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自傷行為をする吉田さんと、それに気付く佐野さんの話。
迷走してよく分からなくなりましたが、せっかく書いたので公開しとこう、くらいの気持ちです。ぜひ温かい目で……
思い返せば、おかしな点はいくつかあったのだと思う。
真夏日に長袖のスウェットを着ていたり、撮影の合間に眠っていたり、表情が機械的になっていたり。
けれどその違和感は、どれも気にしないと気づかない程度のものだった。
その日は気温が高く、梅雨のようにじめっとした不快な猛暑日だった。せめてカラッとしていたら良かったのだけど。
ライブを控えた俺たちは、いつも通りスタジオに集まりダンスの練習をしていた。
長時間の練習とこの不快な気候で、メンバーがいつもよりバテているのはなんとなく感じていた。
中でも仁人は、尋常じゃない汗と過呼吸のような息切れで、とても動いていいような様子ではなかった。
俺の提案でいつもより早めに練習を切り上げ、各々がスタジオを後にした。
二人残され、なにか飲み物を買ってこようとドアを開けた瞬間、後ろで大きな音と軽い地響きを感じた。
「──仁人!」
手に持っていた財布と携帯をすべて床に投げ捨て、横たわった仁人に駆け寄る。
何度も名前を呼んだが、帰ってくるのは短く繰り返された呼吸だけだった。
1時間弱ほど、スタジオの隅で仁人の調子がもどるまで見守っていたのだが、全回復とまでは行かなかった。
もう少し様子を見ようとしたのだが、慣れた環境の方が落ち着くだろうと思い、その場のスタッフと相談して、俺が仁人の家に連れて帰ることにした。
前に来た時と変わらない部屋
変わったのは、一段とコーヒーの香りが強く感じることだけだった。
恐らく眠っているだけだが、あまりにも起きない仁人を無理に起こすのも気が引けて、できることだけしようと思った。
とりあえずソファに横にさせ、軽く体を拭く。
…やっぱり着替えさせた方がいいのかな
多分、仁人は嫌がるけど、このまま風邪をひかれても困る。
クローゼットを開けて、涼しそうな服を探す。どれだけ探しても中には暑そうな長袖の服しか入っていなかった。
唯一、俺が仁人とお揃いで渡した服だけが半袖だった。
こんな奥にしまってたら絶対着ないじゃん。
なんだかモヤモヤしたが、とりあえず今は着替えさせないと、と分厚いスウェットを丁寧に脱がせていく。
捲った瞬間は、呑気に黒い生地と白い肌が映えるな、なんて考えていた。
けれどそんな思考は腕に付けられた何十本もの赤い印を見て直ぐに消えた。
「…っ……なにこれ、」
鮮やかな色から茶色く変色したものまで。
うっすらと跡になったものから、時間が経ちぷっくりと浮かび上がったもの。
決して綺麗ではなく、歪に、びっしりと敷き詰められたそれ。
思わず息を飲む。
なにか込み上げてくるものがあった。
それが感情なのか、吐き気なのかよくわからなかった。
.
