第1章 第2話
忌み子と厄神
とりあえず、欲しい子のうちの一人は仲間にする事が出来た
あと一人、二人ぐらいは欲しい
そう思い、手元の本を見詰めては暗い路地裏を歩く
「ちょ…ちょっと歩くの早くないですか?」
今まで黙っていた紗知が声を上げた、後ろを振り返ってみると今まで隣を歩いていた彼女が後ろの方を歩いていた
しばらくまともに人と話しておらず、ましてや人と歩くなんてした事もなかったので感覚が分からなかった
「ぁ、ごめんね?慣れてなくってさ…」
照れ隠しかのように頬をかいてはこちらに小走りでやってきた彼女を見つめる
よく見ると裾や彼女の手袋から赤い液体が滴っている
あの悲惨な出来事のすぐにこちらか意図して話しかけたから彼女には休む時間もなかっただろう
人は弱っている時ほど優しくされた相手に依存しやすいと、どこかの本で見た気がする
「今日は流石に疲れたよね、一日休もっか」
人との関わり方は幼い頃からずっと 分からないがこれでいいのだろうか
そんな事を疑問に思いながらも静かに頷く紗知を連れてはしばらく歩いた
街を抜け、森の奥へと進むとお屋敷のような場所が現れた
「よし、今日から私たちの家はここね」
そんな事を言うと紗知は目を丸くした
「は?ここが…?あなた、そんなお金どこから…」
お金の心配をしてる彼女だが、生憎こちらはお金の計算も何もかも出来ないので一からしっかりと説明してあげた
「この屋敷は私の力で作られてる、なるべく他の他人類が近づかないようにね」
だから、ここに入れるのは私と紗知と後の仲間だけ
そこまで言うと、彼女の右手を取り一つ呪文を唱えてやった
「我が名の下この者に永き契りを授けたまえ」
すると突然彼女の手が闇に包まれたかと思うと手袋の下には青く輝く綺麗な紋章が浮かび上がっていた
これがないと屋敷には入れない、なんて事はないが紋章がないまま敷地内へと足を踏み込むと瞬時に仲間に敵の反応が行き渡る
「あなた、一体何者なんですか」
手に綺麗に輝く宝石のような青の紋章を見つめながら訝しげにこちらに問いかけてくる
「私は━━」
話そうとした瞬間に言葉が詰まった
自分は何者なのだろうか、人でもなければ他人類でもない
かと言って、高位貴族でもなければ奴隷でもない
とてもとても思い出したくない何かがスっと蘇ってきそうで怖くなったが嫌な汗を拭うように
「ただの人だよ」
なんて詰まった言葉を隠しては慌てて口を回す
「そうですか」
と、冷たくまるで興味がないかのように返事を返されては心のどこかで安心してしまった
そして誤魔化すかのように紗知をそそくさと屋敷へと案内すると玄関の前で軽く一礼をして足を踏み入れる
踵を鳴らさぬようにつま先から柔らかく着地すると金と銀の綺麗な髪が揺れ、一つひとつの作法にとても余裕を持たせている
さすがお嬢様なだけがあると、改めて関心した
「湯殿へ向かいますのであとはよろしくお願いします」
ぁ、うん、と短い返ししか出来なかったが風呂へと向かう紗知の姿を見つめながらソファーへと腰をかける
明日はどうしようか、狐の神とやらがついているらしいがそれはそれで面白そうだ
そんな事を考えていると「お先失礼しました」と濡れた髪先を指で整えながらこちらへと歩いてくる紗知が現れた
意外と早かったね、なんて口にしてみては見ていた本を閉じる
「そうだ、明日早速仲間にしたい子の家を見に行って欲しいんだけど…」
そう言うと紗知は一瞬面倒くさそうな顔をしたがすぐに頷き分かりました、と言ってくれた
「ただし、移動が面倒ですね…使用人がいれば…」
彼女の生活に使用人がいなかった日はないのだろう
これから彼女は相当苦労しそうだ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
深夜の2時、円卓ではなく全ての代表を見下ろすような階段状の会議室では複数名の男が座っていた
