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2,011
魂審問庁の法廷に、柔らかな光が差し込んでいた。 いつもの冷たい空気とは違う。 まるで春の風が吹き込んだような、穏やかな気配。
白い霧の中から、一人の青年が姿を現した。
白石 湊(しらいし みなと)・29歳。 生前は、ごく普通の会社員。
判長が静かに告げる。
「被告、白石湊。前へ」
青年はおずおずと歩み出る。 怯えているわけではない。 ただ、状況が飲み込めず戸惑っているだけだった。
「えっと……ここ、どこなんでしょうか」
検事が淡々と答える。
「あなたは昨夜、通勤途中に倒れ、そのまま亡くなりました。 ここは魂審問庁。 あなたの魂がどこへ向かうべきかを決める場所です」
湊は目を丸くした。
「ぼ、僕……死んだんですか……?」
裁判長は静かにうなずく。
「では、審問を始めます」
検事が手を上げる。
「白石湊。 あなたは生前、他者に対して“過剰なほどの優しさ”を向けていた。 しかし、その優しさが時に自分を追い詰めることもあった」
湊は苦笑した。
「……まぁ、断るのが苦手で…… 頼まれると、つい……」
光が広がり、彼の記憶が映し出される。
・同僚の仕事を毎回引き受け、深夜まで残業 ・電車で席を譲り続け、自分は立ちっぱなし ・困っている人を見ると放っておけず、遅刻して怒られる ・自分の弁当を忘れた子どもにあげて、自分は昼抜き ・雨の日、傘を貸してずぶ濡れで帰る
検事が言う。
「あなたは“優しさの使い方”を知らなかった。 その結果、あなた自身が疲弊し、寿命を縮めた可能性がある」
湊は申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すみません……」
裁判長は首を振る。
「謝る必要はありません。 ただ、あなたの優しさが“本物”だったかどうかを確認する必要があります」
その瞬間、法廷の扉が開いた。
光の中から、数人の魂が現れる。
・助けてもらった老人 ・弁当をもらった子ども ・雨の日に傘を借りた女性 ・仕事を手伝ってもらった同僚
彼らは一斉に湊を見つめた。
老人が言う。
「この青年は、わしの命を救ってくれた。 あの日、倒れそうだったわしを支えてくれたんじゃ」
子どもが言う。
「お兄ちゃんのお弁当、おいしかったよ。 あの日、ぼく泣いてたのに……笑わせてくれた」
女性が言う。
「あなたが傘を貸してくれたおかげで、 私は大事な面接に間に合ったの」
同僚が言う。
「湊…… お前がいなかったら、俺は会社を辞めてた。 ありがとう」
湊は目を潤ませた。
「……そんな…… 僕はただ……困ってる人を放っておけなくて……」
裁判長が静かに立ち上がる。
「白石湊。 あなたの優しさは、確かに“本物”だった。 誰かに見返りを求めることもなく、 ただ純粋に、他者を思いやっていた。」
そして―― 槌が高く掲げられる。
「判決。
白石 湊――無罪。 魂は天上界へ送還する。」
湊は驚いたように目を見開いた。
「ぼ、僕が……天国に……?」
裁判長は微笑んだ。
「行きなさい。 あなたのような魂は、天上界にこそふさわしい」
光が湧き上がり、湊の身体を包む。
彼は涙を流しながら、証人たちに頭を下げた。
「……ありがとう…… 僕なんかのことを……覚えていてくれて……」
老人が笑う。
「“なんか”じゃない。 お前さんは、立派な魂じゃ」
湊は光の中へ歩き出した。
その背中は、 生前よりもずっと誇らしげだった。
裁判長が最後の槌を打つ。
「――白石湊の裁判、これにて終結」
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