第3話:忘れ物
店内に入ると、涼しいクーラーの風が前髪を撫でた。
店内をざっと見ると、こちらに勢いよく手を振っている人がいる。するとねむぃが、
「わ~!はんぺんちゃんじゃん!久しぶり~」
と手を振っている人の方に走っていく。
「はんぺん、ちゃん?ってあの?」
「どの?」
麗もはんぺんを知っているようで、有名人なのだと知った。けど私ははんぺんを知らない。
「あ!君はにゃこちゃんだね!僕の投稿にいつもいいねしてくれてる。」
すごい…そんなに自分の投稿にいいねしている人をしっかり覚えているとは。
「え!わたしのこと知ってくれてる…」
麗はもう目が星になって輝いている。少女漫画のヒロインか!
「まあ座って座って~」
と奥に座っている女の人が言う。そして私は、麗とはんぺんの間に座ることになった。正直言ってすごく気まずい。 ねむぃが私の気持ちに気づいたのか、コラボカフェについての雑学などを教えてくれる。だが話は続かない。カフェ内はすごく混んでいるので、きっと私が注文した料理が届くまではあと数十分はあるだろう。それまでずっとねむぃと興味のない雑学で間を埋めるのはすごくきつい。
だとしたら選択肢はこれしか残っていない。
「お手洗い行ってくるね」
と一言残して私はレジ横のトイレに駆け込んだ。洗面所の鏡を見ると、すごく疲れたような顔をした私がいる。 本当、どうしてこんなに人づきあいが良くなかったのか…そしてふと蛇口の横をみると、私の推し、如月はるがつけているヘアピンが置いてあった。忘れ物?それかこのコラボカフェ限定のグッズか?いやでも、そんなものは売っていなかった。 と思う。手作りの物かと思ったがそれもない。明らかに機械で作られた商品だ。店員に言おうか?でも、私の悪魔は囁いた。『もらっちゃえよ。落とす方が悪い。』私はその考えで頭がいっぱいだった。
結局、周りに人がいないか確認してサッとピンを服のポケットにつっこんだ。私がざっくりトイレの天井を見た限り、防犯カメラらしきものはなかった。それはそれでどうかしているが、私としては知ったこっちゃない。むしろ防犯カメラがなくてありがたいというところ。もうその考えをしている時点で私は犯罪者だ。
席に急いで戻ると、もう私の注文した料理は届いていた。ねむぃに、
「私の注文っていつ届いた~?」と優しく丁寧に聞くと、
「大丈夫!さっき届いたばっかだから~」
と答えてくれた。案外ねむぃはいい奴なのかも。
私が注文した料理はフルーツタルトだ。私はフルーツが大好物で、その上私の大好きな推しのクッキーも乗っているなど、食べるのがすごくもったいない。麗は別の推しなので、違うメニューだ。ふと隣をみると、はんぺんも、麗と同じメニューを頼んでいる。なんか、胸の奥がモヤモヤする。
「ねぇ知ってる?はんぺんさんって、これまで5回転生してて、その理由が活動者さんとのトラブルだって~」
とねむぃが、私がギリギリ聞き取れるかぐらいの声の音量で言ってきた。幸いはんぺんには聞こえていなかったらしい。 「それ知ってる!絵の依頼完成できなかったから、逃げて転生したとか言ってた。」
とねむぃの隣の女性が人差し指を顎に当てながら言ってきた。そこからもっと事情を聞くと、その依頼は有償依頼で、数千円も前払いで払われていたらしい。それを盗んで逃げたということか…そんなやつと麗を関わらせるのは怖い。
「まあまあ、今は楽しい話をしようじゃないか!」
とその場の空気をねむぃが和ませた。うん、せっかくのコラボカフェ。楽しく終わらせたい。すると、トイレで見つけたあのヘアピンのことを思い出した。どこにしまったかとポッケなどを探ると、上着のポケットにしまっていた。でも、よく考えたらトイレで拾ったものを持って帰るのはちょっと衛生的によくないと思う。やっぱり元の場所に返そうかと思ったが、やっぱりやめておいた。
そして何時間かはそれぞれの推しの話で盛り上がっていた。ふと携帯の時計をみると、2時になっていた。もう4時間以上もここにいたのか。1分が1秒に感じた。するとはんぺんが、
「え、もう2時じゃん!みんなももう帰った方がいいかな?」
はんぺんは私の心が読めるのか?よくわからないやつだな。と思いながらも、「うん、その方がいいかも」とはんぺんに賛成した。なぜかというと、早くあのヘアピンのことについて調べたい。
「そっか、じゃあお会計行こっか!」
と麗が言う。きっと財布にあるお金で足りると思う。そして私は4500円を払った。ファミレスに行ったらきっと2000円で足りたぐらいの量だ。
会計が終わって、ここでお別れ。ねむぃとはんぺんは同じ方向で、他の人は違う駅から帰るらしい。麗と2人きりだ。 はんぺんのことを聞こうか迷う。でもやってみなきゃ分からないし。私がそんなことを思うのはこれが初めてだ。
「ねえ、蓮華ちゃん。私ね、はんぺんさんとメール交換しちゃった~!」
麗は私がこれまで見たこともないような笑顔で携帯の画面を見ている。きっとそこまではんぺんが好きなんだ。そこではんぺんの裏を言うのは、私が血も涙もない鬼みたいになるので、一旦やめておいた。