「東に膨大な魔力を確認!」
そんな声が会議室内に響き渡る
するとまた別の方向からの声が響く
「我々に敵意があると確認、最大限の警戒を怠るな」
会議室内に「はい!」という元気の良い返事がまとめて返ってくる
最高司令官が軽くため息をつくがそんなのは会議室内のざわめきに全てかき消された
何十年か前に一度だけ我々に逆らう者が出てきたが向こうは手も足も出ずに全てが解決した
最高司令官が机を思い切り叩くとそんなざわめきは一瞬にして消えた
「第一部隊を送れ、すぐに壊滅してしまえ」
周りの人間が軽く頷くと、すぐに対他人類の武装部隊が向かいだした
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「おはよ、紗知、よく寝れた? 」
そんな何気ない会話だが彼女の目の下を見ると少しクマが出来ていた
「寝れる訳ないですよ、私は今━━」
そこまで言うと紗知の右手がぴくりと動いた
今は朝の七時、こんな朝っぱらから刺客らしい
紋章をつけた部分で敵の事を察知出来るようにしているからか紗知はすぐに変化に気づく事が出来た
「誰でしょうか、私が見てきます」
気をつけてね、と口に出す頃にはもう彼女は和傘をさし外へ飛び出していた
彼女自身の相手が自分たちに対して敵意を持っていることは分かっているのだろう
「他人類発見、全員撃て!」
紗知が玄関から出るとすぐにそんな大きな声が響き発砲音が聞こえてきた
だが、すぐに向こうの絶望したような声が聞こえてきた
紗知は何発かの弾丸を掴む、真正面から殴り飛ばすの2つであの弾を全てかわしたみたいだ
「やっぱり素手でやるもんじゃないですね…」
そう言っては拳の中の握りつぶし粉々になった弾薬を払い落とす
半他人類にしては中々の強さだ、それにまだ成長途中だと考えればこれからもっと彼女の能力は強くなるだろう
諦めずに撃ち続けろ!なんて声が聞こえたかと思うと彼女の周りに銃口から吹き出た煙が付き纏い、周りが見えなくなった
「おイタは許しませんから!」
そんな声と同時に遠慮なく相手を殴り飛ばし足を振り上げてかかと落としのような事をしている姿が煙に紛れて見えた
暴力系お嬢様ってこんな感じなのかな、なんて適当な事を思っているうちにもう既に彼女は頬についた返り血を拭いながらこちらへ帰ってきていた
「お疲れ様、足癖の悪いお嬢様?」
なんて笑いながら紅茶を入れてやる
紗知はそれに対し軽く感謝をしてはわずかに瞬きをするだけで感情を示した
「足癖が悪いなんて随分な言い方ですね、別に普通ですよ」
そんな事を言いながらテーブルの上のティーカップを持ち上げる
紅茶の香りがふわりと広がり、その動作はこちらの挑発のような言葉を受け流しているようだった
唇をそっと縁につけては紅茶を一口
淡い金色の液体を味わうように少しずつ飲んでは紗知はこちらを視線だけで射抜く
まだ警戒が解けていないのだろうがこれから少しずつ距離を詰めていこう
「それで、早速ここに向かって欲しいんだけど」
紗知の目の前に地図を広げては丸で囲んだ所を指さす
小さな村の一角、名前は怜、狐の厄神に好かれ教祖として何年と生きていると本には書いていた
だが、この情報は敢えて紗知には伝えない、伝えるとなぜ知っているのかと疑われてしまうからだ
この他人類が乗っている本は誰にも見せてはいけない、いや正確にはそんな気がするだけだ
この本には他人類の情報だけでなくこちらの魔法もその効果、反動、全てが書いている、物心つくころには全ての魔法を習得していたが制御するまでに時間がかかった記憶がある
「分かりました、偵察だけでいいですよね?」
淡々とそう言う紗知に「うん、仲間にするのは明日だから」なんて言ってはソファーに沈み込んだ
あまり睡眠を取らないせいかいつもは1時間寝れば十分なのだが流石に徹夜は体にくる
