麗らかな春の朝、一人の男は誰かを待ち侘びるようにその場に立ち塞いでいた。
「遅いなあ、葛葉。」
彼の名は叶。おっとりとした顔立ちに赤子のようなふわふわとした茶髪。パッチリとした二重にスラッと伸びた長い足…。淡麗な容姿とスタイルを持ち合わせている男だ。そんな彼は腕につけられたいかにも高貴そうな時計を見ることに必死で周りの女性たちにチラチラと熱い視線を送られていることに気がついていない。
ピロリン
ふと叶のスマホが音を立てて振動した。どうやらLINE送信されたようだ。そのことに気づいた叶はポケットからスマホを取り出すと慣れた手つきでスライドさせながら文章を見た。送り主は葛葉、叶の相方からだった。
「叶、今どこ?」
「もう待ち合わせ場所ついてるよ。」
叶がそう簡易的な文章を送信するとすぐに既読がつけられた。
「まじで悪いんだけど今日いけなくなった。」
しかし次に送られてきたものは叶の期待を裏切るもので叶は驚いたように目を見開いた。
「なんかあった?」
普段、遅刻することはあってもドタキャンはしない葛葉に違和感を感じたのであろう、怒りよりも心配が頭をよぎった叶がそう送り返した。
「昨日の夜から体調悪くて、朝起きたら熱あった。」
「大丈夫それ、コロナじゃない?」
「吸血鬼だぞ、人間のウイルスなんかに感染しねえから。」
「でも風邪ひいてんじゃん、とりあえず今日は大丈夫だから。そっち行く。」
「いや来んな。」
叶はスマホの電源を切り、再度ポケットに入れ直すと急いで近場の薬局へと向かっていった。
「ありがとうございました。」
薬局で薬を買い終わった叶が息を整えるようにため息をついた。後病人位必要なものと言えば…。叶はうーんと悩むような仕草を見せ
「ゼリーと冷えピタと…後はポカリか。」
ブツブツとそう呟いた。
叶は急いでコンビニ入るとゼリーと冷えピタ、ポカリ。それと葛葉が好きそうな苺ミルクを手に取りレジに持っていった。コンビニで用を済ませた叶は小走りで葛葉に住むアパートへと足を早めて行った。
ピンポーン
葛葉のアパートに到着した叶は葛葉の家のインターホンを小さく鳴らした。少し間があいて中からガタガタと荒い音がしたかと思うとゆっくりとドアのチェーンが外された。
「……は…叶?お前何で来て…」
「相棒のお見舞いきちゃ悪い?ほら、色々買ってきたから。」
「伝染るかもだろ、帰れって。」
「大丈夫だって、僕に任せて。」
「あ、おい…!」
「お邪魔しまーす。」
葛葉の静止などまるで聞こえていないかのように叶は無理やり玄関のドアをこじ開けた。フラフラと足取りの覚束無い葛葉の腰に手を回しそのままヒョイっと抱き上げた。葛葉は一瞬のことに理解ができず目を丸くしたまま固まったが、すぐに自身がいわゆる「お姫様抱っこ」をされている状態ということを認識し
「はぁぁ〜!?」
と声を荒らげて抵抗した。
「何やってんだよお前…!」
「こーら暴れないでよお嬢様。」
「誰かお嬢様だ、マジで離せ…っ…!」
元々叶よりも力の弱い葛葉が風邪を引いている状態で抵抗出来るわけもなく、葛葉はそのまま自身のベットの上にそっと降ろされた。
「熱、測ったの?」
「測ってねえけど…多分微熱…」
「ちゃんと測らなきゃダメでしょ、体温計どこ?」
「2段目の引き出しの中。」
「取ってくるからじっとしててね。」
「…ん…。」
叶がまるで子供を宥めるかのように葛葉の頭を撫でた。いつもなら直ぐに歯をむき出しにして威嚇してくるはずなのに今はそんな元気もないのかそっと叶に身を委ねている。
「これかな?はい、脇出して。」
