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ピカピカの小学一年生が、ぼちぼち汚れてくる時期のある日。
絶滅どうぶつ専門の降霊術師である青年『リクト』は、降霊の練習をしていた。
絶滅したはずのケモノが人目についてしまうとパニックになってしまう。そう考えたリクトは、アパートの自室で霊の召喚を試みたのだ。
殺風景な六帖の和室にあるのは、無造作に置かれた求人雑誌だけ。
いや、もうひとつあった。簀巻きにされた少女が転がっている。
「なんでウチは布団に巻かれてるんすか? ご褒美ですか? できれば亀甲縛りにして天井から吊るしてくれってばよ~」
緑色の髪をした変態少女『マキネ』が文句をたれる。
簀巻きにされたマキネの姿は、ガビガビに乾燥したカッパ巻きのようだ。
畳に転がるマキネを無視して、リクトは『絶滅どうぶつ図鑑(学研)』を開く。
腰をかがめて、霊を憑依させる『猫のぬいぐるみ』を床にそっと置いた。
リクトは絶滅した動物の召喚を試みる。
「来い、カストロイデス……」
「そんなんじゃ、どうぶつさんは応えてくれないっすよ。ボソボソ喋ってんじゃねぇ! おなかから、ブッと声だせや!」
変態少女マキネの甘えた声が、リクトに向って飛んでいく。
そんなマキネの激はリクトには効いていない。というより、聞いていない。
降霊に特別な儀式は不要だ。
ネコロマンサーであるリクトの呼びかけに、動物が応じれば姿を表す……はずだった。
「スケさん、カクさん、アッシは核兵器はんたいなのさぁ~!」
と言いながら、突如、ギャル風の少女が姿を現した。
真っ黒な顔に白いアイシャドー。
目の周りが白すぎて、太く立派なマユゲが霞んでみえる。
魔女のようなカギ爪で、ガングロの少女は長い銀髪をかき上げた。
「おにいさん、チョリーッス!」
何かのデモに参加していたらしい。
リクトたちに気がつくと、開いた指を目元にあてる“チョッパリピース”をするガングロの少女。怪訝な表情のリクトに再び挨拶をしてきた。
「おにいさん、これ伝票なんでよろしくぅ」
「なんだこれは」
「どうぶつを呼んだときの料金なのさ~」
霊の召喚が有料だとは思ってもみなかった。
料金は六十分で一万五千円。出張費3千円。指名料二千円。計二万円ナリ。
どうぶつを現世に召喚すると指名料が要るようだ。
召喚というよりデリバリーか。
「わるいがチェンジだ」
リクトは思わずつぶやいていた。目当てのカストロイデスではないから仕方ない。
「りょーか~い!」
ガングロのギャルが軽く応答する。
なんだ、素直でいいヤツなじゃないか。
人を見た目で判断してはいけないことを、リクトは改めて悟った。
「どうでもいいつすけど、リクトくん。なんすかこれ? 呪いをかけてきそうなモンスターっぽいっすけど。グヘヘ」
マキネが歯茎全開で笑いころげる。
簀巻きにされているとは思えないほど、軽やかに転がりまわる。
マキネが体に力を入れるたび、「ブッ」と放屁する。
「マキネ。笑いすぎだ。歯茎を出して笑っていいのは“アルパカ”だけだ」
ブタ鼻まじりで笑うマキネに、リクトはひんやりした目を向けた。
「リクトくんてばよ。ほかにも変な笑いかたする人がいるじゃないっすか。八十歳を超えたおじいちゃんとか」
マキネの偏見だろう。すべての高齢者が大口をあけて笑うわけではない。
「ハグキだして笑うって超ウケるんですけどぉ」
ガングロ少女が、携帯電話をイジりながら、ピンクの歯茎を露わにして破顔ん》する。
