……それは何の前触れもなく、起こった 無事に気球作りが成功 容易という訳ではないが旧司帝国から石神村までの行き来が速くなり同時に車なんて代物まで、この石の世界に爆誕したおかげで移動が楽になったのは言うまでもない 現在はその旧司帝国側と石神村側とで分かれて作業に入っている面々が殆どで俺は現在、クロム、龍水と共に気球で石神村側に訪れている 更に気球を良く出来ねーかとクロムや龍水、後から車で合流したカセキやらとで乗ってきた気球を囲み、それぞれに意見を出し作業に取り掛かっていた時だった
やたらと急に目の前が、ぼやけ始めた 目頭が熱いような感覚と頬に何かが伝い始める そのまま俺は、ゆっくりと自分の頬に手を伸ばし、その伝ってきたもんを指で掬う …透明な液体 なんて分析しかけた瞬間にクロムが声を上げた
クロム
やけに慌てた様子のクロムに俺は自分の指を見ながら首を傾げる
千空
平然とした解答に今度は龍水が口を挟んだ
龍水
千空
すっ…と伸びてきた無駄に長い龍水の手は俺の頬に、そっと触れるとやはり透明な液体を見せながら言う
龍水
龍水の言葉に俺は再び、自分の頬に触れた 絶え間なく流れ続ける生暖かい透明な液体 味は若干しょっぱくて…… 目頭が熱くて目の前の景色が見えにくい
千空
ぽろぽろと溢れ続ける涙に俺は目元に触れようと手を伸ばしたが、その手を龍水に掴まれた
龍水
龍水の言葉に自分の土塗れな手を見て、冷静さを欠いていた事に気付いたくれーには驚いている 悲しいだの辛いだの…別にそんな感情に支配されていた訳じゃねー ストレスも精神的苦痛を感じてる訳でも情緒が可笑しくコントロール出来ねーくらいに追い詰められてる訳でもねー …なんでいきなり涙が出た? 目に何か異物が入ったという事もねーのに、俺の目は止めどなく涙を溢れさせる 何かのアレルギー反応? にしてはアレルギーになるような素材のもんは扱ってねーし、目の前にある気球は製作していた段階では1度も、そんな反応は出てねー
…なら何故、俺は泣いてる?
クロム
さりげなく俺の目の前の物だけを片し始めたクロムの手首を掴み、俺は答える
千空
ラボの方に置いてあった比較的綺麗な清潔な布を持ってくるとそれを目元に当てたりしながら俺はクロムに片され掛けたもんを引き寄せると気球について語り出した クロムも龍水も怪訝な顔でカセキに関しても明らかに不安な顔を寄せられ、俺はなんだか居心地悪くも作業を続行させた
だが程なくして直ぐに中断する羽目になった 自分ではコントロールが出来ずに、ひたすらに溢れ続ける涙に視界不良どころじゃない ぽたぽた…と垂れてくんのも煩わしい 明らかに作業の邪魔だ
千空
軽く舌打ちだけしてクロム達から離れると背後からは、やはり怪訝そうな視線が突き刺さり、俺は溜息を吐きながらもラボまで向かうと手早く必要なもんを手に取り、目的のもんを作り始めた 数十分程で彼奴等の所に戻ってやるとクロムが一番に声を上げやがった
クロム
クロムが指差すそれは…… 俺の目元 眼鏡に近い形状…どちらかと言えば、ゴーグル紛いなもんを装着した上に、そのゴーグルの両端には細長いチューブが繋げられ、チューブの行き先には吸収性に優れた質感の布を敷き詰めた小型ケースと繋がっており… まぁ…要するに涙が止まらねー上に、ぽたぽた垂れて邪魔だからゴーグルで抑えた上に垂れた涙はチューブを通して布に吸収させてやろうという無駄な製作物で…
千空
そこまで言って途中まで書き始めていた設計図に手を伸ばしかけた所で、がしりと龍水に手首を掴まれた …まさかこの短時間で2度も掴まれるとは思っていなかったため、睨めば龍水は構わずに口を開く
龍水
千空
龍水
千空
掴まれていた手首を、そのまま勢い良く引かれ俺は体のバランスを崩し、前に倒れ掛けそうになる寸手のところで足に踏ん張りを入れたが間に合わず、地面に向かう俺の体を龍水はスレスレの位置で再び掴んで止めた
千空
ゆっくり体を起こして言えば、さらりとゴーグル越しに目元付近を撫でられながら龍水は言う
龍水
千空
目元に触れられている龍水の手を振り落とせば、龍水は気にせずに…
龍水
…龍水が言っている事は別に間違っちゃいねー 確かに今ここで俺が倒れりゃ支障はかなり出んだろう だがな…たかだか涙が止まらねーくらいで休めるかよ 疲労が濃い顔?体力が落ちてる? そんなん今に始まった事でもねーだろ… 疲労感は無視が合理的スイッチが基本入ってる俺だぞ? この涙もそれに含まれる…つまり無視が合理的だ
龍水の事を尚も睨み付けながら俺は反論する
千空
龍水
千空
龍水に対して怒りに身を任せるように反論するが、感情の起伏が激しくなる程に涙は更に溢れていき、次第に口からは嗚咽が混じり始める ゴーグルの中に貯まっていく涙が、どんどんチューブを流れて布に重みを増やしていく 段々、ゴーグルでも上手く受け止めきれず、結局、視界不良を起こし始めたためゴーグルを投げるように取りながら龍水に言う
千空
ぽろぽろと頬を伝い続ける涙と嗚咽とが絡まり合って咳き込み始める始末 恐らく顔だって真っ赤だろうし、体は小刻みに震えてやがるしで…一体、今のこの光景は周りから見たらどう見られていやがるんだろうか…
ぽろぽろと頬を伝い続ける涙と嗚咽とが絡まり合って咳き込み始める始末 恐らく顔だって真っ赤だろうし、体は小刻みに震えてやがるしで…一体、今のこの光景は周りから見たらどう見られていやがるんだろうか…
クロム
ぽんぽんと背中を摩るクロムに多少、楽になってきた呼吸で俺はクロムを見遣る 鼻を盛大に啜り、目をぱちぱちさせながら俺は龍水の方を見遣ったが、直ぐに苛々して首を振るとクロムの方に向いた
千空
クロム
背中を摩られたままクロムに連れられ、俺は科学倉庫の方へ連れて行かれる 背後から感じる龍水の視線に俺は振り向く事なくクロムについていく
…たくっ…なんなんだよっ彼奴!