引き出しの中から見つけた体温計を葛葉の脇にそっと挟ませた。体温計の先端部分がひやりと暑い体に当たって驚いたのだろう。葛葉は全身をびくりと震わせた。葛葉の呼吸は途切れ途切れで目はトロトロに潤んでいる。叶が握った手は子供の体温のように暖かく、頬は微かに高揚している。
「もう…可愛いなあ。」
「…は?なにが?」
「葛葉がだよ、ねえ抱きしめてもいい?」
「ダメに決まってんだろ、伝染ったらどうすんだ。」
「僕風邪ひかないから大丈夫だよ。」
「それでもダメだ。」
ベッドにぐったりと横たわる葛葉の姿がなんとも愛らしくそれは叶全身をぞくぞくと刺激するものだった。しかし気持ちを抑え切れる訳もなく、抱きしめてもいい?と可愛くおねだりしてみるが呆気なく断られてしまう。叶は頬を膨らませ子供のように拗ねてみたがそれでも葛葉は相手にしてはくれない。
「まあ、関係ないんだけどね。」
「ちょっ、離せよ!」
「あ、体温計鳴ったね。39℃!?全然微熱じゃないじゃん!」
叶は葛葉の「No」に聞く耳を持たず後ろから葛葉を抱きしめた。と同時に鳴った体温計を見てみれば「39℃」こんな状態になるのも理解出来る。バタバタと暴れる葛葉の両手ごと包み込み、ホールドすれば段々とその抵抗も落ち着いてくるのが分かった。
「お前マジで…言うこと聞けよぉ…」
「やーだ、聞かないね。」
普段威勢のいい葛葉をこうも好き勝手できる日は滅多にない。叶はそんな葛葉の弱みに漬け込んで自分の欲求を満たしている。ということだ。
「お前何しに来たんだよ、俺を殺しにきたのか?」
「そんな訳ないでしょ。あ、そうそう。今日はお土産持ってきたんだよ。」
「土産…?」
叶は思い出したようにベッドから立ち上がるとベッドの横に立てかけてあったビニール袋をガサガサと漁り葛葉の元へ持っていった。
「うん、ゼリーと冷えピタ。後ポカリといちごミルクね。」
「普通に助かる、ありがと。」
「うん、それとね。」
「…?」
叶は嫌な笑みを浮かべながら葛葉に顔を近づけた。そして耳元に唇を近づけると
「座薬…♡」
と吐息混じりに囁いた。
「…っ~!!??」
葛葉はその言葉を聞いた瞬間顔をさらに赤くして勢いよく叶から距離をとった。そしてさらに耳元を抑えながら頭に大きなクエスチョンマークを大量に浮かべながら葛葉は小さく声を漏らした。
「…はっ?…は!?バッカお前…はっ!?」
理解が追いつかずとも顔を真っ赤に腫れさせながら身を震わせる葛葉の姿が面白おかしいのか、叶はケタケタと小さく笑うとベッドを這い、再び葛葉に顔を近づけた。
「ねえ、挿れてあげようか?」
「…はっ…!?いやいやいや嫌に決まってんだろ!」
「遠慮せずにほら、お尻出して?」
「や…ほんとに…無理だから…っ!」
葛葉の静止など聞くはずもない叶は案の定、葛葉の背中からなぞるように下半身を撫でた。この日に限ってラフな格好をしてしまった葛葉はそれが運の尽きとでも言うのだろうか。するすると簡単に下着ごと脱がされては白くて綺麗な肌が露になった。
「まっ…待って…ほんとにやだっ!?」
葛葉はバタバタと力を振り絞って抵抗するが容易に叶の片手で押さえつけられてしまう。
「えっーと、こっちが先端ね。僕座薬入れたことないから上手くできるか不安だけど。安心して、痛くしないしちゃんと気持ちよくしたげるから。」
「座薬に気持ちいいとかある訳ねえだろ…!分かった!自分でやるから…あ、やめっ…!!」
ぬぷっ…
葛葉がそう言い終わる前に叶は座薬の先端部分を葛葉のナカに挿入した。その瞬間葛葉は自身のナカに侵入してくる異物感に目をくらませた。叶はそんな葛葉の事など気にする素振りすら見せず葛葉のナカを圧迫するように座薬を押し当てた。
