テラーノベル
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夏と、秋と、冬と、、、
高校に入ってから相も変わらずバレーに一途で、普通の学生が思い描く「青い春」とは無縁の日々だった___
「影山!ごめん、待ったか?」
昇降口から駆け寄って来るのは日向だ。
部活に加えて自主練までしたというのに、やたら威勢に満ちた高い声は、時々女子っぽく聞こえて、なんて言うか、かわいい。そんな感情が生まれるのは、俺がこいつに恋をしているからだろうか。
そんなことを考えた自分に自己嫌悪にも似た羞恥と疾しさを覚え、慌てて平常心を思い出す。
「そんなに待ってねー。ほら、帰るぞ」
顔を合わせられず、歩き出した。こいつを前にするといつも以上に無愛想になってしまう。印象が悪いのはわかっている。
「先に行っててもよかったけど、、、」
一歩後ろよ日向がそうこぼす。
「、、、うるせぇ」
の一言で返した。
お前と一緒に居たくて寒い中待ってたとか言える訳ないだろ!顔が熱くなったのを誤魔化すように大股で道を急ぐ。
そこで日向が口を開いた。
「なぁ、影山さ、ここ最近ずっと変じゃないか?バレーは調子付いてるみたいだけど、トゲトゲしてないっていうか、、、」
「っ!、、、別に、そんなことねーよ!」
「お、おう?!そうか、、、」
図星だ。
バレー以外の時は全て上の空で、こいつのことを考えて一喜一憂しては、バレーに逃げる。
凍てついた風が頬に容赦なく突き刺さった。耳の奥で、2人の足音だけが響く。今日はやけに、通学路が長い。
少し歩いたところで、隣の日向が赤いマフラーを巻き始めた。先ほど忘れ物を取りに行き、走って戻ってきたのをみると、それを首に巻く手間さえ省いたのだろう。よく見ると髪も少し乱れている。空が暗いのをいいことに、そのまま盗み見るように見つめ続けてみる。不器用な手で巻かれたマフラーは、顎下がガラ空きで、ほとんど防寒具の意味を成していない。
「・・・。」
思わず日向の目の前に立ち塞がり、向かい合う。
「急に立ち止まってどうした?」
「、、、貸せ。」
「え?」
首元からずり落ちそうなマフラーを手に取ると、結び目を解き、布を当て直す。一巻き、二巻き。仕上げに形を整えた。
「サンキュ、影山!」
日向が巻き直したマフラーに触れて微笑む。
今更顔の距離が近いことに気づき、弾かれたように数歩下がる。その瞬間だった。
「うわぁっ?!」
日向の足元が、朝方の雪に隠されていた凍った路面の窪みに引っかかる。
日向バランスを崩し、俺の胸元に頭から倒れ込んだ。逃げ場のない至近距離。咄嗟に支えようとした腕の中に、日向の体がすっぽりと収まる。
「…っ、!」
その衝撃で、俺は後ろに数歩よろめいた。
日向の髪が喉仏をかすめ、熱がじわりととけだす。現実の季節を追い越し、春を先取りしたかのような温かさが心臓の鼓動と共に全身を駆け巡る。
「わ、悪いっ、、、影山」
謝りながら、日向が腕の中で小さく身じろぎし、ゆっくりと顔を上げた。
電柱の上から聞こえる冬鳥の鳴き声さえ愛おしくて、ぐちゃぐちゃな思考も、恋の煩いも、忘れてしまう。俺の視界はただそこにある光に染まった。
日向の肩を掴んでいた手に、ぎゅっと力を込める。震えそうな自分を律するために。胸の奥底にある熱は、もう隠しようがないほどに溢れ出している。
「、、、影山、?」
「・・・俺は、お前が思ってるより、ずっと余裕ねぇんだ」
「余裕?、、、」
向けられる真っ直ぐな視線が、痛い。
「……さっきみたいに急に近づいたり、黙って俺を見てきたり、そういうお前の全部に、いちいち調子狂わされてんだよ」
「……こんなこと、他の誰に対しても思わねー、お前だけだ。」
情けない本音をさらけ出すような、精一杯の告白。
数拍ポカンとしていた日向だが、急に緊張感が抜けたように口元がほころぶ。
「あははっ!お前やっぱり変だ、真剣な顔して何言い始めてんだよ」
一瞬にして張り詰めた空気は無くなり、思わずこっちまで可笑しくなってくる。
「、、、あぁ。そうだ、変だな」
俺は日向からそっと手を離した。
「ほら、行くぞ。今度こそ転ぶなよ」
「わかってるって!」
並んで歩き出す二人の間に、再び冬の冷気が滑り込む。けれど、もうさっきまでのような刺すような冷たさは感じない。
今、道端に立っている桜の木が芽吹くのはもう少し先の話だ。
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神すぎる!