そんな理由でボーっとしていると紗知に声に起こされた
「それじゃあ行ってまいります」
行ってらっしゃい、と軽く手を振っては玄関まで紗知を見送ってやっては再度ソファーに沈み込んだ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「さ、ここですかね…?」
顔を上げると目の前にはかなりこじんまりとした村が現れた
比較的新しい家々が建ち並んでいるがそこの一角にいかにも、という雰囲気を出している古民家があった
何十年、いや何百年と前に建てられた家なんだろうか
そんな事を気にしていると突然後ろから声をかけられた
「お嬢さん、このお家に何か用かな?」
年は80後半ほどの腰の曲がったおばあさんだった
「えぇ、そうですけど何か問題が?」
いつものように返事を返すとおばあさんは細かく教えてくれた
「ここのお家にはねぇ、狐を連れた教祖様が住んでいるんだよ、なんでも狐の神に選ばれたか何かで呪われ、歳を取らなくなってしまってずっとお若いままなんだよ、信者はそれなりに居たらしいんだけど過去に何かやらかしちゃったみたいで信者はそれっきり、一体何をやからしたんだろうねぇ」
ごめんなさいね、長々と、と軽く頭を下げてはそういう老婆に「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」とお礼をしてはその場を去った
老婆の話を聞いている最中、昨日の悲惨なあの時の力と同じ感覚に陥りそうに何度もなり話はほとんど聞けていなかった
だがあの狐を連れた男、どこかで会ったような気がする
月夜に照らされて狐の白い毛並みがとても綺麗で、少し紫がかった男の長い髪が風で揺れ使い慣れたような刀で救ってくれた
あの時、あの男が居なければ今私はここにはいないだろう
一呼吸置いては古民家の扉をゆっくりと両手で丁寧に開ける
「失礼致します」
礼儀よく軽く頭を下げ、顔を上げると目の前には白いカーテンがありその向こうに一人の男と一匹の狐が薄らと見えた
間違いない、あの夜助けてくれたのはこの男だ
顔は見えないが何故かそう確信した
そんな事を思っていると男が優しい声色で話しかけてきた
「旅人か?こんな所に珍しい…どうしたんだ?」
黒美はなぜかこの人の名前を知っていたため名前は事前に聞き出していた
教祖様なんて正義気取りで本当に腹が立つが黒美は絶対に役に立つからと言っていたから仕方なく来てやった
「貴方が怜ですか、教祖とか私なら絶対嫌ですけどね…まぁとりあえず今はまだ待っていてください、必ず迎えに来ますから」
部屋の内装や、床に黒く残った血の跡、怜とかいう男、これから仲間になると言うのだから仲良くしたいがどうも受け付けない
まぁとりあえず家に帰ろう、そう思い、和傘をさし村を後にした
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
なんだか寝付けない
そう思い、重い体にムチを打ちソファーから起き上がる
「暇すぎる…」
そんな事を口にしながらも頭は回っていた
怜の次は誰を仲間にしようか、あと一人は欲しい
獣人族、エルフ、ホルス、思いつく候補はいくらでもある
そうか、ホルス…太陽神の血が入った他人類なんてそう都合よくいるのか
なんて思い、本を何ページかぺらぺらと捲る
「流石にそんな血を扱える他人類なんていないか…」
まぁいつか来るっしょ!なんて呑気な事を考えながら本を勢いよく閉じ大きく伸びをする
「はぁ、何者ねぇ、私が知るわけないじゃん」
伸びすると自然と大きな欠伸が出た
それと同時に昨日、紗知が言った言葉が何度も頭の中を行き来する
産まれた場所も育った場所も地獄、親も分からない、性別も分からない、自分が何歳なのかどうやって言葉を学んだのか何もかも分からない
