テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第1話 隣にいる奇跡
4月の空気は、どこか曖昧だ
冬の名残を引きずった冷たさと、
春の柔らかい光が混ざりあっていて
どちらにも完全には寄りきらない。
その中途半端さが
どうにも落ち着かなくて、
私は少しだけ肩をすくめた。
昇降口
昇降口の前で立ち止まり、
掲示されたクラス分けの紙を見上げる。
人の名前がびっしりと並ぶ中から、
自分の名前を探す作業は
毎年のことなのに、何故か
少し緊張する。
澪桜
小さく呟く
2年3組。藤崎澪桜。
その文字を見つけた瞬間
胸の奥にあった何かがすっとほどけた。
知らないクラスになるかもしれない。
仲のいい友達と離れるかもしれないーーー
そんな不安が、少しだけ軽くなる。
隣で、パっと明るい声が弾けた。
麗那
振り向くと、高橋麗那が大きく手を 振っていた。
いつも通りの元気な笑顔に、 思わず頬が緩む。
澪桜
麗那
そう言って、麗那は自然に私の腕を引く。
その勢いに引っ張られるようにして、私は教室に向かった。
廊下はザワザワしていて
あちこちで名前を呼び合う声が飛び交っている。
新しい関係が始まる独特の空気に、 少しだけ息が詰まりそうになる。
放課後。
最初の日ということもあって、 授業は早く終わった。
帰り支度をしながら、 私はなんとなく隣を見た。
優斗
朝倉がそう言って、鞄を肩にかける。
澪桜
自然に返事が出たことに、少しだけ驚く。
まだ一日しか話していないのに、 ”また明日”がこんなに当たり前に 感じられるなんて。
教室を出て、 りなと一緒に昇降口へ向かう。
くだらない話をしながら笑っているのに、ふとした瞬間に、頭の中に別の光景が 浮かぶ。
ノートを覗き込まれたときの距離。
「ありがとう」と言ったときの声。
ほんの世細な出来事。
それなのに、 どうしてこんなに残るんだろう。
靴を履き替えて、外に出る。
帰り道、ふと振り返る。
きっきまでいた校舎が、 夕方の光に照らされている。
その中のどこかに、 彼もまだいるのかもしれない。
そんなことを考えている自分に、 少し驚いて、少しだけ笑ってしまう。
ーーたぶん、これはまだ始まりですらない
でも。
ほんの少しだけ、世界の見え方が変わった気がした。
それが何なのか、まだわからないまま。
春は、静かに進んでいく。
𝐧𝐞𝐱𝐭…🩷🌸🫧🎀
教室に入ると黒板には席順が 書かれていた。
出席番号順に並んだ名前を目で追いながら 自分の席を探す。
澪桜
窓側から3列目、前から2番目。
思っていたよりも前の席に、少し驚く。
机の上にはまだ何も置かれていなくて、 どこかよそよそしい。
鞄をそっと置いて、椅子を引く。
そのとき、隣の席にすでに 誰かが座っていることに気づいた。
優斗
不態に声をかけられて、私は顔を上げた。
そこにいたのは、 見覚えのある男子だった。
同じ学年で、たぶん何度か同じクラスに なったこともある。
でも、ちゃんと話した記憶は ほとんどない。
澪桜
少し遅れて返事をする。
彼は軽く笑って、 それ以上は何も言わなかった。
朝倉優斗。
黒板の席順で見た名前が、 頭の中でようやく一致する。
派手ではないけれど、どこか目に残る人。
そんな印象だけがぼんやりとあった。
それ以上でも、 それ以下でもないはずだったのに。
ーーこのときは、まだ知らなかった。
この席が、 こんなにも特別な場所になるなんて。
ホームルームが始まり、担任の三浦先生が自己紹介をする。
周りでは小さな声で会話が続いていて、 完全に静まることはない。
私はノートを取り出して、なんとなく 机の上を整えた。
そのとき、隣から小さな声がした。
優斗
見ると、朝倉が少し困った顔をしている。
澪桜
ペンタースを開けて、 替えを一本取り出す。
澪桜
優斗
そのやり取りは、 本当にそれだけのことだった。
でも、不思議と印象に残った。
理由はわからない。
ただ、声のトーンとか、目線とか、 そういう細かいものが、
妙に自然だったからかもしれない。
授業が始まる。
新しい教科書の匂い。ページをめくる音。
先生の説明を聞きながら、 私は何度か隣を意識してしまう自分に 気づいた。
朝倉は、特別真面目というわけでもなく、かといってふざけるわけでもなく、
ちょうどいい距離感で授業を受けている。
その”ちょうどよざが、 少し羨ましかった。
休み時間になると、 麗那がすぐにこちらへやってきた。
麗那
澪桜
麗那
からかうように言われて、 思わず苦笑する。
澪桜
そう言いながらも、さっきのやり取りを 思い出してしまう。
普通、のはずなのに。
どこかで、その言葉に違和感を 感じている自分がいた。
空はまだ明るくて、 春の風がやわらかく吹いていた。
麗那
りなが横から顔を覗き込む。
麗那
澪桜
麗那
図星を突かれて、少しだけ言葉に詰まる。
澪桜
ごまかすように笑う。
でも、本当は自分でもわかっていた。
今日一日で、何かがほんの少しだけ変わったこと。
名前もつけられない、 小さな違和感みたいなものが、 胸の奥に残っていること。
それはまだ、”好き”なんて呼べるもの じゃない。
ただ、少しだけ気になる。
少しだけ、意識してしまう。
それだけのはずなのに。