頭で龍水の顔を浮かべただけで感情の波が揺れ、直ぐに呼応するように涙が溢れ出す ひっくひっく…する俺の事をクロムは尚も背中を優しく摩りながら歩く そうして科学倉庫まで梯子を使って上がると敷き布の上に座らせられた
クロム
それだけ言ったクロムは手早く倉庫から出て行ったが一瞬で戻ってきやがると言う
クロム
千空
クロム
クロムに言われ、俺は仕方なく目を瞑ると途端に冷たいもんが目元に乗せられた 冷んやりと広がる冷気に泣き過ぎて、ひりひりしつつあった目元の負担が和らいだ気がした
千空
クロム
千空
クロム
…明らかに俺の事、寝かせる気満々じゃねーか 俺は寝ないぞ?まだ作業が…
と言ってもミジンコパワーの俺がクロムに敵うはずもなく、あっさり視界を失ったまま体を倒され、俺は抵抗しようとしたが、そのままクロムに目元を押さえられるように手を置かれ言われた
クロム
千空
唇を尖らせて答えたが真実は違う この科学使い様のクロムの見立ては合っている 正直、泣き過ぎて頭は、ぼーっとしやがるし薄っすら痛みもある 最早これは微熱程度は発熱もしてやがりそうな自分の体を認める事が嫌で俺は嘘を吐いた訳だが、多少なりとも付き合いが長いクロムには通じていないようで…
クロム
そう言ったクロムは俺の目元に乗せた水で湿らせた布を広げ、額の方まで被せてきやがった …だから…俺は頭痛くねー 不服だという気持ちを表すように唇を更に尖らせたがクロムは特に気にした風もなさそうだった 強引にでも暴れたりすりゃあ、流石のクロムも止められない気もするが…そんな体力も使いたくねー程に横になった俺の体はかなりの怠さを訴えた
クロム
千空
クロム
千空
クロム
俺の返事に直ぐに、がさごそとした衣擦れの音 そして体に何かが掛けられた感覚に俺は不機嫌混じりな声で答える
千空
クロム
俺の話なんて、ろくに聞こうとしないクロムは俺の体に明らかに毛布を掛けやがった 尚且つ、俺の頭をゆっくりと撫で始める クロムの手から伝わる、ほんのりと暖かい温もりと撫でるリズムが自然と睡魔を連れてきやがる
千空
クロム
そう言ったクロムは意気揚々と語り始める 最初の内は軽く頷いたりアドバイスを言っていた…だが途中から睡魔が強くなってきやがり、クロムの声が子守り唄みてーな感じに聴こえてきやがって言葉の羅列が回らなくなる
千空
クロム
千空
…だめだ 欠伸が止まらねー 毛布もクロムの手も温い… 何よりこの撫でるリズムが酷く心地良い
クロム
千空
クロム
…馬鹿にしやがって 俺は…別に餓鬼じゃねーんだ 1人でも寝れんだよ… いや…ほんとは寝たくねーし……
クロムに反論しようと口を開こうと意識しても深い微睡みに沈んでいく俺の体は上手く言葉を発せない そして恐らくクロムの目論み通りに俺の意識は落ちた
クロム
クロムの声は眠りに落ちた千空には届かない……
千空
ゆっくりと浮上した意識と重たい腕を動かし、目元に乗った湿った布を退かせば、直ぐにクロムと目が合った
クロム
ぼぉーっとした頭のまま、クロムをぼんやり見つめていたが俺は体を起こし伸びをすると答えた
千空
クロム
千空
俺の返答にクロムは、きょとんとしていたが俺の顔をまじまじ見るなり言った
クロム
……今日のクロムはやたらと俺の事を見透かしやがって…まるで、どこぞのメンタリストみてーで嫌になる
千空
ゆっくり立ち上がったが、くらりと目眩を起こした俺の体をクロムはすかさず支えながら言う
クロム
なんとなく熱を発して熱い俺の体に触れたからクロムは、そう言ったんだろう 眠りに落ちる前よりも確実に俺の体は重たく怠さを主張してやがる まだ微熱で済んでやがるが……夜には上がるかもな… たかだか涙のせいで…こんな……
ぽたぽた…と眠っていた間は零れていなかった涙が再び溢れ出し、俺は顔を俯かせた 少しだけ、しゃくり上げそうになる俺を見てクロムは苦笑いしながら背中を摩る
クロム
千空
クロム
クロムは俺の手を掴むと、そう言って泣いたままの俺を連れて倉庫から降り始める しっかり掴まってゆっくり降りろよ…なんて言われ、最早あやされているような扱いにクロムの事を睨みながら隣を歩けば、クロムは笑って再び俺の手を掴みながら、顔こえーよなんて言った …誰のせいだと思ってやがる しかも男同士で手なんて握りやがって…… 振り払う事は簡単なのに、この手を振り払えば、クロムの優しさを捨てる気がして俺は、なんとも言えない気持ちで手を握ったまま歩いた
皆で集まって夕食を共にしたが、龍水とは目も合わせずに互いに離れた場所に座って夕食を済ませた 何か言いたげな顔をした龍水が、ちらっと視界に入ったが俺は、ただ隣に座ったクロムや向かいに座ったカセキの話に耳を傾けていた そうして夕食が終わると再びクロムに連れられて俺は科学倉庫の方へ戻らされた 敷き布の上に座れば、クロムは俺の額を触りながら言う
クロム
額から滑らせた手は俺の目元をなぞり始める ぽたぽたと伝う涙を指で掬うクロムに俺は答える
千空
クロム
千空
クロム
千空
重怠い体を横にすれば、クロムは俺の体に毛布を掛けて倉庫内を照らしていた灯を消し言う
クロム
千空
いつも通り、俺の隣に横になったクロムに返した後、俺は目蓋を閉じた さっきまで眠っていたから睡魔なんてねーはずなのに直ぐに微睡みに飲まれて俺の意識は沈んだ