「あっ…ん…っ…」
室内には葛葉の喘ぎ声にも似た吐息混じりの音が反響している。
「も、やだ…ぁ…っ!」
「後ちょっとだから。頑張ろうね、葛葉♡」
叶は気難しそうに眉を細めた。目の前で涙目になりながらグズる葛葉が愛おしくて堪らない。もっとこの手でぐちゃぐちゃにしたい。そんな支配欲までもが叶の心を独占していくのが分かった。叶をそんな思考に陥らせるのも心を支配するのも葛葉の特権だ。そんなことにすら気づかない程葛葉は今弱ってしまっているが…。
「ヤダって言ったのに…。」
三十分後、葛葉は布団にくるまりながらそっぽ向いてそう呟いた。
「ごめんってば、でもだいぶ楽になったでしょ?」
「……。」
「こっち向いてよ葛葉〜。」
「うるさい…。こっちは死ぬほど恥ずかしい思いしてんだよ。」
「でも葛葉可愛かったよ?」
「そーいう問題じゃねえよ!!」
葛葉は座薬のおかげで少し元気が出てきたのか大声で反論するぐらいには活力を取り戻したようだった。叶はそんな葛葉を上機嫌な顔で見つめている。
「…他の奴にもこーいうことすんのか、お前。」
しかし葛葉はふと真面目そうな顔になり、布団から少し顔をのぞかせては叶にそう問いかけた。その顔はなんとも悲しそうで叶は思わず目を見開いた。
「する訳ないじゃん、葛葉だけだよ。」
「…ほんとかよ…。」
「ほんとだよ。意地悪しちゃうのもこんなに愛してるのも葛葉だけ。」
叶は心の底からの感じている本心をそのまま言葉にして伝えた。
「愛してるっておま…っ…そんな簡単に言うなよな…。」
しかし葛葉は自分に自信がないのか簡単にその言葉を受け入れようとはしない。
「じゃあこうすれば分かる?」
「はぁ…?んっ…!?」
チュッっと触れるだけのリップ音が室内にコダマした。それは二人の柔らかい唇同士が接触した際の甘い音であり、ほのかにいちごミルクの匂いが香るそんなキス。
「は…叶…いま、キスして…!?」
「言ったよね?僕、葛葉のこと愛してるって。これで分かった?それとももう一回しようか?」
「分かった!分かったから…!」
「で、葛葉はどうなの?」
「…なにが…?」
「僕のことどう思ってるのかって。」
叶が真面目な顔でそう問いかけて見れば葛葉は顔を真っ赤にしながら重い口を開いた。
「俺も…すき…」
「葛葉、こっち向いて。」
「やだ…。」
「葛葉。」
「…ん…。」
そっぽを向いて目を合わせようとしない葛葉の名前を呼ぶと葛葉はぎこちなさそうに叶の目を見つめた。二人の距離は互いの鼻先が触れ合ってしまうほどに密着している。
「愛してるよ、葛葉。」
「…おれも…。叶。」
二人の愛は果たして本物なのだろうか?それはお互いにしか分からない。しかし二人の表情は幸せに満ちていた。互いの名前を呼び合う二人はまるで互いを確かめあっているようにも見える。好きと愛してるの違い。まだ不確かな二人の愛はいつかパズルのピースのように当てはまっていくのだろうか。
コメント
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言葉選びがもう 素敵すぎて頭ので鮮明にその状況が思い浮かんでしまうほど やばかったです🥹…… knkzが栄養みたいな私には致死量の内容で限界した😇 こんな素敵な物語を書いてくださって有難うございます…orz
pixivに全く同じ作品があげられているのですがる~様はpixivの方でも作品をあげられていますか?