能力暴走は起こった記憶は無いことはないがあまり良く覚えていない
いや、思い出したくないだけなのかもしれない
暗闇にいた自分を救ってくれようとしていた光でさえも壊してしまったような記憶がじわじわと湧き出てくる
「…ぁ~、もうこんな考えやめ!」
大きな声を出しては頭をぶんぶんと振り考えるのを放棄した
「大きな声を出して…どうしたんです?」
呆れ顔で玄関からこちらを覗いてくる紗知に素直に驚きの声を上げてしまった
「紗知!!帰ってきてたなら言ってよ~! 」
そう言いながら紗知の肩を軽く叩いてはソファーに半ば強引に座らせ、紅茶を入れてやる
「それで、どうだった?」
ソファーに座り、足を組んではにこにことした様子で紗知に話を聞いてみる事にした
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「第一部隊の全滅を確認!」
静かだった会議室内に若い男性の声が飛んできた
「それなりにやるようだな、一度作戦を練れ、第二部隊を送るのはそれからだ!」
会議室内からまたもや元気の良い返事が返ってくる
「相手は怪力の持ち主だ、油断はするな」
一人の他人類ともう一人、小さな力の反応があったがこれはなんだろうか
弱い他人類の反応ではなく、何か妙な反応をしている
だが今は気にする由もなかった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「なるほどね~、よし!明日迎えに行こ!」
紗知は驚いたような顔をしては溜息をつき目線を下に落とす
偵察に行かせた意味はあまりなかったが、強いて言うなら紗知と怜の相性を確かめたかっただけだ
「まぁ、とりあえず今日は寝な?疲れたでしょ?」
昨日もあまり寝ていないのに無理に行かせてしまって申し訳ないと軽く謝っては紗知の部屋へと一緒に向かってやる
時刻は0:00になったばかりだ
「黒美は寝ないんですか?」
そう言いながら紗知は自身の扉の取っ手を引こうとすると突然バキっと大きな音を立てて取っ手が壊れてしまった
「は…?」
困惑したような、恐怖に陥ったようなどちらとも捉えることが出来る紗知の肩を軽く叩く
「ぁ~…手袋、貸して?その間どこにも触れちゃ駄目だよ」
彼女の能力は日に日に増している、彼女の父親の手袋ではもう力は制御出来ない
紗知は自身の能力に怯えているのか恐る恐る少しサイズオーバーな手袋を外してはこちらに渡してくる
その手はとても綺麗で白くまるで穢れなど知らないようだった
これほどまでの力を持っているとしたらいつ能力暴走が起きてもおかしくなかったはずなのによく耐えれたな、なんて考えると同時に薬が作れたらいいのにと
そんな無理な事を想像しながらも彼女の手袋に一つ、簡単なおまじないをかけてやる
「この者の力に永久の加護を授けたまえ」
優しく彼女の手袋を包み込み優しいおまじないをかけてやった
「ほら、もうこれでずっと大丈夫」
彼女に手袋を返してやると彼女は驚いたような表情をした
なんと見事なまでにその手袋は紗知の力を完全に制御していた
まだまだ彼女の力は強くなる、それでも半永久的な加護を彼女の手袋につければもう安心だった
この加護は自分自身、黒美という存在が消えるという事が起こらなければ加護は続く
「ぁ…ありがとうございます…?」
彼女は軽く頭を下げては感謝をし、部屋へと戻ってしまった
「ドアの取っ手直すの面倒臭いし明日でいっか…さ、私も寝よ~!」
独り言とは思えない声量でそう言ってはソファーへと飛び込んだ
ここ2日ほどまともに寝れていなかったためかその疲れが今更になってのしかかってきてしまったので目を瞑るとそのまま寝てしまった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「おはようございます、昨日はありがとうございました」