…はずだった 隣で眠るクロムの煩いいびきが倉庫内に響いている これは別にいつもの事だから今更、気にする必要なんてねー 俺が今、気にしてんのは……
千空
絶えず瞳から零れる涙 同時に、しゃくり上げていく体と嫌でも嗚咽が口から漏れ始める 敷き布に染みを作りながら俺は必死で自分の口元を押さえる こんな隣で、ひくひくしてたらクロムが起きちまう 彼奴だって疲れてんだ…それに今日は大分、面倒を掛けた これ以上、迷惑掛けたくねー
千空
涙は流れ続けるし嗚咽は次第に大きくなってきやがるしで俺は力強く目を閉じながら口元を押さえ続けた 小刻みに震える体と隣のクロムの身動ぎに、びくりと更に体を震わせながら俺は起き上がる …このまま此処に居たんじゃクロムを起こしちまう それだけは絶対に許せねー 俺が許せねー
かたかたと震える体のまま、俺は必死に口元を押さえたまま倉庫内から出ると、そっと音を立てないように梯子を登り天文台へと向かった 少しだけ、ぎしり…と軋んだ音を鳴らしてしまったが下でクロムが起きたような感じはしなかった そのまま俺は天体望遠鏡の隣まで行く 少し冷えるが此処なら、しゃくり上げてもクロムには聴こえないだろう ゆっくりと望遠鏡に寄り掛かり星空を眺める
千空
ぽたぽたっ…と伝う涙に改めて、俺はどうして泣いてやがるんだろうと思う ストレスも精神的苦痛も無いはずだ なのに…どうして…どうして…
ゲン ( 仮 )
急に彼奴の声がした気がして天文台の扉の方を振り返るが其処には誰も居ない
千空
気付けば隣に必ず居て嫌でも俺の世話を焼きやがる 自分のメンタルケアなんて、そっちのけでいつも俺のメンタルケアばかり…
そういや…彼奴と会ってから長く離れたのはこれが初めてだったな…
天体望遠鏡に手を伸ばせば、彼奴が俺にこれを披露した時の得意気な顔が浮かぶ
千空
いくら名前を呼んでも返事なんて返ってこねーのに俺の口は意味も無く、名前をずっと紡いだ …こんだけ呼べば、彼奴が俺の名前を返してくれるかもしんねーから 夢の中でも構わねー 彼奴に名前を呼ばれるだけで良い…
そんな、らしくねー事を思いながら俺は泣きながら意識を飛ばした
クロム
やけに騒がしい声に俺は重たい目蓋を、ゆっくりと開けた 霞んだ視界に映ったのはクロムの必死な顔面で…
クロム
…朝からうるせー んで…此奴はこんなに騒いでんだよ 良いだろ…別に俺が何処で寝落ちしようが…
黙り込んでいる俺の首元にクロムは手を這わす 珍しく冷たいクロムの手に思わず、気持ちが良く擦り寄ると溜息を吐いたクロムが答える
クロム
どういう事だ?と首を傾げれば、クロムは再び溜息を吐いた後、首元の次に手首、額に触れて言う
クロム
…ね…つ?
クロムの言葉に俺は思考を動かす 体は確かに昨日とは比べ物にならないくれーに重たく怠い しかも節々から軋むように痛みを発してやがる 頭も重く、指1本動かすのもしたくねーとさえ思う程に力があんま湧かなかった
クロム
望遠鏡を背にして、寄り掛かるように座り込んだ俺の顔を覗き込んだクロムに、つい目を逸らす 別に責められている訳じゃねー どう考えても悪いのは俺だ 元々、軽く体調を崩してやがったのに毛布もなんもねー天文台で一夜を過ごした そりゃあ、どう考えても悪化すんのは当然だ …風邪だってこの石の世界じゃ甘くは見られねー 場合によっては命取りにだってなる だから普段から気を付けて…… 第一、俺は石神村の村長で…科学王国を指揮する立場で…
俺が倒れたら…… 最悪の未来が…… 色んな奴等に迷惑が…
千空
ぽたぽたっ…と今の熱を発する体同様に、やけに熱い涙が瞳から溢れ始める 違うっ…泣きたいんじゃないっ… 泣きたいんじゃねーはずなのにっ…
クロム
しゃくり上げて震える俺の肩に、そっと手を置いたクロムは落ち着いた声音で言った 俺は恐る恐る顔を上げ、クロムと目を合わせると何故か笑顔を向けられ理解が出来ずに視線を彷徨わせる
クロム
クロムの言葉に俺は首を横に振る いびきはうるせーし、寝相は酷いしで散々と言や散々だが…別に1度も嫌だと思った事はねー
クロム
その言葉に俺は少し悩んだ素振りを見せながら、こくりと小さく頷いた
クロム
俺の前で必死に悩むクロムに俺は、どうしてそこまで理由を知ろうとする?という事で頭がいっぱいだった …放っておけば良いのに、なんでそこまで…
すると突然、何かを閃いたみてーな顔付きになったクロムが口を開く
クロム
急にデケー声で顔を寄せられて質問してきたクロムに俺は内心驚きながらも小さく頷く
クロム
怒鳴るように言うクロムに、つい体をびくんっ…と震わせれば、クロムは焦ったように落ち着いた声音に戻って言う
クロム
千空
クロム
千空
更に、ぽたぽたと溢れ出した涙にクロムは苦笑いしながら答える
クロム
俺の傷だらけで、ぼろぼろの手を握ったクロムは優しく笑う …迷惑を掛けられた方が嬉しい? 何言ってんだよ…馬鹿じゃねーの
千空
クロム
ぎゅっぎゅっと握り込まれた手から伝わるクロムの感触と目の前で笑う此奴の顔に涙は更に溢れ出す 熱で浮かされた頭じゃ、ろくに考えられねー だから…これはきっと熱のせいだ
千空
クロム
千空
