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「うるさいっ! そんな口を叩いていられるのも今のうちですよ、鬼塚部長!」
朝倉は激昂し、耳に装着したインカムのマイクに向かって絶叫した。
「おい! 入ってこい!! 早くこいつを黙らせろっ!!」
しかし――。 待てど暮らせど、扉を蹴破って黒服たちが現れる気配はない。それどころか、廊下の向こうから困惑した男たちの怒鳴り声が漏れ聞こえてくる。
『おい、部屋が違うらしいぞ。地下の「鳳凰の間」だ!』
『なに? 俺には10階のラウンジに集結しろと指示が来たが!』
『作戦Bに変更だと連絡が入ったぞ!』
『一体どうなってる、回線が混線してやがるのか!?』
荒々しい足音と怒号が、部屋の前を通り過ぎて遠ざかっていく。
「おい!? 何をしてる、早く来いと言ってるんだ……! なぜ返事をしない!!」
朝倉は焦燥に顔を真っ赤に染め、必死に通信機へかじりつくが、応答は一切ない。
その無様な様子を冷ややかに見つめながら、理人は内心で小さく安堵の息を吐いた。
(……成功だ。あの装置、ちゃんと敵の通信をジャックしてやがる)
胸ポケットを指先で軽く叩く。小さな黒いケースが、目論見通り敵陣営を攪乱していた。
実戦投入はこれが初めてだ。もし不発に終わっていれば、今頃この部屋に雪崩れ込んできたのは凶器を手にした連中だったはずだ。背中を冷たい汗が伝う。
(……まさに、間一髪ってところか)
理人は表面上は余裕を装いながらも、早鐘を打つ鼓動を懸命に抑え込んだ。
「ど、どうなってるんだ……? なんで誰も来ない……っ!」
「……お前の仲間は来ねぇよ。残念だったな」
「な、なんで……!? そんなはずは……!」
狼狽し、足元から崩れ落ちそうになる朝倉。理人はその醜態に冷酷な眼差しを向け、挑発するように口角を吊り上げた。
「さあ、観念しろ。大人しくしていれば、少しは手加減してやる」
「ふ、ふざけるな!! お前なんか、あいつらが居なくたって……っ!!」
自暴自棄になった朝倉が、懐から抜き出したナイフを逆手に握り、理人目掛けて突進してきた。
「――遅ぇんだよ、な!」
「ぐぅっ!」
繰り出された稚拙な一撃を最小限の動きでかわし、理人は朝倉の手首を掴んでナイフを叩き落とすと、がら空きになった鳩尾へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「がはっ……!」
朝倉は呼吸を奪われて後ろへ吹き飛び、床に無様に転がった。理人はすぐさまその上に馬乗りになって押さえつけると、憎悪を込めて朝倉の顔面へと拳を振り上げた。
『――鬼塚さん、ストップ!!!』
渾身の一撃が顔面に突き刺さる数センチ手前で、イヤモニから響いた東雲の鋭い声が理人を制した。
『気持ちは分かるけど……。こっちの裏も取れたし、そのオッサンの自供もばっちり得られた。これ以上は、アンタが損をするだけだ』
「……く……ッ」
理人は忌々しげに舌打ちを漏らすと、拳を震わせながら渋々と朝倉から離れた。
「……おい、テメェ。出世だかなんだか知らねぇが、娘があんなことになった原因は、他でもないお前自身だろ」
「なっ……! 知ったような口を利くなっ!!」
「知らねぇよ。知りたくもねぇ。……けどな、お前の娘は、ただ寂しかったんじゃねぇのか? 父親は自分のことしか考えていないクズで、母親は男を作って蒸発。……愛情に飢えていたのは、誰の目にも明らかだ」
「な……ッ」
「お前は、親として失格なんだよ。出世なんかより、もっと大事なことがあったはずだろうが。どうせ娘の表面的なことばかりしか見てこなかったんだろ。変な男に金を積んで事実を揉み消すより先に、娘とちゃんと向き合ってや、たのか? それもせずに誰が悪い、あいつのせいだと……。いい歳した大人が、ガキみたいな言い訳してんじゃねぇぞ、クソ野郎」
理人は吐き捨てるように言い放つと、ソファに放り出していた上着をひったくるように手に取った。 呼応するかのようなタイミングで扉が蹴破られ、警察手帳を掲げた間宮が姿を現す。
「朝倉壮一郎。ひき逃げを教唆した疑いで、署まで同行願おうか」
朝倉の顔が、今度こそ絶望に塗りつぶされた。
「なっ!? 警察なんて聞いてないぞ……! くそ、ハメやがったな!?」
「言い訳は署でたっぷり聞く。……行くぞ」
間宮は有無を言わせぬ力で朝倉を引っ張り起こすと、無様に喚き散らす男をそのまま連行していった。
「くそっ、くそくそくそっ!! なんでこんなことに! こんなはずじゃ……っ」
遠ざかっていく悲痛な叫びを、理人は奥歯を噛み締めながら見送った。
「……ようやく、終わりましたね」
背後から現れた東雲が、理人の肩をポンと叩く。
「ああ。最後まで胸糞悪い奴だった……」
「あとは大吾に任せておけばいいですよ。さーて、正月早々大仕事も片付けたことだし、景気付けにどこか飯でも食いに行きますか?」
誘う東雲の表情は晴れやかだったが、理人の表情は沈んだままだ。
「鬼塚さん?」
「……悪い、埋め合わせは今度だ。急に用事を思い出した」
「おやおや? もしかして、彼氏さんに報告ですか?」
「……っ」
核心を突かれ、理人は思わず言葉を失う。東雲が意外そうに瞬きをした。
「え? まさか、本当に? 冗談のつもりだったんですが」
「……悪いか!」
「いえ、全然。ただ、あの堅物の鬼塚さんがそこまで余裕をなくすなんて、相当な惚れ込みようだなと思って」
「……帰る!」
ニヤニヤとニヤける東雲の視線にこれ以上耐えきれず、理人は踵を返すと、逃げるようにしてその場を後にした。