「ねえ、リクトくん。ウチのおじいちゃんも歯茎笑い候補にしてくだせぇ。顔面がラクダにそっくりなんす。目をひんむいたうえに歯茎を開放して笑うんすよね。『メシよりクスリの方が多いじゃねぇかっ! クスリで腹いっぱいになっちまうわ!』って文句を言う、そんな祖父なんすけど……。それはいいとして、その子は新種のアライグマっすか?」
ガングロ少女のグキグキの口元に、マキネが不思議そうに視線をあてた。
腹筋に力が入ったせいで、「ブッ」と一発ぶっ放す。
「『ヤマンバギャル』とかいう国宝級の生き物だ。動物なのか妖怪なのか。そもそも人間なのか不明だが」
ヤマンバギャル――
奇抜なメイクが山姥のように見えることからそう呼ばれたガングロギャルの一種。今から数十年前に姿を消したとされる人類の仲間である。
リクトは絶滅したはずのヤマンバギャルを、渋谷から召喚してしまったのだ。
誤って配達されてしまったとはいえ、折角きてもらったし、いい機会だ。望みのひとつでも叶えてやるか……。
スッカリ忘れていた自身の仕事を思い出す。
呼び寄せた絶滅動物の願いを叶えてやるのが、ネコロマンサーであるリクトの仕事だ。
「何か叶えたい望みはあるか?」
「願いごとぉ? う~ん、そだねぇ~」
ヤマンバギャルは、ガラケーをいじりながら狭い室内を歩きまわる。
ケータイの操作に夢中で、マキネを踏みつけても気が付かない。
腹に乗られたマキネの体が、くの字に曲がる。同時「ブッ」と大き目の一発をかました。
放屁の音で我に返ったヤマンバギャルが、ふと立ち止まった。
「歩きスマホをしている人間を残らず滅ぼして欲しいんだけど」
「まずオマエが歩きガラケーをやめろ」
とは言ってみたものの、ヤマンバギャルの放った言葉が刺さったのか、リクトは少し考える。
歩きスマホはたしかに迷惑だな。それに、ホームからの転落など、危険がいっぱい。
殲滅は世のため人のためになるか……。いや、ダメだ。皆殺しはダメだろ。
「呼称を変えるのはどうだ?」
「は?」
意味を理解していない様子のヤマンバギャルが、歯ぐきを出しながら渾身の「は?」を繰り出した。
「スマホ歩きにするということだ」
「何が違うんすか?」
またバカなことを言ってるよ、みたいな顔のマキネ。
「歩き食べは危ない。だが、食べ歩きは良しとされている」
「なるほど。飲食店のハシゴってことなら問題ないっすからね。そんな感じでスマホ歩きにしてはどうかってことっすね?」
と、マキネがふんわりとしたフォローをいれてくる。
「いいんじゃね? スマホが自走してるみたいでよさげ~」
ヤマンバギャルは納得したらしい。アホで良かった。
「スマホは歩いてますけど。というか、根本的な解決にはなってないんすけどね。ぐへへへ」
「おにいさん、ありがとぅ。これで安心して街をあるけるっしょ」
ヤマンバギャルは全開の笑顔。
メイクが濃すぎたようで、左右の頬にパリっとヒビが入った。
「それは良かった。そろそろセンター街に帰れ。夜も遅いから気をつけて帰れよ」
こんなヤツが妹だったらカベに何度も頭を打ちつけたくなるな。
リクトは握った拳に力をこめる。
いや、だめだ。女子に暴力は振るえない……。
リクトは、ヤマンバギャルの後頭部を、ハリセンで軽く小突いて除霊する。
「おっけー! おにーさん優しいからこれあげるっしょ」
ガラケー用ストラップ・光るアンテナを置いて、ギャルはあるべき場所へと帰って行った。
呪われていそうなストラップにリクトが視線を落とす。
電話本体よりでかいストラップなんかいらねえって……。
★
ネコロマンサーになったばかりのリクトは、たまに違う動物を召喚してしまう。
気を取り直してリクトは“真の動物”の降霊に挑んだ。
