正太郎
しかし
正太郎
君はまったく
正太郎
幸運な男だよ!
正太郎
前途は洋々たるものさ!
悠真
酔っ払っているのかい?
正太郎
ちがうよ
正太郎
神が僕に君を友人として
正太郎
お授けくださったことに
正太郎
感謝しているんだ
悠真
じゃあ君は
悠真
過去の人なのかい?
正太郎
僕が?
正太郎
まぁ
正太郎
過去の人ってほどじゃないが
正太郎
気にかかることはある
悠真
気にかかるること?
正太郎
しかし
正太郎
自分のことは話したくないな
悠真
まぁ醤油もかけろよ
正太郎
すまないね
正太郎
おい!
正太郎
こっちにもう一本!
店員
はい!
悠真
それで?
正太郎
普通はさ
正太郎
これだけのものに
正太郎
恵まれていれば
正太郎
満ち足りた気持ちで
正太郎
暮らすものだと
正太郎
思うだろう?
悠真
まぁ
悠真
そうだろうね
正太郎
なのに僕ときたら
正太郎
まるで砂を噛む日々を
正太郎
送っているってことさ
悠真
...
悠真
胸の内をひと思いに
悠真
打ち明けてくれないのは
悠真
僕らの友情に対する
悠真
侮辱じゃないか?
正太郎
いや
正太郎
そんなつもりは
正太郎
まったく無かったんだがね
悠真
その願望を達成するための
悠真
率直に話してさえくれれば
悠真
苦悩を和らげる
悠真
忠告をするなり
悠真
方策なりを提示することも
悠真
できるじゃないか
正太郎
...
正太郎
まったく
正太郎
君の言うとおりだよ
悠真
いったい
悠真
どういうことなんだい?
正太郎
実を言うと
正太郎
僕の頭に取り憑いて
正太郎
離れない考えというのはね
悠真
あぁ
正太郎
妻が僕の思うほど
正太郎
本当に貞節な女なのか
正太郎
それが知りたいんだ
悠真
君の奥さんが?
正太郎
ああ
悠真
浮気かい?
正太郎
いや
正太郎
そうじゃないんだ
悠真
違うのか
正太郎
だから
正太郎
妻の貞節さを調べるための
正太郎
試練を課してみたい
正太郎
ということなんだ
悠真
よく分からないな
正太郎
そうかい?
悠真
そんなことして
悠真
彼女が現在とは違う
悠真
どんな女性になるんだい?
正太郎
僕の考えはね
正太郎
女性の価値というものは
正太郎
どれほどの誘惑に耐えうるか
正太郎
ということにかかっていて
正太郎
魅力的な男たちの誘惑にも
正太郎
頑と心を動かさない女性が
正太郎
至高の女性だと
正太郎
言えるんだよ
悠真
それは
悠真
そうかもしれないけど
正太郎
妻には男の執拗な
正太郎
求愛という火の中に身を置き
正太郎
苦しい試練に耐えて
正太郎
一層輝いて欲しいんだ
悠真
ちょうど火によって
悠真
金の純度が示されるような
悠真
具合に?
正太郎
まさにそれだよ!
悠真
ふむ
正太郎
だから君には
正太郎
この望みを実現するための
正太郎
橋渡しをしてもらいたいんだ
悠真
...
悠真
正直に言えば
悠真
僕は君のもってのほかの
悠真
願望を罰するため
悠真
『どうとでもなれ』と
悠真
見捨てたいぐらいさ
正太郎
なんだって!
悠真
僕に言い寄られれば
悠真
きっと君の奥さんは
悠真
僕がどこか軽薄そうな
悠真
ところを見たものだから
悠真
大胆に求愛しているんだ
悠真
と考えるだろう?
悠真
それはつまり
悠真
彼女と一心同体である
悠真
君の不名誉でもあるんだよ
正太郎
...
