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しまった、帰りが遅くなってしまった。 空が暗くなり街灯が鈍い灯りを付けているのを見上げて一つ舌打ちを洩らす。今日は早めに帰って例の探偵について調べようと、部活動を折角休んできたのに。 探偵と言えば、昼休憩中に佐藤さんからの不在着信の通知を見てそこから慌ててかけ直したが、入れ違いのように佐藤さんが電話に出る事は無かった。 “すみません。大事な事を伝え忘れていました。文だと伝えづらいのでお電話でも大丈夫でしょうか?” そう佐藤さんから届いたチャットだったが、果たして大事な事って何だろうか。駅の事か?それとも探偵についてか? 内容は分からないが、聞かないといけない気がする。それこそ美月に繋がる事であるの尚更のこと。
佐藤さんからの通知かと思ったが、違ったようだ。慌ててスマートフォンの画面を見れば、そこに表示されていたのは母親からのチャットだった。 美月が居なくなってからまるで子供の頃に戻ったように、俺の所在を心配するようになった母親。特に最近は失踪者も多いから尚更心配らしい。 確かにそれはそうだ。失踪者は年齢性別問わずで誰がいなくなるか分からない。あの人昨日まで元気にしていたのにね、と前ニュースで知人らしき人がインタビューに答えているのも見た。 「でもごめん母さん。俺やっぱり美月の事見つけてやりたい...」 心配する母親に苦労をかけて申し訳ないと奥歯を噛み締めながら帰路を急ぎ足で歩く。今はとにかく早く帰りたい。 通知をタップして“今帰ってるところ”と返信を打ちながら前を見た時だ。 いつも通りの道にいつも通りの住宅街ならではの静けさ。幾つものいつも通りの中に、いつも通りでない人影が目の前に見えた気がした。
それは俺よりも幾らか幼い子供のようだった。カラーコンタクトでも入れているのか黄金色に輝く瞳に、馬の尻尾のように後ろに束ねて伸びる黒髪。 男の子と言われればそんな気がするし、女の子だと言われれば納得してしまう見た目だ。 そんな子供はこんな時間に何を探しているのか、険しい顔をしながら俺の目の前で辺りを見渡している。 声をかけようか? そう思った矢先、スマートフォンが鳴って肩がびくりと跳ねた。
鳴り続けるスマートフォンの画面を見れば、そこには母さんの文字が。仕方なく電話に出れば心配するような声音の母さんが出て、どうやら心配を掛けすぎたらしいなと感じる。 しかし感じたのはそれだけではなく、子供がスマートフォンの着信音を聞いてゆっくりとこちらを見たのだ。 思わず視線が合って、何をする訳でも無いが適当に会釈を返す。 『大地、今どこにいるの?』 「だから帰ってる途中だって」 『そう...母さん心配だから早く帰ってきて』 「分かってるよ。大丈夫、俺は美月みたいに居なくなったりしないから」 『えぇ、お願いね』 そう話しながら子供の横を通れば、拍子抜けするほど何がある訳でもなく通れてしまう。失踪者事件が相次いで起こっているが為に少し敏感になっていただけで、別に気にする事でも無かったのだ。 ホッと胸を撫で下ろして何となくただ気になって後ろを振り返れば、子供はやはりどうしてか俺の方を見ていた。 黄金の瞳が俺を射抜いて、変わった子だなぁと思う隙もなくただ胸をチリチリと焼くような、家に帰らないとと思わせる焦りと少しの恐怖が俺を包んで、急ぎ足が早くなる。 早く家に帰らなくては。
今しがた横を通った少年が言っていた名前が引っかかる。 “分かってるよ。大丈夫、俺は美月みたいに居なくなったりしないから” 美月、とは誰だったか...何処かで聞いた覚えがある気がする。だが思い出せないという事はそう大した事でも無いのかもしれない。 見つめる先でこちらを振り返った少年が引き攣った顔で走り去っていく様子を見ながら、まあ良いかと少年から視線を逸らす。 それよりも大事なのはここ最近で他発している失踪事件とやらだ。
スマートフォンが振動した為に画面を見れば、そこにはチャットの通知が入っていた。 どうやらあちらは進展があったらしい。このまま上手く進めば良いのにと思いながらも、上手くいくかどうか分からないむず痒さが駒を進めるチェスのようで楽しいなと微笑む。 「さてと。それじゃあ僕はこのまま駅を探すか」 チャットを返してやろうと通知のポップをタッチしながらにこやかでご機嫌な子供は、束ねた髪を尻尾のように揺らしてそのまま暗くなった住宅街へと消えていったのだった。
慌てて帰ってきたが為に玄関扉が派手な音を立てて閉まる。その音に驚いたのかキッチンに立っていた母親は目を丸くして俺の方を見ると、やや間をあけて今度は安堵したようにため息を吐いた。 「ただいま」 「おかえり。そんなに急いでどうしたの?何かあった?」 「いや...別に対した事じゃないよ」 「そう?」 なら良いんだけど、と料理を再開する母親の手元を見ればそこには焼かれる前のハンバーグらしき肉の塊があった。どうやら今日の夕飯はハンバーグらしい。更にその付け合せにするのであろうコーンのバター炒めから中々に香ばしい香りがしており、俺はそっと手を伸ばしてみた。 「コラ!食べたら付け合せの分無くなっちゃうでょ!?」 「痛っ!?だからって手叩くことはないじゃん!」 いい音がして俺の手が叩かれると、赤くもなっていないその手を大袈裟に摩り自室へと向かう。まだ少し料理が出来るまで時間がかかりそうだし、先に制服を脱いでおこう。 ご飯出来たら呼ぶねと俺の背中に向かって声を掛けてきた母親に生返事を返せば、2階へと上がって自室の扉を開く。
自室に入って制服を脱ぎベッドに放れば、何故か疲れがどっと溢れ出てそのままベッドへ腰を下ろす。 例の子供の事を除いて今日1日特に何があった訳でもないが、佐藤さんの事もあり気を張りすぎたのだろうか。 疲れには抗いきれず、母親に怒られてはしまうが少しだけと体を倒した。少しだけ寝て食事を取ったら、佐藤さんに教えて貰った探偵について調べよう。時間が遅いからきっと連絡を取るのは明日になってしまうが、仕方ない。明日なら丁度学校も休みだからゆっくりと美月探しに専念出来る。 だから少しだけ、今は少しだけ...
閉じていく瞼とやってくる眠気には抗えず、俺は静かに眠りについた。