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おッ///♡
満月。 長屋の一室には、湯浴みも予習も 終え、鏡で己の姿を見つめる 滝夜叉丸。 と、その滝夜叉丸を 布団の上から横目で見つめる 喜八郎。
今宵はやけに月光が冴えていた。 障子越しのそれが、滝夜叉丸の長く 綺麗な黒髪を、銀に染め上げる。 喜八郎は、彼がなんだか いつかの絵巻物で見た、きよらな 姫様に似ると思えて───
自分らしくない考えに 恥ずかしくなり、思わず 目を逸らす。 照れ隠しからか、 して呟いた。
あや
滝夜叉丸が一度鏡から目を離し 喜八郎の方を向く。 少し眉を上げ、こう言った。
たき
たき
あや
たき
即答が気に入らなかったのか、 頬を膨らませる滝夜叉丸。 喜八郎が冗談めかして笑えば、 それに応えるよう、滝夜叉丸も ふっと肩をすくめる。
滝夜叉丸は鏡を布団に起いて 立ち上がり、喜八郎のそばに 腰を下ろした。 距離は、わずか一尺。 互いの呼吸が混ざるほど近くて。 けれど、触れられない。
滝夜叉丸がぽつりと 話す。
たき
あや
たき
そう述べる声が、普段よりずっと 柔らかで。 喜八郎は息をのむ。 胸の奥を鷲掴みにされたような 感覚。
あや
たき
あや
言葉ではそう返しても 心は落ち着かない。 “わかっている”なんて言葉を 彼の口から聞くのは、酷い。
本当に見抜かれてしまったなら どうしよう。 駄目だ、滝。こんな気持ち 認めてはならないよ。
沈黙が落ちる。虫が遠くで かすかに鳴いているのがわかる。 滝夜叉丸は膝に手を置き 視線を落とした。
たき
意図の分からない問いに 喜八郎は戸惑う。
あや
あや
滝夜叉丸が、ほんの少しだけ はにかむ。 けれどその笑みは、 どこか寂しげで。
──違う、そうじゃない。言葉の 奥にはもっと深い想いがある。 ただ、それをロにすれば、 何かが壊れてしまいそうで。 …ボクはここまで臆病だったろう か、と喜八郎は思う。
たき
たき
そう言ってよいしょと 立ち上がり、自分の布団に 戻ろうとする滝夜叉丸。
あや
喜八郎が咄嗟に、滝夜叉丸の 手首を掴む。
たき
あや
つい、零れてしまった。 このままでは嫌だと、 喜八郎は思ってしまった。 滝夜叉丸が目を見開く。 そして微笑んだ。
たき
あや
たき
あや
喜八郎の寝床に、自分の 掛け布団をせっせと持ってくる 滝夜叉丸。
ふと喜八郎は月明かりを 見上げた。 滝夜又丸の影が伸び、彼の肩を かすめている。 君に触れたいと思う度、 臆病な自分が“駄目”とぼやく。
ずっと共に過ごせるわけではない。 お互い、忍として生きる運命なのだ。 命なぞいつ無くなっても 十分有り得る。 …これは駄目なんだ。 駄目だけれど。
喜八郎は、小さく息を吐き 心の中だけで囁いた。
──好きだよ、滝夜叉丸。