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ターラが神殿に仕えるようになって3ヶ月ほど経った頃、初めて祈りの間へ足を踏み入れることが許された。
熱心に祈り、神様を深く信仰する元子爵令嬢ターラの存在を知った聖女が、神様の誕生と偉業を伝えるステンドグラスに興味はないかと、ターラに声をかけてきたのだ。
以前から、そのステンドグラスの存在は噂になっていて、ターラもぜひ見てみたいと思っていた。
だから聖女から誘いを受けたターラは、すぐにでも伺いたいと喜んで返事をした。
神殿から少し歩いた先に、神の森を背景に、聖女が住まう祈りの間がこじんまりと建っていた。
建物は落ち着いた色で塗装され、森への景観が配慮されている。
あくまでも、ここでは神の森が主体なのだ。
ターラは聖女に建物の中へ案内されて、噂のステンドグラスの前に立った。
吹き抜けの壁一面を使った、神様の誕生と偉業が描かれたステンドグラスの大きさに、まず圧倒された。
陽光が差し込むことで、輝く球体から人型へ変化する神様の崇高さがより際立つよう表現されていて、その様子に心が震えるほど感動した。
全身全霊にステンドグラスから敬いの気持ちが伝わってきて、これを制作した芸術家が、神様をあつく信仰していたのがよく分かる。
「なんて美しい……」
知らぬ間に、ターラは滂沱の涙を流していた。
それを隣から、老齢の聖女が微笑ましく見ている。
「敬虔な者ほど、このステンドグラスには胸を打たれます。あなたの流す涙も、とても美しいですよ」
ターラがこの素晴らしい画を心に刻もうと、じっくりと隅々まで鑑賞していたら、いつの間にか時計の針がかなり進んでいて、日が沈みだした。
だが、夕映えに照らされたステンドグラスを見て、またしてもターラは新たな感動に襲われる。
陽光とは違い、暗さを孕んだ薄暮れを透かす神様の姿が、まるでそこに存在しているように立体的に見えたのだ。
陰影の織り成す奇跡に、ターラは知らず跪いた。
そして両手を組み合わせ、一心不乱に祈る。
神様が人の世に誕生してくれたことに、心からの感謝を込めて。
◇◆◇
その夜、ターラはベッドへ横になったものの、興奮して眠れなかった。
あんなにも神様を身近に感じたのは初めてだった。
神様が実在するとは知っていても、聖女以外は姿を見ることは叶わない。
ターラは勝手に頭の中で、神様を光り輝く人型のように想像していた。
ところが違ったのだ。
ステンドグラスにはしっかりと、光の球体から成長し、青年になった神様が描かれていた。
その瞳は星空のように蒼く、真っすぐに伸びた黒髪は深淵のようだった。
(あれが、神様の本当の姿――)
ターラはたまらず飛び起き、文机から日記帳を取り出すと、余白に羽根ペンを走らせた。
ありありと頭の中に残っている神様の姿と、ステンドグラスが伝える壮大な物語を、そこへ描写していく。
そして描写しているうちに、ステンドグラスを多くの人に見てもらいたい、と思い始めた。
ステンドグラスは祈りの間にあるため、神殿に仕える者しか見ることが許されない。
神殿に祈りを捧げに来る人たちが、ステンドグラスの神様を目にする機会は、今のところ皆無だ。
しかし、この素晴らしいステンドグラスには、神様を信仰する人々の心を打つ、大きな感動がある。
「神様の姿を伝えるために、いい方法はないかしら。何か、私に出来ることが……」
覚えている限りの描写を終えたターラは、日記帳を眺めて呟く。
ペンが囲った黒いステンドグラスの枠を指でなぞっていると、母に教わったパッチワークの図案が、ふっと脳裏に浮かんだ。
「そうよ、パッチワークよ。このステンドグラスの画を、そのまま図案として使えるかもしれない」
ターラは日記帳のページをめくり、現れた新たな余白に、またしてもペンを走らせる。
今度は、パッチワークにすることを意識して、ステンドグラスをどう分解するか考えた。