図鑑のイラストを再度確認する。
動物の名を叫ぶと、球状のモヤが人形の鼻に吸い込まれた。
すぐさま、六畳間に敷かれた絨毯にジワリと楕円形の大きなシミが浮き出てくる。
霊の宿ったぬいぐるみが、みるみる巨大化する。
「狭くてきったねぇ和室にデカイ動物を呼ぶなってばさ!」
マキネが部屋の中心まで転がって来る。
あきれた様子でマキネが文句を飛ばす。ついでに尻からガスも飛ばす。
「邪魔だ」
リクトは、マキネを転がして部屋の隅まで追いやった。
「けりかたが甘いっす! できればウチのオシリをフルスイングでおねがいしやす……」
マキネは頬を赤らめる。
動物の守護聖人だと彼女は言い張るが、ただの変態である。
言動や行動が微妙なため、今日も今日とてリクトにシバかれるのだった。
ほどなくして、「ハァー! ビバビバ!」と呟きながら、びしょ濡れの巨大ビーバーが出現した。
ゴワっとした茶色の体毛。丸い顔に丸い鼻。見事な出っ歯。
頭にタオルを乗せているため、温泉地にいるオジサンっぽい。
ビバノンノン! と合いの手をいれてしまいそうな程のビーバーだ。
体のいたるところに泡が付着している。どうやら入浴中に呼ばれたらしい。
『ジャイアントビーバー』とも呼ばれる齧歯類のカストロイデスは、およそ一万年前に絶滅したとされる。
ネコロマンサーであるリクトは、得体のしれない霊の召喚が可能だ。
実体化したカストロイデスを乗り物として使おうか。歯でエンピツを削ってみようか。何か良い使い道はないかと、体長二メートルのカストロイデスを観察する。
大きな体のわりには脳が小さかったカストロイデス。複雑な思考や行動ができなかったと考えられている。要するにアホだ。
「よし、帰れ!」
リクトは、棒状のものでカストロイデスの体をつつく。
「なんでだよ! 」
リクトの足元まで転がってくると、マキネは不満そうな顔で上を眺める。
「俺は動物アレルギーだ」
「いいから任務を遂行しろってばさ」
「仕方ないな……」
仕事をさっさと終わらせたいリクトは、さっそく本題に入る。
「何か叶えたいことはあるか?」
「たくさんあるんでゲスけどねえ……」
ガキ大将の子分っぽい変な口調でカストロイデスが答える。
出っ歯のホワイトニングがしたい。タバコは辞めようと思ってるんでゲス! などと言いながら、カストロイデスは天井を見上げる。
「無理だ。却下だ。禁煙しろ。歯をへし折るぞ」
リズミカルなリクトの回答に、部屋の隅っこに転がるマキネが「ウェ~イ」と付け足した。
アゴに指を添えたリクトが「ふむ」と一言もらす。オツムが弱いという点は自分も同じ。歯茎を出して笑わないカストロイデスに、どこか親近感を覚えてしまう。
「もう一度訊く。叶えたいことはなんだ?」
「金歯のラッパーになってみたいでやんす!」
カストロイデスは漆黒の目を輝かせ、存在感のある黄ばんだ歯を誇らしげに見せてくる。
「ひとつと言っているだろうに。まあ、ラッパーなら叶えてやれるが」
そう言って、リクトは台所へと向かう。
戻ってきたリクトの手には食品用のラップ二種類が握られていた。
「ザランラップとグレラップ。すきなほうを選べ」
「ザランラップにするでゲス」
「マキネはこれを持て」
リクトは、マキネを簀巻き状態から開放する。グレラップをマキネに手渡した。
「ウチになにをさせるんすか?」
「バトルだ」
「ああ、ラップバトルっすか? ウチはやんねぇっすよ?」
「足みじかっ! ナニえもんでゲスか?」
カストロイデスは全身が露わになったマキネを二度見する。マキネのド短足に驚きを隠せない様子だ。カストロイデスには、マキネが未来から来た猫型ロボットっぽく見えたらしい。