早朝にそんな言葉が聞こえてきたかと思えば重たい瞼をゆっくりと開けた
お嬢様の朝はずいぶんと早いみたいだ
「おはよ~、あのぐらいはお手の物ってやつ?」
あまり使い慣れない言葉を使ったため合っているか分からず少し笑ってしまったが紗知はそれに笑い返す事はなく「早く行くんだったら行きましょう」と冷静に言葉を返す
そういえば昨日、紗知に永久魔法をかけてやったのを言われて思い出した
永久魔法となると少々こちらの魔力が削られるが別に特段問題ではない
「はいはい、行こっか」
そう言っては朝の支度もろくにせず家を飛び出した
眩しい朝日はまるでこれから何か悪い事が起こるかのように指を指しているようだった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「なぁ夜狐花、今日こそ誰か来ると思うか?」
白く綺麗でふんわりとした毛を優しく撫でてやってはもう誰も来なくなった信者を待ち続ける
ここ数日間、まともに食事も採っていない
もう心のどこかでは分かっている、外に出た所で今更普通の人になんてなれない
教祖なんて馬鹿げてる、何が神だ、こんなの厄神だ
気づいた時には歳を取らないようになっていた
自分が生きていた年代さえ分からない
「俺もいつか救われるのかな」
そんな事を考えているとつい出てしまった言葉だった
夜狐花はただ無言でこちらを見つめている
まるで救いの手がすぐ目の前に来るとでも言っているような目で
隣には刀が置いてあった
昔は教祖様は顔を見られたら切腹をするというなんとも残酷な風習があったがそれも今ではなくなりただの人を殺めるためだけの道具になってしまった
深く溜息をつくと、突然そんな溜息が押し返されるような感覚が背筋に走った
何か来る、人ではない何かが
刀を手に取り少しだけ身構える
部屋の扉を引いて入ってきたのは昨日のあの女だった
いやでもおかしい、あの女以外の気配がする
そう思ったのもつかの間、もう一人がこの敷地に足を踏み入れた瞬間空気が変わった感覚を一瞬で覚えた
大きな羽が生えている白髪の何か、女とも男ともとれる見た目に頭が混乱した
こいつをここから追い出せ
そんな命令が頭の中に走ってきた
「今すぐ出てけ!」
震える手と声をなんとか抑え、怒鳴りつけるように声を荒らげる
隣の夜狐花は珍しく毛を逆立てている
「やだな~、もしかして私敵扱いされてる?」
呆れたように笑うそいつに恐怖さえ覚え、刀を再度手に取り鞘から抜こうとすると夜狐花が止めに入った
夜狐花は裂け目を使わずともこちらの脳内に直接語りかけて来ることが出来る
「貴様が望みの救いの手だ、有難く受け取っとくがいい」
そんな声が聞こえて思わず夜狐花の方を見てしまった
夜狐花は逆立てていた毛は元に戻り、大人しく前を見つめている
「黒美は悪い方ではありませんよ、多分ですけど」
隣の女がそう言う
どうやら名は黒美と言うらしい
救いの手、そう言われるとどうも心のどこかで安心してしまう
「ほら、暖かいお家に帰ろ」
その言葉は本当に優しくて太陽のように暖かく感じた
黒美は近づいてきたかと思うとこちらの手を優しく取り、引っ張った
久しぶりに歩くせいか足が痺れまともに歩けない
この手に着いて行かなければ次にこんな優しい手が現れるのはいつか分からない
そう思いなんとか歩いて着いていく
久しぶりに見た外の世界はとても眩しかった
だが周りの反応は冷ややかなものだった
周りの人からの視線はとても痛く、驚きや恐怖、様々な声が聞こえてきた
「ちょっとアンタ!何勝手に連れて行ってんのよ!この人攫い!」
そんな怒号が聞こえてきたかと思うと黒美の手が無理矢理捕まれ、村の人が一斉に自分と黒美の手を離そうとしてくる
村の外へ忌み子と厄神を出すことは許されていないみたいだ
身勝手だ
そう思うと自然と体が動いた、いや確かに動いたはずだった
