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フレアも細かなことを聞かされていないようで、どこかソワソワしながらペトラが作業するのを見つめていた。
「それじゃあいくぜ、フレアはそっちの箱を同時に開けてくれよ。せーの――!」
慌てて息を合わせたフレアは、用意した箱のフタを呼吸を合わせて開いた。
すると中からもくもくと煙が上がり、しばらくすると煙は空中で少しずつ姿を変化させ、見覚えのある二つの物体へと姿を変えた。
「わぁー凄い、煙が変身した!」
「へへへ、すげぇだろ。コイツらがいりゃあ、俺たちの行動範囲だって少しは広がるってもんだぜ」
二人の前に現れたのは、煙が姿を変えたウォーウルフだった。
どうやらランドで飼っているウルフのコピーのようで、二人が互いに頭を撫でると、いつものように戯れて身体を擦り付けた。
「……どういうことだ。説明してもらおうか?」
「コイツは小型のモンスター転送装置だ。ウチで使ってるAM仮想の魔道具と連携させて、こっちにも転送できるように改造してもらったんだ~。しかも俺とフレアの各自一つずつだぜ、すげぇだろ!」
魔術院に詰めていたのはそういうわけかと仏頂面になったイチルは、あえて先手を打つように言った。
「だからといって自由に動くのは無しだ。お前らはあくまで後方待機。街から出ることも許さんし、パナパに入ることなど当然認めん」
「なんでだよ、俺たちだってみんなと一緒にダンジョン攻略したいんだよ!」
「冗談は寝て言え。ザコを連れて歩く周囲の苦労も考えられん未熟者など連れていけるものか。悔しかったら自力でパナパに入国できる実力を身につけるんだな」
釘を刺されて憤るペトラとは対照的に、フレアの態度はどこか落ち着いたものだった。
それどころか、むしろそれを予見していたとすら思わせる口ぶりでクレイルに訊ねた。
「クレイルさん、そういうことですので私たちはここで待機となります。……実はそこで、一つお願いがあるんです」
「お願い、でございますか?」
クレイルが改まって聞き返した。
「実はクレイルさんに、今回のお仕事を手伝っていただけないかなと思っていて。本来ならエミーネさんに直接お願いすべきだったのですが、エミーネさんはパナパのダンジョン調査で手が離せないということで、でしたらと紹介をいただいて……」
なるほどとアゴに手を置いたクレイルは、しばし思いを巡らせてから、「良いでしょう」と軽く頷いた。
「ほ、本当ですか?!」
「ですが、おひとつだけ条件があります。私やイチルさんの許可がない限り、お二人は絶対にこの街から出ないこと。それをお約束いただけるのであれば、喜んでお手伝いいたしましょう」
さらに念を押されたペトラがウゲェと悶絶する中、フレアは腰まで頭を下げ、「ありがとうございます!」と礼を言った。イチルもイチルで、子供のわがままに付き合わせて申し訳ないと男に目で礼を言った。
「でしたら早々に話を進めてしまいましょう。エミーネ嬢からの言伝も預かってきております。時は金なりです、早速計画を教えていただけますか?」
ちぇと舌打ちしたペトラは、仕方なくクレイルの条件を受け入れ、フレアと共に作成した計画表をパラリと開いた。
落ち着いてダンジョンを散策できる条件が整わないことには移転作業は始まらず、まずは状況整理から始めましょうとフレアが提案した。そうして改めて説明を終えたところで、最後に残っていた案件を確認した。
「ところでクレイルさん、エミーネさんからの言伝というのは?」
「直接パナパに入っている彼女の知人から情報を得たとの連絡がございまして。当然といえば当然なのですが、なんでも相当に面倒な事態になっているようで」
「面倒な事態……、ですか」
「先日、先んじてクープの一ギルドがダンジョン討伐に乗り出したという話が出ていたのですが、どうやら返り討ちにあったという説が濃厚なようでして。未だ詳細な情報は知れぬままではありますが、あのクープでございます。それなりの戦力を用意していたことでしょう。それを踏まえれば、少なく見積もってもA、……いえ、Sランク以上のダンジョンである可能性が高いかと思われます」
「Sって、瓦礫深淵よりも高難度ということですか?!」
「あくまで一つの可能性ですが、相応の覚悟が必要ということです」
「わかりました、すぐに皆さんに伝えます!」
慌てた様子でフレアが通信用の魔道具を手に取った。しかし眉をしかめたクレイルは、フレアの指先に触れながら首を横に振った。
「どうして止めるんですか、クレイルさん?!」
クレイルはイチルに確認するようマティスから支給された魔道具を覗き込んだ。そして念入りに見極めた上で、もう一度首を振った。
「何か問題でもあるのか?」
「実はエミーネ嬢から連絡をお受けした際に、旧型魔道具での通信は傍受されている可能性が高いとの示唆をされまして。こちらの魔道具は確かに性能の良いものではありますが、いかんせん汎用性が高すぎるため、少々危険が伴うかと。万一を考慮した場合、わたくしが持参しました物をご使用いただいた方がよろしいと」
なるほどとイチルが頷いた。
「え……、でもこれが使えないと、皆さんと連絡を取る方法が。私たちはパナパに入ることはできないし、犬男だって」
悪びれる素振りもなく首を振ったイチルをよそに、クレイルが「その点はご安心を」と付け加えた。
「わたくしが直接皆様にお渡しして参りましょう」
「だけど、パナパ内はダンジョンの影響で危険が伴うって……」
ふふふと不敵に微笑んだクレイルは、黒い衣服を少しだけ捲くると、手のひらに青白い魔力を蓄えながら強化した指先をゴキゴキと鳴らした。
「こう見えましても、昔は随分と無茶をしたものでございます。過去には二度、魔王の討伐隊に馳せ参じたこともございました。まだまだそこいらの魔物にしてやられることはありませんから、ご心配なさらずとも」
あんぐりと口を開け、ペトラが言葉を失った。
少なからず魔法を覚えたことによって、相手の力量の幾ばくかを感じられるようになった影響は大きく、言葉よりも雄弁に語る魔力というものの可能性に圧倒されていた。
「そういうことなら、ありがたくお願いすればいいんじゃないの。お前らはお前らの仕事を、そして自分にできない仕事は誰かに依頼すればいい。ごくごく当たり前のことだ。……どうやらそちらさんにも、色々と事情がありそうだしな」
イチルの言葉に微かに笑みを浮かべたクレイルが静かに頷いた。
人数分の小型端末を別途用意した鞄に詰め直したクレイルは、それぞれのメンバーの特徴と位置を把握してから、本日中にも渡して参りますと本部を後にした。
クレイルに大きく手を振ったペトラとフレアは、どこかに残っている歯痒さを隠すことができぬまま、自分たちの無力さを噛みしめるしかなかった。
「なぁフレア。……俺さ、これまでずっと強くならなくていいなんて思ってたけどよ。やっぱ嘘だわ。今は何もできねぇことが悔しくてたまらねぇ」
「……うん」
「誰にも文句を言わさねぇくらい強くならねぇと、自分の自由すら決められねぇんだな。そんなこと、想像もしてなかった」
思いを募らせる子供二人を腰でボンと小突いたイチルが、「ボーッとしてる場合か」と呼びかけた。
カーっと頭に血を上らせたペトラが反撃する姿を見つめながら、フレアも同じ思いをいだきつつ頷き、「絶対にもっと強くなってやるんだから」と決意を新たにするのだった――