クロム
千空
クロム
千空
前屈みになり咳き込み始めた俺の体を抱きしめるようにクロムは背中を摩りながら言う
クロム
力強く笑いながら言うクロムに俺は、恐る恐る此奴の体に擦り寄って長く息を吐いた
倉庫の方じゃ狭い上に、ろくに俺が動けねーからという理由でクロムは天文台の方に俺の寝具一式を運んでくると寒くねーように、いつもよりも多めに毛布を掛けた上に俺の額に濡れた布を乗せた はふはふ…と熱い呼吸を繰り返す俺を見ながらクロムは言う
クロム
クロムの問い掛けに俺は首を小さく横に振る
クロム
千空
少し言葉を発しただけで激しく咳き込み始めた俺の背中をクロムは摩りながら苦々しい面を浮かべていた ……咳き込みながら寝込む こんな姿、テメーには毒だよな…… だって…こんなん少し前までのルリを見てるみてーだから…
背中を摩るクロムの手を力無く掴むと俺は言う
千空
涙目で言っても威力半減だろうがクロムに必死に伝えれば、クロムは俺の顔を見ながら答える
クロム
千空
掠れた声で言えば、クロムは俺が何を言いたいか理解したんだろう そして大人しく居なくなるだろうと思った矢先、ドンっ…と急に床を叩いたクロムに俺は目を丸くするとクロムはデケー声で言った
クロム
あまりの勢いとデケー声に俺は一瞬、固まったが次には自然と笑みが漏れた
クロム
完全にテンションが上がりまくり興奮したクロムの手首を掴みながら俺は言う…
千空
俺の言葉に今度はクロムが目を丸くすると直ぐに俺の手を握りながら答える
クロム
機嫌良く笑うクロムに俺も力無く笑ってやった クロム的には何かを食べさせたかったらしいが無理矢理、食わせんのはしたくねーと結局、俺の意思を尊重して白湯だけを俺に飲ませた 薬に至っては咳止めなんてもんは作ってねーから、とりあえず解熱鎮痛剤を飲み様子を見る事にした 時折、咳き込む俺の背中を摩ったり、溢れ出る涙で、べちゃべちゃになる俺の顔面を定期的に拭いたりとクロムは付きっきりで俺のそばから離れなかった ただ真面目な此奴だからだろう… 少しでも俺の負担を無くそうと天文台で出来る範囲内のもんは道具を持ち込んで、横になる俺の隣で作業をしていた かちゃかちゃ…と立てる作業音に煩くねーか?と何度、聞かれたか分かんねー そうして恐らく昼過ぎになったくらいで外から呼ぶ声にクロムは扉から顔を出し、何かを喋り始めた …誰と喋ってやがる?とクロムが向いている方向に体を向けるとそれに気付いたクロムが言う
クロム
千空
クロム
俺の目を指差すクロムに、今も絶え間なく流れ続ける涙に俺は小さく頷く 程なくして扉のノック音と共にコハクと羽京が顔を出した
コハク
クロム
入って来て早々に軽く揉め始めたコハクとクロムをよそに、そっと此方に近付き、俺のそばに座った羽京は眉を下げながら口を開く
羽京
俺の目元に指を這わせ、涙を掬った羽京は言う その言葉に俺は頷くと羽京は続けて答える
羽京
羽京の言葉にコハクと揉めていたクロムが入ってくる
クロム
羽京
そう言った羽京は俺の毛布を捲り、躊躇いなく俺の胸に耳を当て始めた いきなりの事にたじろぐクロムとコハクだったが俺は冷静に羽京の好きなようにさせた
羽京
羽京の指示に大人しく従うと羽京は、ありがと…と言って俺の胸から離れ、毛布を掛け直すと言う
羽京
羽京の言葉に俺も軽く頷いた …俺自身もそう感じていた ただの咳っていうよりかは明らかに喘息に近いような咳だ 胸の辺りから、ぜぇぜぇ…と響く呼吸音が何よりの証拠
羽京
冷静に告げる羽京にクロムが言う
クロム
力拳を見せるクロムに俺は少しだけ思案する そしてクロムを手招きすると近くにやって来たクロムに伝えた 俺の言葉を聞いたクロムは勢い良く立ち上がると言う
クロム
バタバタと天文台から出て行ったクロムを見遣りながらコハクは言う
コハク
羽京
頷いたコハクも天文台から居なくなると俺のそばに寄った羽京は俺の額の布を新しいものに替えながら…
羽京
…龍水という言葉に俺が、あからさまに嫌そうな顔をすれば、羽京は笑って
羽京
千空
羽京
千空
羽京
千空
羽京
千空
羽京
くすくす笑う羽京に俺は唇を尖らせた 酷く餓鬼扱いされてるみてーで擽ったい そんな俺を見ながら羽京は俺の頭をゆっくりと撫でた
羽京
千空
羽京
千空
羽京
千空
俺の頭を撫でたまま、羽京は天文台の扉の方に向けて言う
羽京
羽京のその言葉に閉じられていた天文台の扉が、ゆっくりと開いた そして多少なりとも申し訳なさを一応覗かせた様子な龍水が入って来た
…龍水が来ていると分かっていて黙ってたな…羽京
軽く睨めば、羽京は目が合った途端に、にこりと笑うと自分の隣に龍水を座るように促した 龍水も黙ったまま羽京の隣に座り、俺を見遣る
暫しの沈黙の後、龍水が口を開いた
龍水
千空
龍水
千空
少しだけ声を荒げただけなのに咳が止まらなくなり羽京が俺の背中を摩りながら龍水を睨む
羽京
龍水
羽京
珍しく凄みを加えて睨む羽京に龍水は一瞬だけ怯みながら黙った 羽京に背中を摩られた事で少し落ち着いてきた俺は思う…