だがその動きは隣の女によって抑えられた
「申し訳ありません、申し遅れましたが、私は紗知です」
変なタイミングで自己紹介をしてきたこの女だがどこかで見覚えがある
だが今はそんな事を考える由もなく、ただただ黒美を見ていた
「ごめんなさい、私たちこれから大事な大事な用事があるんです」
「邪魔をするようでしたらこちらもそれなりの事をさせて頂きます」
その言葉にはとても重みがあり、圧があった
普通の人間とは違う、何か別の大きな圧がかかっているようだった
そんな事を思っていると黒美は掴んできた女の手を振り払い、再度こちらの手を掴んできた
村の奴らはこれ以上やりようがないような表情だった
どうやら紗知という女はこちらが手を出すのを制してくれたようだった
これからどこへ向かうのだろうか
そう思い歩き続けて一時間ほどが経っただろうか、地面の景色に飽きてきた頃、顔を上げると目の前には立派なお屋敷が建っていた
「これ、黒美の魔力で建っているらしいですよ」
そんな紗知の言葉に驚きを隠せなかった
「説明するの面倒臭いからあとの細かい事は紗知に聞いて~!」
とりあえず…そう言ってかと思えば自身の狐面の鼻先に触れたかと思うと短く呪文を唱えた
すると一瞬視界が真っ暗になったかと思えば顔の辺りに違和感をすぐに覚えた
夜狐花はすぐに状況を理解していたみたいだが自分には何が何だかさっぱりだった
「よし、とりあえず…お風呂入ろっか」
元気よくそう言っては屋敷の中へと半ば強引に押し込まれる
中はとても綺麗でそれぞれの部屋で分かれているようだった
だが一つだけ日の光があまり当たらさなそうな部屋がまだ余っている
あの部屋はどうするつもりなのだろうか
そんな事は気にもとめずにさっさと風呂へと向かった
自身の重い服を脱ぎ、洗面台の鏡を見る
数ヶ月、いや数年?久しぶりに見た自分の姿はとてもみすぼらしかった
髪は汚れ、体の所々には傷が浅いものから深いものまで様々だった
あの朝、陽射しが気持ちいい早朝だった
はずなのに、辺りは一瞬で地獄絵図へと変わった
我に返った時には誰も口を開ける者はおらずその場で嘔吐してしまい錯乱状態に陥り、自身の身体を傷つけてしまった
死ぬ直前、村の女が叫んだ言葉が今も忘れられない
アンタは忌み子だ!一生厄神と過ごしとけ!
忌み子で悪かったな、と 深い溜息をつき面を外し、口布を外す
だが狐面のせいだろうか 顔には傷なんて一切なく、ただの普通の青年だった
だが一つだけ違う事があった
「これか、黒美が言ってた紋章って…」
顔の右頬辺りには青く綺麗な問題が浮かび上がっていた
紋章の説明は難しくてあまり聞いていなかったのでよく分からない
そして紋章と同じほど瞳は青く輝き、その目が鏡の中の自分を鋭く貫いていた
人としてこれから普通に生きられる自信なんてどこにもなかった
それでも、あの黒美とかいう奴に手を取られた時、本当に暖かくてまるで本当の親のような気がした
身勝手でもなんでもない、ただの心から優しい人だった
それでも少し思ったことがあった
見た目がどこか悪魔や閻魔に近い見た目に見えた
でもあの優しさが本物だとしたら黒美には閻魔や悪魔なんて役職は似ても似つかないだろう
そんな事を一人で勝手に考えながらグレーに近い服に着替え、浴槽を出た
汚い話だが、自分自身久しぶりの風呂だったため本当に気持ちが良かった
濡れた紫がかった髪の先端からぽつりぽつりと雫が落ちる
髪をタオルで拭きながら恐る恐るリビングを覗いてみる
「お!お風呂どうだった~?」
「ぃや…そんなどうだったって…」
そんな事を聞かれては質問の返答に困ってしまった
「とりあえず、今日はもう寝な?夜狐花も疲れてるみたいだし」
その瞬間、紗知の目が鋭くなったような気がした
同時に、こちらも違和感を覚えた
なぜ夜狐花の名前をコイツが知ってるんだ?