なんだか朝から気分がふわふわとしていて。
朝というか、夜からというか。
原因は分かりきっていた。
それでも寝る気にはなれなくて、オールでスタジオへと向かった。
やけに大きく聞こえる音響が、やがて耳鳴りへと変わり、視界はどんどんと狭くなっていった。
そろそろ限界を感じた頃、運良く切り上げられた練習にほっとしたのか、歩き出そうとした足は視界とともにぐにゃりと曲がった。
目を覚ました時、やけに涼しくて息がしやすかった。むしろ寒かった。
思わず腕をさすった時、いつもあるはずの布の感触を感じなくて眠気が覚めた。
見苦しい腕がむき出しになっていた。
「…起きた?」
キッチンから勇斗の声がした。
その瞬間、バレてしまったのだと悟り、何も答えることが出来なかった。
「体調どう?」
俺は思わずソファから立ち上がって玄関へと走り出した。行くあてもないのに。とりあえずここから、勇斗の前から逃げないと、とそう思った。
家の構造上、リビングのソファから玄関に向かうまでの道にキッチンはある。
俺はキッチンから出てきた勇斗にまんまと捕まってしまった。
「…やだ…離して…、」
パニックからか、だんだんと過呼吸気味になって言ったのを自覚した。
「…やめろ…、見んな…!」
「来んなよ!」
それは捕らえられた犯人のように。
ただどうしようもない思いをぶつけて、何度も勇斗を突き飛ばそうとした。
それでも勇斗は慌てることなく、ただ静かに俺を抱きしめてトントンと規則的に背中を叩いた。
「仁人、大丈夫だから」
されるがまま、俺はソファまで連れていかれた。勇斗が隣に座る頃には、呼吸は落ち着いていた。
正気を取り戻した時、再びむき出しの腕に気が付いて近くに放り投げてあったカーディガンを羽織った。
勇斗は何も言わなかった。
俺も何も言えなかった。
暫く、お互いに黙り込んでいると遠くで時期を間違えた蝉の声が聞こえてきた。
体調はマシになったのに、気分だけが最悪だった。
「…帰って。」
俯いたままやっと口を開く。
勇斗はずっと俺を見ていた。俺は勇斗をこれっぽっちも見ていなかったけど。
「世話してくれたのはありがとう。もういいから、帰って」
「お願いっ…帰って………」
何度も、何度も帰れと行った。
それなのに勇斗は言うことを聞いてくれなかった。
「ごめんなんだけど、それは無理」
「なんで…」
「今仁人のこと1人にできないから」
そう言ってまた勇斗は俺をそっと引き寄せて抱きしめた。
暑苦しかったはずなのに、なんだかすごく心地よかった。
「話してくれるかなって待ってた。でも仁人が話す気ないなら聞いてもいい?」
その優しい声色に逆らえず、思わず頷いてしまった。
勇斗は俺の腕にそっと触れた。
「…痛い?」
「…ちょっとだけ」
今度はカーディガンをそっと脱がされる。
「お揃いなのに全然着てくれないなって思ってた」
「……ごめん」
「似合ってるのに」
「…ごめん」
何度か着ようとはした。好きなデザインだったし、上着を着れば腕は見えない。
けど何かの拍子に上着を脱ぐことになったら、と考えるとなかなか着る勇気はでなかった。
「あと、コーヒー」
「え?」
「飲みすぎじゃない?」
「…寝たくなくて」
夜の静けさと暗さに異常な恐怖を感じて、眠たいのに寝れないと言った日が続いていた。それならいっそ起きてしまおうとカフェインを大量に取った自覚はある。
なにを言われるのか分からず、目を合わせられずにいると、なぜだか頭上からは ふっと笑い声が聞こえた。
「え、でもさ、床にいっぱい薬のゴミ落ちてんの。これ睡眠薬だよね?」
「…そうだけど」
「お前、寝たいのか起きたいのかどっちなんだよ笑」
言われてみればそうだった。コーヒーを飲んでも眠たかったのは、睡眠薬をどれだけ飲んでも目が覚めるのは。
自分自身の哀れさになんだか笑えてきた。
「いや笑い事じゃないから」
「先に笑ったの勇斗じゃん」
「そうだけどさぁ笑」
そう言って暫く笑いあっていた。
気が緩んで、そのままの勢いで思っていたことを全て吐露した。
とても一言にまとめられた内容じゃないけど、ここ最近は他人と比べてしまうことが増えて、上手くいかない自分に腹が立ってこんなことをしてしまっていた。
冗談交じりに話す俺に気を使ってか、勇斗は時々笑ってくれた。
「…でも、やっぱちょっとグロいわ」
「…だよね」
「本人も思うの?」
「まあ…冷静に見たら?」
「じゃあこれ以上グロくしないで」
「うーん…」
「そこは迷うなよ笑」
俺のボコボコとした腕を撫でながら、伏し目がちに笑う。
と思ったら表情が変わって、今度はじっと俺を見られる。穴が空くほどに。
「ちゃんと言っとくから聞いて。どれだけ辛くても、もうしないで」
「…」
「寝れないなら、俺が傍にいるから。何時でも行ってやるから」
「…でも」
「でもじゃない。これ以上こんな痛々しい仁人見たくないから。」
「はいはい」と、軽く返そうとしたけれど、この目をされたら適当な返事は出来なかった。
まるで何かを誓うように、俺はしっかりと頷いた。
傷つけたカミソリも、規定以上飲んだ睡眠薬も、全て捨てていいと思えた。
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