…確かに龍水の言っている事は間違っていない 俺は気付けば、無理と無茶ばかりをしているのかもしれない だが、いつも限界を迎える前に彼奴が…ゲンが必ず俺の事を止めに来た ただ、ここ最近は互いに違う場所で過ごしているからか…俺の事を止めに来てくれる彼奴が、そばに居ないから余計に無理をしていたのかもしんねー それに龍水は気付いて……
千空
酷く掠れた声で呼べば、龍水は俺の顔を見ながら「なんだ?」と短く返す 俺はそんな龍水に言う
千空
そこまで言いかけて龍水は俺の唇に人差し指を当てた むぐっ…と変な声が漏れながら言葉に詰まると龍水は快活に笑って言う
龍水
急にいつもの調子を取り戻したように騒ぎ出す龍水に顔を顰める俺と笑いながら見ている羽京 …こんな場面なのに何故か脳裏に過るはゲンの顔で……
羽京
羽京が心配そうに聞いてきたが俺は、なんでもねーと首を振った
それから暫く時間が経過し、時刻的には夕食頃の時間だろう コンコンと扉をノックした音と同時にフランソワが顔を出す 手には、ほかほかと湯気が立つ皿が見えて俺は起き上がろうと体に力を入れる だが上手く力が入らずに中々起き上がれずにいると龍水が俺の背中に手を差し入れ、ゆっくりと起こしやがった
千空
龍水
フランソワが持ってきた皿を受け取りながら羽京も振り向く
羽京
千空
俺が平然と答えれば、羽京は驚いた顔をしたが直ぐに、やれやれといった顔で
羽京
龍水
俺がまともに座っていられずに、ゆらゆらし始めた所を見て龍水は言いながら俺が、寄り掛かれるように即席で背もたれを作り始める 羽京は羽京でフランソワから受け取ったもんを此方に持って来た
羽京
そう言って俺に皿を差し出そうとしたが、受け取ろうと伸ばした俺の手は、カタカタと小刻みに震えまくり正直言ってスプーンすら、まともに持てねーと思った どうしたもんか…と固まっていると羽京はスプーンでスープを少し掬い、息を吹きかけ冷ましながら俺の口元に、それをもってきやがった
千空
思わず、素っ頓狂な声を出すと羽京は気にした風もなく告げる
羽京
羽京の提案に少し思案したが…確かに自分じゃ食えそうにねーし、何か少しでも食べて栄養はつけた方が良いし… 俺は、おずおずと口を開けた すると羽京は嬉しそうに笑いながら
羽京
千空
もごもごと言い返せば「お食事中に喋らない」と言いやがるもんだから…ほんと、この科学王国の青空教室の先生様はよ…と思う そうして羽京に食わせてもらいながら背後では龍水が俺の体を倒れないように支えてやがるという謎の光景が繰り広げられながら食事は進んだ
千空
龍水
千空
少し食べた所で咳き込み始めた俺の背中を摩りながら龍水が白湯を差し出す こくん…とゆっくり飲みながら俺は荒い息を繰り返す
羽京
皿を置いた羽京の質問に俺は涙目で途切れ途切れに答える
千空
俺の言葉に羽京は俺の頭を撫でながら言う
羽京
…また餓鬼扱いしやがってとも思ったが何故だか頭を撫でられる感覚が酷く心地良くて… 大人しく目を細めて撫でられたままでいると急に龍水から後ろ手に抱きしめられ、俺はゆっくり龍水の方を振り向く
千空
龍水
鼻を鳴らす龍水に此奴は何言ってんだ?と眉間に皺を寄せた顔で睨めば、龍水は笑った
龍水
俺の頬を撫でる龍水の手を叩こうとするが上手く体に力が入らず、睨んだままでいるとその龍水の手を躊躇いなくはたき落としたのは羽京だった
羽京
龍水
羽京
穏やかに笑った顔を浮かべている羽京だが目が笑ってねー むしろ…なんか据わってやがる 俺の背後の龍水も目を細め、明らかに羽京の事を睨んでいる
…なんか…めんどくせー雰囲気になってきやがったな
盛大に顔を顰めているとその空気を破るように天文台の扉が開いた
クロム
明るい声で入ってきたクロムとクロムの後ろからコハクも天文台に顔を出す
コハク
クロム
クロムとコハクの乱入で、とりあえず羽京と龍水は言い合いをやめたようだった 俺のそばまで来たクロムは目の前に粉を差し出す
クロム
次に見せられたのは小さい土器に入った軟膏
クロム
薬と軟膏を見遣りながら俺は笑った
千空
俺の言葉を聞いたクロムは目を一瞬丸くした後、すぐに顔を綻ばせて笑った それからクロムの作った咳き止め薬と解熱鎮痛剤を飲み、何故か俺の胸に誰が軟膏を塗るかで揉め、険悪な空気になったところをコハクが見兼ねて塗ると悔しげな顔をする羽京と龍水に最早意味不明過ぎて俺は理解出来なかった
そのまま時刻は流れ、すっかり夜を迎えた今… 天文台には横になる俺の他に何故か羽京と龍水までもが付き添うように横になった …いや、俺の体がこんな状態だし、そばにいやがるのは分かるが… 何も2人で居やがらなくても…
羽京
龍水
……なんなんだよ…此奴等 過保護過ぎんじゃねーの? 過保護なのは……彼奴だけで良いんだよ
千空
掠れた声で返せば、羽京と龍水は、にやけるように頷いた …だから意味が分からねー
そうしてあの2人に「おやすみ」を告げてから、どれぐらい時間が経過したのだろう 恐らくだが…そこまで経過していない気がする 体全身が燃えるような熱さと同時に抑えられない程に咳が出始め、胸の辺りからの喘鳴も酷くなり始める 相変わらず涙は止まる事なく溢れ続け、嗚咽と咳が混ざり合い上手く呼吸が出来なくなっていく 思考はいつものように動かない 体が浮いているかのような浮遊感と、はっきりと定まらないぼやけた意識の中、誰かに体を起こされたのは分かった
龍水
…龍…水?