夜狐花の名前はまだ2人の目の前では発していないはずなのに
当の本人は何も気にしていない様子だった
「なぜあなたがこの狐の名前を?」
訝しげに聞く紗知と同じくこちらも目線を黒美に合わせる
「ぁ~…みんな疲れてるでしょ!今日はもう寝よ!」
聞いたことがないほどの大声でそう言っては勢いよく立ち上がった
黒美は自身の右手で左手を覆うように立っていたがその手は微かに震えているように見えた
「もういいです、分かりました、今日は寝ましょう」
おそらく紗知もそれを察したのだろう
大きな溜息をつきながら紗知は「おやすみなさい」と呟いては自分の部屋へ行ってしまった
あの女、さっきは考える暇がなかったが絶対にどこかで会った事がある
暗い山の中で他人類に襲われかけていたのを助けた記憶がある
その夜は夜狐花に無理矢理外に連れ出された気がする
まるであの女を助けろと言われていたかのようにあの山に誘われた
「考え事?」
そんな事を考えていると突然の黒美の声で妄想から引っ張り出された
「いや…まぁな」
自分をあの古臭い家から引っ張り出してきた時となんら変わらない声色で
なんだか今日はとても疲れた気がする
「悪いけど今日は寝る」
そう言うと「その方がいいよ」と、快く部屋へと案内してくれた
畳で綺麗な部屋で日のよく当たる部屋だった
おやすみ、と互いに告げてはそのまま布団の中へと飛び込んだ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「流石に不自然だったか…」
あの本の存在がバレると何を言われるか分からない
ましてやあの本の存在が世界国家にバレると確実に命を狙われる
「お酒呑みたい…」
ふとそう思っては冷蔵庫の中から一番最初に目に入ったウィスキーを呑んでみる
あまり酒を飲まない性格だがウィスキーは好きだ
「これからどうしよっかな」
軽い溜息をつきながらしばらく夜風に当たり、色々と考えていると結局ウィスキーボトルの半分以上を呑んでしまった
だがびっくりするほど酔いは回っていない
「もしかして意外とお酒強い?!」
そんな事実に驚きながら流石にこれ以上呑むのはやめておいた
しばらくは紗知と怜の相性を見ておこう
それに、そろそろ追加で世界国家の第二部隊が送られてきそうだ
今日の早朝に来たヤツらは世界国家の奴らだろう
私自身が力を出す事はほとんどない、能力がバレたら紗知や怜にまで迷惑がかかってしまう
今日はなぜか寝たくない
これからの自分の姿や暮らしがどうも上手いこと想像出来ずに不安で寝れそうになかった
ウィスキーボトルを冷蔵庫へ戻しに一度室内へ戻ったがまたすぐに外へと出ては夜風に一人で当たる
何も考えずにただぼーっとしていると目の前には綺麗で真っ白な羽が落ちてきた
まるで天使のようなミカエルのように綺麗な羽だった
だがどうもそれが穢らわしく見えて、思い出したくない何かを思い出しそうだった
小さく声をあげてその羽を咄嗟に地面へ投げ捨ててしまった
なぜそのような感情になるのかは何も分からない
だがその分からない感情がただ沸沸と湧き上がってきていた
そして上空からその羽の持ち主が現れそうになったとき、その姿を見たくなくその姿が視界に入る直前に部屋の中へと戻ってしまった
「はぁ…疲れてるのかな?今日は寝よ…」
深夜の2:00、黒美はソファーに身を投げ先程の出来事を無かった事にするかのように目を瞑り死んだように眠った
その寝顔は閻魔でもなんでもなくただの可愛らしい幼い子供のようだった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
めちゃくちゃ長いのにここまで見て下さりありがとうございます
半年ぶりの続きになります
それと記念すべき500話目です
これからも応援よろしくお願いします
今回の文字数は11373でした
コメント
4件
待ってましたっ!!!!!!✨ 怜も仲間に加わって少し賑やかになってきたな…! 無意識のうちに救われたいと願う怜が、差し伸べられた手をそのまま取って前よりはきっと楽しくて自由な暮らしができると考えると思うとすごく嬉しいです……幸せになってくれ皆んな!! でもすでに世界国家から狙われているから不穏な空気は感じるね… 何も起きないと良いけど…!!