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晋視点
手首の痺れは もう慣れた。 肩の痛みも 腹の重さも 目のかすみも 全部 慣れた。
不自由な身体より、 「それでも感情だけは動かしたくない」って、 ただ、それだけを守っていた。
無視すること。 黙ること。 反応しないこと。
それが、自分に残された最後の防壁だった。
けれど。 その夜、また扉が開いた。
誘拐犯
そう言って、男たちは笑いながら部屋に入ってくる。 手には、妙にカラフルな服と、メイク道具、カツラ。
目を疑った。 何を、するつもりか。 ……すぐにわかった。
誘拐犯
誘拐犯
誘拐犯
喋ってない。 動いてもいない。 でも、心はちゃんと生きてる。 怒りも 憎しみも 悲しみも ここにある。
なのに、コイツらは──
誘拐犯
頬を撫でる。 唇に、濃い化粧が塗られる。
わざと下手に塗られて、口の端までベタベタにされていく。
誘拐犯
誘拐犯
子どもに話しかけるような口調。 笑いながら、無理やり顔を上に向けられる。
身をよじろうとすれば、 肩の関節が悲鳴を上げる。
(動かないで) (反応しないで) (痛くても、何も、しない)
晋
自分に言い聞かせる。 ここで一瞬でも感情を見せたら、また、記録される。
でも
誘拐犯
差し出されたのは、歪んだ鏡。
そこに映るのは、 顔中に傷と腫れを抱えた自分が、 厚塗りの化粧で"笑顔風"に加工されている姿。
くすんだピンクの唇。 ぐちゃぐちゃなカツラ。 頬に走る殴打の跡と、切れた口元の赤。
──それは、人間のように見えなかった。
鏡の中の自分が、 人形以下の、 “作品”にされていた。
そして── 次の瞬間、 耐えていた涙が、音もなく流れた。
晋
ぽたり、と。 頬の傷に触れることもなく、 ただ、涙だけがこぼれた。
視界が揺れる。
誘拐犯
男の声が軽く弾んだ。
誘拐犯
誘拐犯
笑い声。 カメラのシャッター音。 顔のすぐ横でパシャパシャと音が鳴る。
誘拐犯
晋
叫びたかった。 でも、叫べなかった。
今、声を出したら。 今、怒りをぶつけたら。
全部、負けた気がする。
だから。 ただ、涙を流すまま、 目を閉じた。
動かない。 喋らない。 黙ったまま、涙を流し続けた。
その涙は もう自分でも止められなかった。
誘拐犯
男たちは満足そうに言い残し、出ていった。
カメラの赤いライトが消える。 灯りが落ちる。 鍵が、かかる。
静かになった部屋の中で、晋は一人、涙を流し続けていた。
体も心も冷えていた。 でも、胸の奥ではまだ、何かが消えずに残っていた。
“こんなふうに泣きたかったんじゃない。” “理玖の胸で、泣きたかった。” “こんな形で、自分を見てほしくなかった。”
小さな声で、 口の中だけで、そっと呟いた。
晋
それは音にならなかった。 でも、確かに言葉だった。
そしてそれが最後の一滴の涙を呼び、 その夜、晋は眠れずに、ただ黙って震えていた
2025.08.07 公開
1495文字、61タップ お疲れ様でした