羽京
…羽…京?
龍水
羽京
龍水
だれか…にゆっくりと抱きしめられた そのまま背中を、ひたすらに摩られる 俺の激しい咳の音だけが…自分の事なのに、どこか他人事のようにクリアに聞こえて……
薄ぼんやりと視界に映ったのは天体望遠鏡
ゲン ( 仮 )
天体望遠鏡を覗く俺の隣で彼奴は、笑って俺と目が合うまで見つめやがる 呆れたように目を合わせてやりゃあ、大袈裟なくれーに幸せそうな顔をした彼奴は…
ゲン ( 仮 )
たかだか目が合っただけで、そんな面する彼奴に…… 俺の事を構う彼奴に…… 俺は…あの状況が酷く心地良かった
千空
天体望遠鏡に向けて震える手を伸ばせば、誰かに手を握られた …でも…この手は彼奴じゃねーと分かる 彼奴の手は、もっと細くて滑らかで……
……ゲンが居ない 俺の隣にゲンは居ない いつもみてーに俺が壊れる前に救ってきやがるゲンは……
居ない
止めどなく溢れ出した涙と同時に俺の意識は、ぷっつりとそこで切れた
目蓋越しに感じる明るさに俺は、ゆっくりと重たい目蓋を開けた 霞んだ視界に最初に映ったのは酷く不安そうな顔をした羽京だった
羽京
心底、安堵したような表情を浮かべる羽京に俺は記憶を巡らす でも、はっきりとは覚えていない朧げな記憶に眉間に皺を寄せると羽京が言う
羽京
陽の光が差し込む開け放たれた天井を見ながら羽京は呟くように
羽京
千空
それはなんだ…と口にしようとしたが上手く言葉は出ず、ただ、はくはく…と口が動いただけだった 俺を見た羽京はそのまま続ける
羽京
…だから…一体、何を?
顰めた顔をする俺を見遣りながら羽京は俺の目元に手を置いた そうして、ゆっくり撫でられると再び睡魔が襲ってきて意識が遠のいていく 完全に意識が落ちる寸前に羽京は小さい声で……
羽京
寂しげに言う羽京の声に何も返してやれないまま俺の意識は闇の底に落ちた
…体が熱い また焼けるようだ 苦しい…苦しい…
熱い熱い炎の中に1人で放り投げられているみたいだ そんな熱い中、急に冷んやりとした感覚に包まれた …気持ち良い つめてー もっと…もっとくれ……
擦り寄るような仕草をすれば、冷気は更に俺の体を包み込む 同時に、ふわりとした甘い匂いが鼻を掠める …俺はこの匂いを知っている
これは…… 彼奴の…
千空
ぼんやりと目を開けると視界に映ったのは羽京じゃなかった クロムでも、龍水でもなかった 白と黒…半々の独特な髪色 片方だけ長い前髪が、ゆらりと目の前で揺れる 軽薄な笑みがよく似合いやがる其奴は俺の額や頬に、そっと触れながら口を開いた
ゲン
…やけに懐かしい呼ばれ方だなとも思ったが、そもそも此奴と会っていなかったのは数週間だけだったはずだ なのに…なんで……
ゲン
額に頬に首元、次には手を握られ目の前で笑うゲンに俺は口を開こうとする でもまた上手く言葉が出ねー はくはく…と動く俺の口元を見ながらゲンは申し訳なさそうな顔を浮かべて
ゲン
俺の目元を撫でた後、急にゲンの顔が近付いてきたと思ったら、いきなりペロリっ…と舐められた 一瞬の出来事だったが俺は、呆気にとられて口を思わず、あんぐりと開けた
ゲン
……此奴 今っ…俺の涙……舐め取りやがった!?
はくはくっ…と口をひたすらに動かすとゲンは楽しそうに笑う
ゲン
上機嫌で言うゲンに俺は睨みながら思う……
普通だったら嫌悪感がするんだろう なのに1mも、それが無かったのは何故なんだろうか… それどころか…俺は…… ゲンに会えて… そばにゲンがいる事に…
酷く…幸せでならない
くいくい…とゲンの羽織を掴むと、きょとんとした顔のゲンが聞く
ゲン
俺の顔を覗き込むゲンに…目の前にゲンが居るという事実に俺は、懸命に起き上がろうとした でも上手く起き上がれねー俺を見兼ねてゲンは即座に背中を支えながら起こしてきた そうして、やっとの事で起き上がるとゲンが首を傾げる 俺は恐る恐るゲンの羽織を再び引くと酷く掠れた小さい声で……
千空
ゲン
千空
ゲン
千空
震える手をゲンへと伸ばし、俺は自分でも予想だにしない言葉を告げた …なんて意味不明で非合理的な言葉だろう それでも…俺の中の欲が、この
欲しい=正義
龍水の言葉が頭の中で回る …あ゛ぁ、俺はずっと…欲しかったのか 此奴が…… あさぎりゲンが……
千空
俺の言葉を聞いたゲンは目を真ん丸にした後、直ぐに満面の笑みを浮かべて俺の体を正面から抱きしめた ふわりと包まれる甘い花の匂いとゲンの温もりに俺は肩口に顔を埋める ぽんぽんと背中を摩られながらゲンは言う
ゲン
力が上手く入らない腕を必死に動かしながら俺はゲンの背中に腕を回した 更に密着した互いの体なんて気にする事なく俺はゲンに擦り寄った
千空
ゲン
千空
ゲン
千空
ゲン
千空
ゲン
ぽんぽん…と背中を摩られ、俺はゲンの胸元に顔を埋めながら言う
千空
ゲン
千空
ゲン
千空
ゲン
千空
唇を尖らせたように言えば、ゲンは機嫌良さげに笑いながら俺の体を更に抱きしめた
ゲン
…あ゛ぁ…意味不明だ 言動も行動も…全てが意味不明 でも止まらない 俺は此奴を、やっぱり求めてる ゲンの胸元に更に擦り寄りながら匂いを嗅いでいるとそれに気付いたゲンは言う
ゲン
千空
ゲン
態と嘘泣きするゲンに俺は少しだけ顔を上げながら呟く
千空
ゲン