「てめぇ! もういっぺん言ってみろい!」
顔を真っ赤にしたマキネがラップをふりまわす。
こうして、マキネ(グレラップ) VS. カストロイデス(ザランラップ)のラップバトルが始まった__
マキネがグレラップを振り下ろす。
カストロイデスは口に咥えたザランラップでマキネの斬撃を受け流した。
マキネはグレラップを放り投げ、でかいビーバーに特攻をかける。カストロイデスは後ろ足だけで立ち上がる。取っ組み合いのケンカに発展。
カストロイデスの頭突きが、マキネの腹を直撃。案の定、マキネの尻から「ブッ」と音が出る。
カストロイデスは二メートル。
小柄なマキネには分が悪い。加えてド短足だ。ビーバーの背に乗ってラップで殴ろうとするも、マキネは脚が短すぎてうまく跨れない。すぐに振り落とされ、カストロイデスからフルボッコにされてしまう。
さすがにもう飽きたな……。
黙って見守っていたリクトが漏らす。
そんなときだ。
「ガス欠っす。もう気力もオナラもなにも出ねぇっす……」
マキネの一言でバトルは幕切れを迎えた。
結果はカストロイデスの圧勝。
そろそろカストロイデスにはお帰り願うか……。
リクトは、わずかな時間で土産を準備していた。お気に入りの歯磨き粉(カレー味)、新品のハブラシをカストロイデスに渡した。
「除霊する。準備はいいか?」
言いながら、リクトはマキネを片手で軽々と担ぎあげた。小柄で体重が軽いマキネを、リクトは武器や道具として利用することがある。
「だからね……。霊をぬいぐるみから追い出すために動物を張りたおすのは分かるんすけど、ウチを武器みたいに扱わないでくだせぇって……」
通常はハリセンを用いるが、頑丈そうなカストロイデスにマキネをぶつけてみようかと、リクトは考えたのだ。
カストロイデスの後頭部めがけて、武器と化したマキネを振り下ろす。
カストロイデスとマキネがぶつかった瞬間、「ブッ」とマキネの尻から軽快な音が出る。
もう何も出ないとマキネは言っていたが、餞別と言わんばかりにガスを振り絞ってみせたようだ。
オデコを強打したマキネは、とびきりの笑顔で白目をむいて寝息を立てる。
ウソ寝を疑うリクトは、目を覚まさせようと、マキネの腹部を強めに押してみる。期待を裏切ることなく、マキネの尻から「ブッ」と大きな音がする。
「うわビックリしたっす!」
爆音でマキネが目を覚ます。
一方、後頭部をハタかれたカストロイデスは元気そうだ。肛門からプスっとガスが飛び出した。このガスがカストロイデスの霊である。
マキネから出た気体は、ただの屁である。
リクトは、霊の入っていた猫のぬいぐるみがコロリと転がる様を確認する。
いまだ宙に浮くカストロイデスの霊を特殊なクリーナーで吸引した。
「また来週! 歯みがけよ!」
ちゃらい歯科医師のような言葉を残して、でかいビーバーは別の世界へと旅立った。
成仏しろよ……。
手を合わせて小声で呟くと、リクトは少し寂し気な表情で巨大ビーバーが消えてゆくさまを見送った。
マキネは顔面がバクハツしそうなほどの笑顔だ。ネコロマンサー三原則の第三条を遵守しているのだ。
「笑顔で見送れって言ってるでしょうがぁ。リクトくんてば、オメエは相変わらず笑わねぇなぁ」
「そんな感情は十年前に無くした」
ネクロマンサーとは、絶滅した動物の霊を呼び出し『猫のぬいぐるみ』に憑依させる術を操る者のことである。主な仕事は絶滅した動物の願いを叶えること。彼らの願いを叶えたり、叶えなかったり__。
これは、ネコロマンサーの青年と守護聖人の変態少女が、地球を救ってしまうかもしれない物語。