「ここは、陽光が差したところを、別布のアップリケで表現したいわ。夕映えの陰影や立体感は、綿を入れてキルティングすれば、何とかなるかしら?」
結局、朝が来るまでターラの構想は続いた。
◇◆◇
寝ていないにもかかわらず、やる気がみなぎっているターラは、その勢いのまま、日記帳を持って聖女を訪ねた。
昨日の今日で、またステンドグラスを見に来たのかと感心する聖女を、ターラは別の意味で驚かせることになる。
「聖女さま、このステンドグラスの素晴らしさを、もっと広めることは許されるでしょうか? 神様の本当の姿を知ることは、神殿に仕える者にしか許されないのでしょうか?」
息せき切って話すターラに、聖女は水を差し出し落ち着かせた。
「何があったの? ゆっくり最初から、話してちょうだい」
そう言われて、ターラは聖女に、真っ黒になるまで書き込みがされた、日記帳を開いて見せる。
そして昨夜、思いついたばかりの案を、やや早口になりながらも聖女に伝えた。
ターラがどれだけステンドグラスに心を打たれたのか、どうしたらそれを多くの人にも感じてもらえるのか。
そのために、ターラに出来ることを考え、実行できる策をまとめてきた。
母から教わったパッチワークの技法は、貴族階級では刺繍とともに嗜みとして娘に教えられる。
貴重な布を大量に使うから、富裕層の間では家の裕福さを表す指標となるのだそうだ。
だが、ターラはそんな見栄や面子の部分よりも、この方法でステンドグラスを布絵に出来ることに注目した。
ターラが持ってきた日記帳には、ステンドグラスの素描がたくさんあり、それぞれに細かく注釈が添えられている。
「神様に祈りを捧げるとき、その姿を頭の中に思い描くことが出来れば、もっと身近に神様を感じられるのではないでしょうか。神殿に祈りを捧げに来る人たちが見える場所に、私はこのパッチワークで制作した布絵を、飾りたいと思っているのです」
ターラの熱意に絆された聖女は、すぐに神殿長にかけあってくれた。
神殿長は、ターラが描いた精密な図案や、ターラの真剣なまなざしに、優しく頷いてくれる。
「神様の誕生と偉業を後世に伝えるステンドグラスは、神様の側付きとなる聖女の信仰心をより高める目的で、祈りの間に制作されたと聞いています。ステンドグラスを秘匿することが目的ではないのですから、内容を公開しても大丈夫でしょう」
そして聖女とともに快く、ターラの試みを後押ししてくれた。
聖女も神殿長も、パッチワークについての知識がなかったので、制作の指揮はターラが執ることになる。
たくさんの人々に見てもらうには、ステンドグラスほどではないにしろ、ある程度は大きいほうがいいだろう。
しかし、パッチワークというものは、見た目以上に手間暇がかかる。
ここはターラが一人で頑張るのではなく、裁縫に心得のある者に協力をあおぐべきだ。
そう思って神殿内で同志を募ったところ、ステンドグラスを模したパッチワーク制作への参加者は、想像したよりも多く集まった。
そのことがターラを勇気づけた。
初めて見た神様の姿に興奮して眠れなかったあの日に、ターラが徹夜で日記帳へしたためた工程表をもとにして、パッチワーク化の作業は進められた。
ステンドグラスの正確な長さを測り、それを縮尺した型紙を作り、適した色布を選んで切っていく。
同時進行として、パッチワークの技法をターラが教え、それを習得した者から、布絵を構成するピースを縫い始める。
大小さまざまなピースを仕上げ、あるものは綿を入れたり、あるものは繋げたり、全体を組み立てるまでは地味な作業が続く。
ターラは、縫い方が分からないところを聞いてくる者に指導をしたり、ピースを配置をするときに見栄えがよくなる提案をしたり、自身もチクチクと針を進めながら総監督のような役目を担った。
最終的に裏布をつけて、枠を額縁のように仕上げるまで、実に3年以上の月日がかかった。