだろう?」
尖ノ森君が優しい声で提案をすればと、柚季ちゃんは表情を綻ばせて頷いた。早速注文をして、ココアのお代わりも貰ってくると、柚季ちゃんは「ありがとう」と言うように笑った。強い子で、優しい子だと、そう思う。
「赤荻は、柚季に似ているよ」
だから、守りたいと思った。そんなことを口にする尖ノ森君に、買い被りすぎだと僕は答える。僕は柚季ちゃん程、優しくも強くもないだろう、と。
「僕は結構、自分勝手に生きてるよ。人を守る為に自分を犠牲にも出来ないし、自分の機嫌で人を傷つけるし……今のままで大丈夫なんだ、僕は」
僕はもう、マコに守られて、救われている。
紡いだ言葉に、少しだけ沈黙が落ちて。
「……そうか。お前にはもう、運命の相手が存在するのか」
私ではお前の騎士にはなれないな。
ぽつりと零した言葉に、続いて涙も零れ出す。それでも、今まで見たことがないくらい、穏やかな顔で笑ってくれた。驚いた顔でキャラクターもののポケットティッシュを差し出す柚季ちゃんに「ありがとう」を言いながら、尖ノ森君は盛大に鼻をかんだ。拭い切れなかった鼻水がトナカイみたいに赤くなった鼻からちょろっと出ている様子に、柚季ちゃんは思わず笑ってしまっていた。残る鼻水を柚季ちゃんに拭ってもらう尖ノ森君に、問う。
「尖ノ森君。君のことを、鳳仙君と呼んでも良いかな?」
友達として、君と仲良くなっても良いだろうか――――君という強く優しい騎士にかけられた悲しい呪いが、どうか解けるようにと願いながら。そんな僕の祈りを、彼は快く受け入れてくれた。
「それは私から願うべき言葉だった。私の方こそ、お前を友と呼んでいいだろうか、赤荻」
「……和樹って呼んでほしいな、友達になるなら」
僕達の言葉に、柚季ちゃんが優しい瞳をしている。傷ついた心が人を優しくするという言葉を、僕は信じない。きっとこの子は傷つく前から優しくて、傷ついてからも優しさを捨てなかった、とても強くて美しい花なのだから。
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