「白鳥」
放課後急に話しかけてきた赤羽に、一日呆けた顔をしていた白鳥もさすがに驚いて顔を上げた。
「今日は一緒に帰ろうぜ」
「……俺と赤羽が……?」
明らかに戸惑った表情を見せる。
(いや、こうなるだろ。普通)
赤羽はため息をついた。
当たり前だ。
いつも青木が中心にいたから何となく一緒にいることはあっても、2人で過ごしたことはおろか話したことさえない。
それが青木不在の状況で2人で帰ろうって言うんだから、不信感しかないはずだ。
「――青木は?」
当然の質問が来る。
赤羽は無人の机を見ながらため息をついた。
「用事があるんだと。白鳥の体調が悪そうだったのを気にしてて、送っていくように頼まれた」
少しでも青木の印象をよくする言葉を選ぶ。
「……青木が俺を、そんなに心配してくれてたの?」
白鳥の顔が綻ぶ。
(……俺から見ると、緑川の圧勝というよりは五分五分って感じなんだけどな)
男との恋愛経験がないわけではない赤羽は、僅かに首を傾げた。
しかし青木が劣勢だと言い切るならそうなのであろう。否定するつもりはない。
彼が彼なりの信義で動き、明日のジャッジでは無事1位に選ばれてほしいと心から思う。
それがこの実験が始まった当初からの赤羽の願いだ。
勝ってほしい。
勝って生き残って、
そして大事な人たちの元へ帰ってほしい。
そのためになら、自分はなんでもする――。
「行こうぜ」
赤羽が白鳥の鞄を肩に掛けると、
「あ、うん!」
白鳥は素直に立ち上がった。
◆◆◆◆
(――ありがとう、赤羽)
青木は4階の窓から、ぞろぞろと帰っていく1年生の波に混ざっている金髪と赤髪を認めると、小さくため息をついた。
『――であるからにして、2年の夏に志望校を絞り込むのでは遅いと。そう言う結論に至るわけですね。それでは次のデータを見ていきたいと思います』
多目的室からは、2年生の教師たちによる進路指導の演説が続いている。
緑川も例にもれず、大学受験または就職ガイダンスを聞いているはずだ。
(――未来なんかないのに、ご苦労なこった)
ピリピリと指先が痺れる。
この感覚は久しぶりだ。
自分の中の悪魔が覚醒しているのがわかる。
自分は12人の人間を殺したサイコパス。殺人鬼だ。
その人数が1人くらい増えたってどうってことない。
懸念されるのは、死刑囚を殺してしまったことによるペナルティだが、自分が階段から突き落とされた時も、夜に襲われた時も、桃瀬と黒崎に謎の薬を飲まされた時だって、なんのお咎めもなかったことを考えると、可能性は半々だと思う。
死刑囚を殺すという行為が、他の死刑囚を邪魔する行為に当たるかどうか。これは賭けだった。
さらには緑川が本当に死刑囚なのかという問題。
ただの一般人であれば、殺した瞬間のアウトは免れないだろう。
しかし緑川の言動や態度、そしてタイミング、全てを鑑みると、彼が最後の刺客である可能性は高い。
(とはいっても……殺る前に一度は確かめなきゃな)
多目的室の扉を睨む青木の手には、食堂から盗んだ果物ナイフが握られていた。