正太郎
わかっているさ
正太郎
言い寄っている間
正太郎
君は妻に誤解され
正太郎
不本意な立場に
正太郎
置かれるかも分からない
悠真
そうだろうとも
正太郎
しかし終わりになって
正太郎
僕たちがとった手段と
正太郎
その意図を
正太郎
洗いざらい話せば
正太郎
君の信用も
正太郎
もとに戻るに違いない
悠真
ちょっと
悠真
ちょっと待ってくれ
正太郎
まだ飲めるかい?
悠真
いや結構
悠真
もう飲めないよ
正太郎
こんな難儀な役割を
正太郎
君に頼む気になったのは
正太郎
万が一
正太郎
妻が君の誘惑に屈したとしても
正太郎
君ならその勝利をとことんまで
正太郎
突き詰めるようなこともなく
正太郎
僕の依頼したことを
正太郎
確かめるだけに留めてくれる
正太郎
と思ったからさ
正太郎
そうすれば僕だって
正太郎
秘密は厳守するという
正太郎
君の友情のおかげで
正太郎
恥辱を誰にも
正太郎
知られずに済むからね
悠真
そう長い間
悠真
続けようとは
悠真
考えていないんだね?
正太郎
もちろんさ
正太郎
やり始めてくれさえすれば
正太郎
それで一件落着と
正太郎
見なすつもりだよ
悠真
...
悠真
君はこの企てについて
悠真
誰にも言ってはいけないよ
悠真
僕が万事引き受けて
悠真
君の都合のいいときに
悠真
実行に移すから
正太郎
本当かい!
正太郎
恩にきるよ!
正太郎
それならどうだろうか?
正太郎
明日の昼
正太郎
僕のところは来られるかい?
悠真
必ず出かけるよ
正太郎
よし
正太郎
それじゃあ待っているからね
正太郎
そこの君!
正太郎
お勘定だ!
正太郎
見ろよ!
正太郎
月の姿は本当に
正太郎
美しくて楽しい眺めだな!
悠真
しかし
悠真
君の目の前で
悠真
言い寄るわけには
悠真
いかないだろう?
正太郎
それは心配ないさ
悠真
どうしてだい?
正太郎
君が妻と二人だけで
正太郎
話のできる機会を
正太郎
つくるようにするからね
悠真
なるほどな
正太郎
もしも君が
正太郎
言葉に困るようであるなら
正太郎
詩を贈ってもよかろうと
正太郎
思っているんだ
悠真
詩だって?
正太郎
そうとも
正太郎
音楽を聴かせ
正太郎
妻の美しさを讃える詩で
正太郎
揺さぶる必要があるんだよ
悠真
だけど
悠真
素人の詩で
悠真
揺さぶれるだろうか
正太郎
なあに
正太郎
作詞には僕も協力するさ
正太郎
しかし
正太郎
言葉だけでは妻にとっても
正太郎
試練にはならないからね
正太郎
だから
正太郎
他にも貴金属を
正太郎
妻に渡して欲しいんだよ
悠真
そこまでするのかい?
正太郎
もちろん
正太郎
必要なお金は
正太郎
事前に渡すようにするからさ
悠真
それは助かるが
正太郎
あらかじめ
正太郎
準備しておいてもいいし
正太郎
二人で買いに行ってもいい
悠真
本当にいいのかい?
正太郎
もちろんだとも
正太郎
そのくらいやって貰わないと
正太郎
試練にならないからね
悠真
わかった
悠真
わかったよ
正太郎
なら明日は
正太郎
一緒にうちへ向かってくれるね?
悠真
もちろん
正太郎
それじゃ
正太郎
今日はこれくらいにしよう
正太郎
明日の新幹線の時間を
正太郎
あとで送っておくからさ
正太郎
それじゃ
悠真
また明日
悠真
...
悠真
やれやれ
悠真
これも友のためか
悠真
しかし
悠真
無事に日常に戻るには
悠真
いったいどうしたら
悠真
...
悠真
本当に求愛すれば
悠真
夫婦の絆に傷を付け
悠真
しかし何もしなければ
悠真
友情の絆を傷付けてしまう
悠真
...
悠真
すまないね