テラーノベル
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―隼人視点―
隼人
俺は歩き出すと、ガキは小さく頷いて後ろからついてきた
まるで捨て犬だな、と思った
それも、腹を空かせて、怯えてて、でも最後の最後で人間を信じようとしてるやつ
バカみたいに真っ直ぐで、嫌いじゃなかった
夜の街を抜けて、俺のボロいマンションに着くまで、一言も喋らなかった
ガキも黙ってた
無言の間、背後に小さく濡れた足音がずっとついてくるのが妙に耳に残った
ガチャ、と鍵を開けてドアを押し開ける
隼人
そう言うと、ガキは遠慮がちに靴を脱いで中へ入った
制服の肩には雨のしずくがたっぷり残ってて、床にぽたぽた落ちてた
俺は靴を脱ぎ捨てながら、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して手渡した
隼人
碧
ガキは一瞬、警戒した顔をした
そういう意味で言ったんじゃねえよ、って言いかけてやめた
……そういう意味でも、別にいいかと思った自分がいた
隼人
碧
やっと出た声は小さくて、少しだけ震えてた
水を一口飲んで、ガキはようやく呼吸を整えたみたいだった
隼人
碧
隼人
少し間を置いてから、彼はぽつりと答えた
碧
みずしろ あお
音だけ聞けば、女の名前みてぇだなと思った
けど、目の前のこのガキには妙に似合ってた
青――濃い夜の底に沈んだような、無色透明な瞳
心の奥まで全部見えそうで、逆に何も見えない
隼人
そう口に出してみて、軽く舌に転がした
どこか冷たい響き。だが、癖になる音
隼人
そう言って笑うと、碧はほんの少しだけ、目を伏せて頷いた
―碧視点―
隼人
タオルを受け取る手が少しだけ震えた
寒さのせいか、緊張のせいか、自分でもよくわからなかった
碧
浴室のドアを閉める
曇った鏡が、自分を映す
制服は雨でびしょ濡れ。冷たくて、重くて、肩が妙に痛かった
ゆっくりとボタンを外し、制服を脱いでいく
シャツの下、薄い皮膚の上に残った痣が、青く広がっていた
(また……増えてる)
鏡の中の自分が、少しだけ他人みたいに見えた
頬の下、二の腕、肋骨のすぐ横
全部、父親の手の跡だった
でも、痛くない
もう、慣れた
シャワーの取っ手をひねる
お湯が出るまで数秒の間、音が空っぽの空間を満たした
湯が肌に触れた瞬間、びくりと肩が揺れる
冷え切った体に、熱が刺すように染み込んでいく
――ここ、どこだっけ
数時間前まで、家の食卓にいたのに
今は知らない男の部屋
何者かも知らないくせに、俺を拾った男
でも、なぜか――
怖くなかった
(黒川、隼人……)
名前を口の中で転がしてみる
低くて、重たくて、少し冷たい音
でも、心のどこかをざらっと撫でるような、そんな響きだった
(……この人、俺を見てくれた)
それだけで、なんだか胸がいっぱいになるのが情けなかった
湯を頭からかぶると、一気に涙が出そうになった
だけど流すのは、湯だけ
涙は、もう出ない
バスタオルで濡れた髪を拭きながら、借りたTシャツをかぶる
ぶかぶかで、肩が泳ぐ
でも、なんだか妙に安心した
浴室のドアを開けたとき、リビングのソファで隼人が缶コーヒーを飲んでいた
煙草は吸っていない
ただ静かに、こっちを見た
隼人
碧
そう答えると、隼人はほんの少しだけ目を細めて笑った
その笑顔が、たまらなく――あたたかく、そして怖かった
―隼人視点―
シャワーの音が止まってから、少し間があった
きっちり何分、とか数えてたわけじゃねぇけど――
なんとなく、それくらい気にはなってた
隼人
缶コーヒーはもう冷めていた
煙草に手を伸ばしかけて、やめた
いつもなら、こんな間が退屈で仕方ないのに
ガチャ、と浴室のドアが開いた
碧が出てきた
借したTシャツを着て、髪をタオルで拭いている
びしょびしょだった制服は腕に抱えてる
隼人
碧
声がさっきより少しだけ素直になってるのがわかった
こいつなりに気を緩め始めてる――
そう思った、まさにその瞬間
Tシャツの裾がめくれた
何かが目に入った
一瞬だけだった
でも、はっきり見えた
痣
それも、古いのと新しいのが混ざってた
腹の横、肋骨の辺り
細くて白い肌の上に、青黒い跡が滲んでた
(……ああ)
一気に、いろんな点が線で繋がった気がした
制服の濡れ方、寒さに強いフリ、怯えた目、あの表情
こいつ、殴られてる
親か? 誰だ?
いや――そこを詮索することに、何の意味がある
隼人
こいつが俺の前に現れたのは、ただの偶然だ
それに、俺は救世主じゃない
人助けで生きてるわけじゃない
でも――
隼人
俺は、軽い口調のまま、何でもないことみたいに言った
隼人
一瞬で、碧の顔が強ばった
手が止まる
タオルを握る指に、無意識に力が入ってるのがわかった
……図星、ってことか
だけど、こいつは何も言わなかった
ただ、ほんの少しだけ顔を伏せて、静かに笑った
碧
その言葉が、思った以上に胸に刺さった
(“いつものこと”って、なんだよ)
俺は何も言わなかった
何も言えなかった
そのとき俺は、このガキを放っておけなくなる未来が見えた気がした
隼人
そう言いながら、ソファにどかっと座った
碧は一瞬きょとんとする
碧
隼人
碧
隼人
俺はそう言いながら、背もたれにぐったりともたれた
正直言えば、別に床でも平気だった
というか、普段からソファで寝落ちして朝を迎えるなんてザラだ
けど、そういうことじゃない
このガキが、俺のベッドに入ってるっていうその事実だけで、
なんかこう――妙に気持ちがザラつくのが、自分でもよくわからなかった
隼人
碧
隼人
碧
隼人
冗談っぽく笑ってみせたけど、碧は反応しない
ただ、少しの間考え込んでから、ぽつりと口を開いた
碧
“お借りします”って言い方に、思わず笑いそうになる
隼人
碧
隼人
碧はベッドの脇に立ったまま、なかなか横になろうとしない
タオルで髪を拭きながら、落ち着かない目をしてた
(……警戒してる、か)
そりゃそうだ
知らない大人の家
年上の男
しかも、自分は痣だらけで、逃げるように飛び込んできた身
俺が逆の立場だったら、とっくに逃げてる
隼人
碧
隼人
碧
碧の目が、ほんの一瞬だけ見開かれる
隼人
冗談混じりにそう言ってみたけど、碧の耳がじわっと赤くなったのが目に入って、少しだけ罪悪感
隼人
そう言って、俺はそっぽを向いた
碧が静かにベッドにもぐる気配
布団の擦れる音
一呼吸ごとに、室内の空気が少しずつ落ち着いていく
だけど俺の胸の中は、妙に落ち着かなかった
拾っただけのはずだった
助けたわけじゃない
なのに――
このガキの寝息を聞きながら、妙に心がざわついてた
だいふく
だいふく
だいふく
コメント
15件
やっぱり神作だったー!!
え?好きヤクザのやつもいいけどこっちも良き♡