テラーノベル
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―碧視点―
雨が降っていた
肌寒い春の終わり。なのに、傘も持たず、制服のまま夜の街を彷徨っていた
父の怒鳴り声と、飛んできた茶碗の音がまだ耳に残ってる
夕飯時、ささいなことで怒鳴られた
俺が悪かったのかもしれない
でももう、耐えられなかった
靴の裏はびしょ濡れで、ジーパンの裾が重たくて歩きづらい
けど、戻る場所なんて、とうの昔に消えていた
碧
ため息まじりに見上げた夜空は、街灯に遮られて星一つ見えなかった
喉が乾いていた
携帯のバッテリーは赤かった
でもどこにもかける相手はいない
駅前のロータリーを抜け、繁華街に近い路地裏まで来ていた
ネオンの光が濡れたアスファルトに反射して、世界は仄暗い海の中みたいだった
そんなときだった
隼人
振り返ると、男がいた
黒いコートにゆるく巻いたマフラー。片手には煙草
濡れた髪を掻き上げる仕草が妙に色っぽい
俺は一瞬、言葉が出なかった
だって、その男――
綺麗だったから
女みたいに整った顔立ち。でも目は笑ってない
薄く笑う唇の奥に、どこか壊れた気配が見えた
碧
そう答えたのに、男はふっと笑って言った
隼人
碧
隼人
その男――黒川隼人との最初の会話は、たったそれだけだった
それだけなのに
俺は、逃げるように目を逸らせなかった
なぜか、この人は俺を見てくれる気がした
他の誰もが見ないふりをする中で、この人だけが、俺を“拾った”
隼人
男が煙草を指でつまみながら言った
俺は、喉の奥で何かが詰まるのを感じながら、たった一言、首を縦に振った
―隼人視点―
雨が降っていた
タバコに火を点けてすぐ、煙が湿って苦くなる
吸っても吸っても、何も満たされやしない
今日もまた、いつも通りの夜だった
売上は悪くない。女には困らない
酒はタダみたいなもんだし、誰かに縋られるのにも慣れている
でも、全部どうでもいい
……もう何年も、何かを心から欲しいなんて思ったこと、ない
夜の繁華街は人だらけなのに、やけに静かに感じた
雨のせいか、酔った女たちの笑い声すら遠い
ふと視界の端に、ひときわ浮いた存在が見えた
――ガキ
制服のまま、びしょ濡れで、今にも倒れそうな足取り
こんな時間に、こんな場所に、こんな顔で立ってる子供
普通なら無視する。関わるのも面倒だ
でもなぜか、目が離せなかった
どこかで見たことがあるような顔だと思った
いや、見たことなんかない
ただ――昔の俺に似てたんだ
何かに追い詰められて、それでも誰にも助けを求められなくて
それでも誰かに気づいてほしくて、彷徨ってる
そういう匂いが、嫌でも伝わってきた
隼人
気づけば声をかけてた
心配なんかじゃない。ただ――
俺が飽きてたこの夜に、少しだけ“色”が欲しかっただけ
ガキはこっちを見た
怯えたような、諦めたような目
だけど、どこかで俺を信じようとしてた
……バカだな、と思った
隼人
碧
反射的にそう返してきたけど、声は震えてた
まだ何も知らねぇガキ。だけど、放っておけなかった
隼人
言いながら、自分でも驚いてた
こんなこと、今まで一度もしたことない
ガキを家に入れるなんて、面倒くさいに決まってる
なのに、こいつが頷いたとき――
胸の奥が、ざらっと揺れた
(……あー、やっかいなもん拾っちまったかもな)
それが、水城碧だった
あの夜、濡れ鼠みたいな顔で俺を見上げた、そのガキ
俺はまだ知らなかった
あの目が、俺の底に沈んでいた“何か”を引きずり出すってことを
だいふく
だいふく
だいふく
コメント
20件
二人の視点に分けてくれることで、それぞれどんな気持ちになってるかがわかって読むのが楽しい! これから隼人が碧に依存していく未来がもう見えた…!
すき
やっぱりナレーション?的な小説の部分を書くのがうまいんよ!まじで、吸い込まれる(*˙0˙* )今、紙の方で小説読んでるけど、やっぱり苦手でした笑 テラノベ最高‼️ 続き待ってます(*^^*)