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その夜は、テヒョンに家の前まで車で送ってもらった。
そしたら彼が帰ってきいて…口論になった。
私は反射的に床に蹲って、暴力に耐えた。
嵐のような激情が過ぎ去った後、彼は「だからお前は駄目なんだよ」と吐き捨てて、テレビの前でスマホを弄り出した。
彼が怒るポイントはいつも理不尽だ。
浮気をしているのは彼なのに、私の欠点ばかり言い立てて、気が付けば、私が悪者にされている。
もう、こんな生活イヤだ。
私はーー家を飛び出した。
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着の身着のまま部屋を飛び出したはいいけれど…
お財布もバッグも、メイク道具も全部部屋に置いてきてしまったことに気付いた。
殴られた顔を厚化粧で隠すこともできず…
ただ、スマホはポケットに入っていた。
彼から鬼のような着信があるのではないか、彼が追いかけてくるのではないかという強迫観念に駆られ、スマホはすぐに電源を切った。
怖い。
誰か、側にいて欲しい。
私は小刻みに震える自分の肩を抱き締めた。
スマホを切ってすぐ、テヒョンの顔が脳裏に浮かんだけれど、電源を入れると彼から連絡が来てしまうかもしれない。
それが怖くて……
その後私は、どこをどう歩いたのか、気が付いたらHYBEの社屋の前にいた。
きっと、スマホカバーのポケットに入れていた通勤定期券を使ったんだと思うけれど…電車に乗った記憶は無かった。
HYBE本社があるここは、地下鉄4号線新龍山(シンヨンサン)駅から徒歩10分。
疲れ切った私の前に、地下7階、地上19階の巨大ビルがでかでかと聳えていた。
とりあえず、ここに身を隠そう。
私は慣れ親しんだセキュリティゲートに社員証を通し、中へ入った。
セキュリティコードを持つ社員であれば24時間いつでもゲートを潜れるのだ。
ロビーや廊下には煌々とライトが付いていたけれど、社内に人気は無い。
殴られてボロボロの姿を、もし同僚に見られたらどう言い訳しようと思っていたので、これはむしろ都合がよかった。
とにかく、せめて朝になるまでは会社に潜んでいよう。
身体も心もどっと疲れていたし、少し仮眠室でも使わせて貰おうか。
疲れと眠気で頭が働かなくなってきたけど…
仮眠室に向かうため、エレベーターを押した。
エレベーターが開いて、私はふらふらした足取りで廊下をしばらく進み…
私「あれ…?ここって…」
どうやら降りる階を間違えたらしい。
そこは、HYBEの所属アーティストたちの練習室や作業室のある階だった。
仮眠室は別の階だ。私はエレベーターに戻ろうとして、どこかの部屋で音楽が流れていることに気付いた。
私「こんな時間まで練習してる子がいるのかな…」
音楽が流れていたのは、ダンススタジオルーム。
ダンススタジオルームは完全防音のはずだけど…
今は廊下がしんと静まり返っているせいで、音が漏れ出て聞こえるのだった。
私「この曲って、もしかして…」
聞き覚えのあるリズム。
ジョングクのStanding Next To Youだ。
私はついつい、スタジオのすりガラスを覗いてしまった。
誰か分からないけど、誰かが踊っているみたい。
その時、音楽が止まった。
(…!?)
もしかして、覗いているのがバレたのかもしれない。
私は立ち去ろうとして…
グク「…ヌナ?」
ダンスを中断してドアを開けたのは、ジョングクだった。
私「っ!ごめん、邪魔するつもりじゃなかったの」
グク「いや、いいんだけど…どうしたの?」
私は立ち去りたい気持ちでいっぱいだったけれど、ジョングクが大股でずんずん近付いてくるので、逃げようにも逃げられなかった。
相当長い時間ダンス練習に励んでいたのか、前髪が汗で濡れ、首筋にまで伝っていた。
ジョングクの全身から、むわっとするほどの熱気が立ち込めていた。
グク「っていうか、ヌナ、その傷…」
私「…!」
私は、髪でばっと顔を隠した。
口の端が切れていたし、顎も腫れてじんじんと痛かった。
グク「早く、こっち来て冷やさなきゃ」
私「だ、大丈夫、大した傷じゃないよ…!」
グク「何言ってんの?すごく腫れてるよ」
ジョングクに引っ張られ、ダンス室へ入る。
私とジョングクの他は、誰もいない。
こんな遅い時間まで、一人で練習していたのだろうか?
ダンス室の隅にある冷凍庫から、ジョングクは手際よく氷水を作ってくれた。
ダンススタジオルームのフローリングに二人で座り込む。
そしてジョングクは私の腫れている顎をアイシングして、「他には?痛い所ある?」と訊いてくれた。
私「大丈夫だよ」
グク「大丈夫そうに見えないから訊いてるの。足は?さっきなんか少し引きずってなかった?」
そういえば、歩くたびに足首が痛む、かもしれない。
暴力が日常的過ぎて、痛覚が鈍くなっているのかもしれない。
グク「どうしたの、この傷」
私「…………」
グク「まさか、彼氏?」
私「…………」(頷く)
グク「あー、もー…!!!」
ジョングクは呆れたように大きく叫んで、私を抱き締めた。
私「わっ、ちょっと…!」
背中に回されたジョングクの腕は、ずっしりと重かった。
私が驚いて腕から逃れようとすると、拘束をキツくしてくる。
私「ジョングク…!こんな所、誰かに見られたら…!」
グク「誰もいないから。しーっ、ヌナ、大人しくして」
ジョングクは、まるで荒ぶった飼い犬を落ち着かせるように私に声を掛けると、私を抱きしめたまま、私の頭をよしよしと撫でた。
私「!?」
グク「ヌナ、大変だったね。ごめんね、俺がもっとヌナの側にいてあげたら……」
私「……ジョングクのせいじゃないよ、ちょっと彼氏とケンカしただけで…」
ぎゅってしないで。
なでなでしないで。
ドキドキして、勘違いしそうになる…
グク「話せる所だけでいいから、何があったのか話してくれる?」
それから私は、帰宅したら彼氏がいたこと、激昂した彼に暴力を振るわれたこと、勢いのまま家を飛び出してきたことを話した。
そして、彼の暴力がエスカレートしてきていることも。
私が、おかしいと感じ始めていることも。
ジョングクは私の背中をよしよししながら、真剣に話を聞いてくれていた。
こんなに、男の人から優しくされたことって、今までなかった。
私の話をちゃんと聞いてくれる。
私のことを罵倒しない。ダメ人間とか、屑とか、金食い虫とか、お前なんか要らないとか、そういうことも言わない。
人は、人を傷付けることをしてはいけない、そんな当たり前のルール。
それが、彼と付き合って行くうちに、いつの間にか私の中で崩れていたことに気付いた。
人から優しくされるって、こんなに嬉しいんだ。
私は、ジョングクの腕の中でぼろぼろと泣き始めた。
グク「たくさん我慢したんだね。辛かったね、ヌナ」
私「……うん……」