不思議そうな顔をするゲンに俺は、掠れた声で…
千空
ゆっくりと顔を上げれば、ゲンは目を細めながら笑って
ゲン
ゲンの言葉に… ゲンの笑った顔に… 俺は酷く安堵しながら首筋に腕を回す ゲンも俺の背中を抱きしめ更に引き寄せる
…気付けば、謎の涙は止まってやがった そのまま俺はまた寝落ちたらしい
さわさわと頭を撫でられる感覚と共に、ゆっくり意識を浮上させ目を開けるとゲンと目が合った
ゲン
俺の頭を撫でるゲンの手を確認しながら俺は掠れた声で呟く
千空
はっきりとしない解答だったくせにゲンは俺の首筋に触れながら
ゲン
俺の目元に指を這わせながら嬉しそうに言うゲンにテメーが居なかった時の俺の状態はもう全て把握してやがんのか?という顔を向ければ、ゲンは通じたようでペラペラと喋り出す
ゲン
ゲンの言葉に羽京が言っていた意味が分かった 俺にとって必要なもんを捕まえに行った龍水とクロム わざわざ日の出と共に気球で帝国側に向かったんだろう 往復の時間を考えりゃ間違いねー それにしても……なんで彼奴等が今の俺にゲンが必要だと思った? 俺は何も……
ゲン
上機嫌で言っていたゲンの声を遮るように急に龍水の声が入ってきた
龍水
羽京
龍水に続けて羽京の声までして視線を動かせば、どかりと俺のそばに座った龍水とその隣に座った羽京が見えた
ゲン
更に得意気な顔をするゲンに龍水のこめかみ辺りに血管が軽く浮かび上がり、羽京も顔は笑ってやがるが目が据わった顔付きになるのを俺は確認しながら酷く面倒くさそうな顔をした
…始まった また訳わからん言い合いが…
思わず頭を抱えそうになると天文台の扉がノックされ、クロムが顔を出した
クロム
クリームの入った土器の壺を掲げるクロムに龍水、羽京、ゲンが会話をやめ、一斉に壺を見上げた
…おい……なんか……すげー嫌な予感がすんのは気のせいじゃねーよな?
軽く引きつった顔を浮かべ始める俺をよそにゲンが口を開く
ゲン
クロム
不思議そうな顔をするクロムをよそにゲンの瞳が明らかにキラキラし始めた 俺のそばから、すくっと立ち上がったゲンはクロムの目の前まで行くと言う
ゲン
ゲンが言った後、直ぐに龍水と羽京までもが立ち上がりクロムのそばまで行く
龍水
羽京
ゲン
龍水
羽京
3人に囲まれていたクロムだったが壺を握りながら何をどう考えて思ったのか…
クロム
…と、まさかの言い合いに参加し始め、正直言って醜い争いが開幕された今、俺はもう天井を仰いだ
…たかだかクリーム塗んのに誰でも良いわ、そんなん… つーか、自分でやろうと思えばやれるわ…
まだ指先は震えやがるがクリームくれーなら全然扱える そう思い、盛大に揉め始める此奴等に声を掛ければ「千空ちゃんっ!千空!は黙ってて!!」と一喝され、最早ほんとに意味分かんねーと思った …非合理的過ぎんだろ…此奴等
わーわーと一応、病人なんだが…俺の目の前で散々、何やら攻防を繰り広げてやがったが最終的に何をどうしてそうなったのか典型的なジャンケンの声が聞こえてきやがって俺は益々、呆れるように目元に手を置いた 途端に静かになった天文台に俺が、ゆっくり手を動かし見遣ると至極ご満悦な笑みを浮かべたゲンが壺をくるくる回しながら俺のそばに再び座りにきた
千空
ゲン
機嫌良く鼻を鳴らすゲンをよそに背後で不服顔の男3人が睨んでんだから…ほんと… これ以上、なんか言うとめんどくせーな
千空
ゲン
千空
ゲン
…どうせ最終的にジャンケン勝負にいかせるような流れに誘導でもしやがったんだろう そんで、まともなジャンケンを恐らくしてねー 人間の深層心理を上手い具合に掌の上で転がし、羽京も龍水もクロムも負かしたんだろう やり口は相変わらず汚いが…まぁ、ゲンと言えば、ゲンらしい 正直、誰に塗られても構わねーし、さっさと済ませろと毛布を捲れば、ゲンは俺の服に手を伸ばす するり…と胸元が見えるように大きく服を捲られるとゲンの手付きは一瞬、硬直した
千空
俺が睨んで言えば、ゲンは我に返ったようにはっ…としながら壺の中に指を入れた ねっとりとしたクリームが付いたゲンの手が俺の胸元に触れ始める 若干冷んやりとした感じとゲンの冷たい手とも相まって思わず声が漏れた
千空
再びゲンの手が硬直しやがるもんだから、だから早く塗れと言い掛けた瞬間に急に動き出したゲンの指は俺の胸の尖った先端… 要するに乳首を摘まみやがって…
千空
ゲン
明らか棒読みで答えるゲンを再び睨むとゲンは反対側の乳首も摘まみやがって、しかも今度は、くりくりと強くほじくられるように触れられ背中に軽く謎の電流が脳まで走り抜けた気がした
千空
自分でも自分じゃねーみてーな女の喘ぎみてーな声が出て俺は慌てて口を手で押さえると目が合ったゲンは、にたりと笑みを浮かべながら…
ゲン
そこまで言い掛けたゲンが急に鈍い音を立てて目の前から消えた 正確には俺の隣に倒れたのが正しい ちらり…と視線を動かすと拳を掲げたコハクの姿が有り、よく見りゃあゲンの丸い頭にはたんこぶが出来てやがって俺は状況を把握する
コハク
凍てつくような眼差しで射抜かれた龍水、羽京、クロムは最初の犠牲になったゲンをチラ見しながらコハクから目を逸らした
コハク
クロム
羽京
龍水
