俺はおもむろに虚空を掴む
数秒後、その手に握られていたのは
一振りの剣だった
ああ、やはり
俺にはこれが合っている
とある街の一角
超高層の建造物が大きな影を落とす
時折ビル風が
俺の耳をかすめていった
その風切り音に混じっているのは
肉の爆ぜる音、金属同士のぶつかり合う音
典型的な戦闘音だ
俺たち二人は
[ ]
いるま
慣れた調子で
いつもの配置に着いた
俺は前線で剣を振り回して暴れまわり
後方で構える彼は
魔法を駆使し 敵の脳天を確実にぶち抜いていく
俺たちを視界に捉えた敵は例外なく皆
絶望の表情を浮かべていた
まるで怪物でも見ているかのような目
こんな目を向けられるのに 慣れてしまった自分に
心底嫌気が差す
双鬼だ!!
誰かの叫び声が
この薄暗い戦場に響いていた
双鬼
当時、今世紀最恐と謳われたタッグ
その片割れだった俺は
相棒とともに数多の戦場を駆け巡った
俺は近接、彼は遠距離を得意とする
つまり、だ
俺は近接武器の専門家と言っても 過言ではないのである
そんな近接元プロの俺にかかれば
この程度の火柱を消し去ることなど
余裕だ
………
過去の俺にとっては、だが
うまく力が入らない腕に
俺は今更ながら嫌悪感を覚えた
俺の体の麻痺は
歳を重ねるごとにどんどんと重くなっている
三年前は感覚麻痺程度で済んでいたが
今では神経にまで異常をきたしているざまだ
双鬼の片割れとして恐れられていた あの頃の姿は
見る影もない
目には目を歯には歯を
魔法には魔法を
それが世の一般常識
魔法に剣で挑もうなど馬鹿げた思考だ
分かってるさ
昔の俺ならともかく
今の俺は相当弱い
それでも………
俺は剣の柄を精一杯握った
正直、こんな体で
どこまでできるのか分からない
一振りで動けなくなる可能性だってある
けれど
何もしないよりは良い
俺は過去の感覚を頼りに剣を構える
いくら体が麻痺していても 体は覚えているようで
俺の動作はスムーズだった
やることは簡単だ
魔法ごと切ってしまえば良い
剣では魔法に叶わないと
誰か証明でもしたのかよ
かつての俺はそれをやってのけたんだ
できない理由がない
俺は目を瞑り
深く息を吐く
俺は今から
あの火柱を切って消滅させる
できるさ…、俺になら
イメージを形に___
俺は今一度柄を握り直し
瞼を開ける
いるま
つい声が裏返る
天井まで届いていたであろうあの火柱は そこにはなく
あったのは
今にも消えそうな残り火だった
円状に弱々しく燃えるそれの中心には
いふさんの姿があり
1冊の開いた本を片手に立ち尽くしている
いるま
俺はそう呟きながら
握っていた剣を何処かへ投げ捨て
いふさんの元へと走り出した
途中で転けそうになりながらも必死に…
いるま
抵抗なく火円の中へと足を踏み入れる
ついさっきまで 火柱が立っていた場所なのだから
その中に入るだけで 俺が悪影響を受ける可能性はあるが
そんなことはこの際どうでもいい
いるま
俺はifさんの肩を掴み
前後に揺さぶりながら呼びかけた
肩を掴んだ手がしっとりと濡れる
彼は服が肌に張り付くほど
全身に汗をかいていたのだ
彼は彼で、火柱に抵抗したのだろう
if
彼は我に返ったかのようにハッとして
こちらを見つめた
if
いるま
いるま
俺は少々焦り気味に彼に問う
if
if
いるま
if
if
if
if
if
if
if
ifさんはやけに早口でそう言った
まるで子供が言い訳をするようなスピード感で 言葉が次々と出てくるものだから
いるま
俺は思わず笑ってしまった
意外と元気な彼の様子に一安心する
俺はその場にしゃがみ込んだ
緊張がほどけ、肩の力も抜けたようだ
無理矢理動いた反動で節々が痛みだす
アドレナリンがきれたか……
俺はそのままifさんに状況説明をし
あたふたとする彼を落ち着かせた
なつの過呼吸の件と言い火柱の件といい
今日の俺は状況説明ばかりしてるなぁ
一通りの説明が終わり
ifさんからの質問にも返答した俺は
いるま
力尽きてその場に寝転がる
さすがに疲れた……
早く家に帰って寝たい
いつもならさっさと帰るか この場で寝落ちしていただろう
だが今日だけは寝るわけにはいかない
俺は重い瞼を無理矢理押し上げて
勢い良く飛び起きる
さっきの会話中に
俺たちは驚くべきものを発見した
ifさんが「字体が違う」と指摘していた文章
あれが丸ごと違う文章へと変わっていたのだ
あの火柱と何か関係があるのかもしれない
が、俺が衝撃を受けたのは此処から
文章が変わったのと同じタイミングで
何も書かれていなかった白紙の部分に
ある記号がふわりと浮かんだのだ
いるま
いるま
いるまの声だ
俺は声のする方へと顔を向けた
いるま
彼に手招きされた俺は
彼の元へ向かおうと立ち上がる
コツン
歩き出した足に何か当たった
?
足元を見ると
重そうな金属の塊が転がっている
なにこれ……
まあ、なんでも良いか
俺は何もなかったかのように いるまに駆け寄った
俺は考えていた
いるま達との付き合い方について
俺が彼らのことを 駒扱いしていることが判明した以上
これまでと同じように彼らに接していては 俺の身が持たない
そこで俺はこう考えるようにした
しょうがないじゃん
全部あの裏切り者のせいなんだから
と
元恩師に責任転嫁をしたのだ
良いでしょ、別に
結局は俺が殺すわけだし…、?
暇72
俺は二人のもとに着いて早々
呑気に話しかけた
あれ?
だが俺と二人のテンション差は一目瞭然
二人は険しい表情をしている
暇72
俺は場を和ますために
わざと明るく振る舞った
それでも彼らの表情に変化はない
まさか
バレた?!
冷や汗が額をつたう
俺が二人のことを駒扱いしていること、 知られたのか?!
いるま
いるまの声に俺は肩を震わせる
いるま
心音がうるさい
手汗がやばい
頼む頼む頼む
違う話であってくれっ!!!
俺は心のなかで手を合わせる
俺の緊張がピークに達したその時
いるま
いるまはほんの一部を指差してそう切り出した
「この部分なんだけどさ」……?
これって………
いるま
俺の話じゃない……!!
いるま
暇72
俺は安堵のため息を漏らす
いるまはポカンとしながらも
いるま
冷静に突っ込んできた
暇72
暇72
俺は慌ててそう取り繕って
深く息を吸った
ゆっくりと吐く
気を取り直して
俺は彼の指差す場所へと目線を移した
暇72
暇72
いかにも間抜けな声が口から漏れる
そこに描かれていたのは___