紫side
初恋の相手は
夏に消えた幽霊だった。
瞼の裏側で描いた記憶は眩しくて
直視するにはいささか青い。
されど
絶対に忘れてはいけない日々。
俺は感傷を振り払うように
首から下げたあカメラを構えてシャッターを押下する。
切り取られた如意ヶ嶽(ニョイガタケ)の中腹には
沢山の火床が大文字に並べられている。
これらは数時間後に点火され
京都の盆の風物詩と化す。
ふと耳をすませば
喧騒が遠くにあった。
鴨川デルタの周辺は早くも賑わっているようだ。
高揚感を原動力にして
俺は自転車のペダルを踏み込む。
橙色に染まった川端通には
どこまでも夏の匂いが漂っている。
きっと俺は
何年経ってもこの場所に帰ってくるのだ。
そんな予感を胸に秘め
向かい風を吸い込むと
小さな虫がするりと鼻腔に侵入した。
紫
自転車を止め激しく咳き込む。
不意を突かれ
鼻の奥地まで開拓された。
胃を吐き出す勢いでえずいていると
涙で滲む視界に小学生とおぼしき少年を捉えた。
突如豹変した俺の様子に恐怖を抱いたのか
表示が引きつっている。
紳士として
若い芽に不安を覚えさせるのは本意ではない。
無事アピールをすべく
鼻息で無視を吹き飛ばしてみた。
少年
少年は悲鳴をあげながら一目散に逃げていく。
どうやらまだ
大人の魅力が理解出来る年齢ではないらしい。
ひと夏の思い出だと割り切って成長してもらうしかない。
そんな発展途上の小さな背中に暖かい眼差しを送ってから
ゆっくりと視界を空に移した。
今年の出来事も
彼は俺が大好きな笑みで眺めているだろう。
先輩は変わってないですね
なんて生意気な評価を口にしながら。
紫
紫
俺はにっと口角を上げてから
再び前を向く。
広がる夕景は
あの頃と何も変わらない。
今年もまた
大好きな季節が巡ってきたのだ。
次回作 ❤×20
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