コハクの圧に押されて、クロム、龍水、羽京はさっさと天文台から出て行った それを見送ったコハクは気絶したゲンを放置したまま、俺のそばに座り床に転がった壺を取り、俺の胸元に丁寧にクリームを塗り、服を元に戻し毛布も掛け直すと言う
コハク
千空
コハク
千空
コハク
やれやれ…と呆れながら頭を押さえるコハクに俺は益々、怪訝な顔になりながらコハクを見つめれば、気絶したゲンを見遣りながらコハクは言う
コハク
盛大に、たんこぶが出来たゲンを見ながら… いや…どの辺りが甘い扱いなんだよとも思ったが口には出さなかった
コハク
眩しいくれーに笑うコハクに俺は、おかげさまでな…と苦笑いをした
そんな実に騒がしい彼奴等の看病を受けながら俺の体調は大分回復の傾向を辿っていた 咳もかなり落ち着き、熱に至っては平熱に戻った …ただ、完全に完治したと言い切れねーのは
千空
ラボで簡単な作業に取り掛かっていた最中、急に溢れ出した涙に俺は仕方なく作業を中断し、腰掛ける ぽたぽたと絶え間なく溢れ出す涙に思わず、目を擦りそうになるとそれを羽京が止めた
羽京
綺麗な布を持ってきた羽京が俺の目元を拭き始めると龍水が口を開く
龍水
龍水の言葉に広がっていたフラスコ類を片付けながらクロムが言う
クロム
クロムの言った後、直ぐにバタバタと騒がしい音を立てながらコハクがゲンの事を俵でも抱えるような形で連れて来た
コハク
ゲンを叱るコハクに、ゆっくり降ろされるとゲンは、たじたじになりながら言う
ゲン
コハクとゲンのやり取りを見ながら俺は若干掠れた声でゲンの名前を呼ぶ
千空
しゃくり上げるようになりながらゲンに向けて両手を広げるとゲンは直ぐに俺の事を見ながら、近付くとそっと俺を抱きしめながら囁く
ゲン
よしよし…と頭を撫でられながら俺は複雑な顔を浮かべたまま、ゲンの胸元に顔を埋める ふわりと香る甘ったるいゲンの匂いに包まれながら俺は口を尖らせて答える
千空
ゲン
千空
ぎゅうっ…と抱きしめられ、もごもごとゲンに埋まりながら講義するがゲンは機嫌良く俺の頭を更に撫でやがるだけだった
複雑な心境のまま、ゲンにこうして抱きしめられていると不思議と涙は引いていく ゲンの匂いや温もり、此奴が俺のそばに居るというだけで、どういう訳か俺の気持ちは落ち着くらしい… いつからこんな体になったのか分かんねーが、ここ数日で理解出来た事はそれだった ゲンが俺のそばに居れば、涙は出ない だが少しでも俺から離れて姿が見えなくなれば、俺の体は不安になり無意識に彼奴を求めて涙が出やがるらしい
羽京でも龍水でもクロムでも…コハクが、そばに居ても駄目だった 何故だか俺の体はゲンだけを求めた 理由なんて分かんねーが涙が止まるなら俺は何でも良い…
男同士で抱き合ったり手を繋いだりする事に最初は嫌悪感や違和感があると思ったが…… 別に俺の体はそうでもねーらしいから…
ゲン
ゲンの明るい声が聞こえてきて俺はゲンの背中に手を回しながら胸元に顔を埋めたまま黙る
涙は、とっくに止まってる だから、さっさと此奴から離れて作業に戻れば良い なのに…まだ此奴とこうしていたいと思うのは…… 俺のメンタルが可笑しいからか?
なぁ…メンタリスト
ゲン
ぎゅうっ…とゲンの背中を掴みながら、俺は、もごもごと言う
千空
非合理的な事を言ってやがる自覚はある だから顔に熱が集中して熱いんだ でも…どうにもならねー 自分で自分がコントロール出来ねーんだから…
俺の言葉にゲンは上機嫌に鼻を鳴らすと俺の頭を撫でて言う
ゲン
もぞもぞとゲンに埋まっていれば、コハクが
コハク
声だけで分かる またあの凍てつく顔で見やがってんな、コハク
クロム
クロムのデケー声がラボ内に響きやがる …うっせ!俺を餓鬼扱いすんじゃねー
羽京
物腰柔らかなトーンだが確実に目が笑ってねー羽京の顔が想像出来んのはなんでだ?
龍水
…誰がテメーみてーな奴のとこに行くか
そうして、それぞれのラボから出て行く足音がした後、静かになった室内でゲンが口を開く
ゲン
悪戯を思い付いた餓鬼みてーな口調で喋るゲンに俺は胸元から顔を上げる そのままゲンに抱きついたまま、俺は口を尖らせる
千空
ゲン
不服な顔をすれば、ゲンは笑って俺の頬を撫でる その手の動きに猫みてーに擦り寄る自分がいて……メンタル不安定とは恐ろしいなと思う
ゲン
ゆっくりと近付いてきたゲンの顔に俺は当たり前のように目を瞑る 軽く口を突き出せば、ゲンは慣れたように俺の口に自身の口を合わせる ちゅっ…ちゅっ…と小さなリップ音がラボ内に響く そうして啄むようなキスを交わされた後、少し、とろん…とした顔でゲンと目を合わせれば、彼奴は楽しげに笑って
ゲン
俺は笑うゲンの羽織を引っ張って言う
千空
……あ゛ぁ、俺の体は可笑しい 俺のメンタルは可笑しい
笑って俺の言葉に従うゲンに再び身を委ねる 段々と此奴との距離感が分からなくなる 此奴との関係性が分からなくなる
でも…今は、どうでもいい
此奴を俺がどう思っているかも… 此奴が俺をどう思っているかも…
今は「それ」に気付かなくていい
この涙が止まんなら… テメーが、そばに居んなら……
俺はなんだって良いんだ
コハク
風に靡く金髪の少女の声は彼等には聞こえない……
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やば尊い