蘭堂さん
うう寒い・・・・・・風通しが良くなって三倍寒い・・・・・・風の当たらない土の中で、蝉の幼虫のように残りの人生を過ごしたい・・・・・・
屋敷の二階で、準幹部の蘭堂が震えていた。屋敷内は荒涼としていた。
爆発のために壁材が剥がれ、照明は天井から落ちて剥がれていた。
棚の小物は残らず壁にぶちまけられ、青い皿やら、苔色の本やら、橙色の絵画やらが床の上を賑やかに彩っていた。最後のおまけに敵兵の死体が床のデコレエションとして添えられ、赤い血液が全体の統一感を出していた。まるで前衛芸術だ。
太宰治
災難だったねえ、蘭堂さん。はいこれ、暖炉にくべる木材
蘭堂さん
うう・・・・・・助かるよ太宰君。
この屋敷に暖炉があって本当に良かった・・・・・・無ければ手っ取り早く暖を取るため、焚き火の中に飛び込んでいたところだ・・・・・・
太宰が手渡した木材を、毛布にくるまった蘭堂が暖炉へと放り投げた。
中原中也
おい包帯野郎、今の木材、どっから持ってきた?
太宰治
この家の柱
雫
柱・・・・・・
太宰治
蘭堂さんが襲われた理由は、おおよそ想像がつくよ
太宰治
『噂の拡張』だ。森派の蘭堂さんが爆発で殺されたとなれば、人々は“先代の怒り“をより強く実感するだろう。
実際、ここに来る前に雫さんに頼んで《GSS》の指揮車を調べたら、黒い爆発を偽装するための手順書が見つかった。
蘭堂さん
黒い爆発、とは・・・・・・?
太宰治
僕も詳しくないから専門的なところは後で調べるけど、
ナトリウムランプを光源にした薬品による炎色反応を利用すると、
黒に近い色の炎が作れるらしい。
太宰治
まあ、いずれお粗末な偽装作戦だよ。結局蘭堂さんを始末し損ねたうえ、偽装作戦部隊が返り討ちに遭ったんだから
中原中也
つまりこういう事か?
中原中也
《GSS》の連中がマフィアを仲間割れさせるために《荒覇吐》に
なりすまし、この旦那を襲ったが失敗した、と
太宰治
そうなるね
中原中也
んじゃ一連の黒幕は《GSS》の大将?
太宰治
その可能性は高いと思うけど
蘭堂さん
うう寒い・・・・・・《GSS》の現総帥は冷徹な異能者・・・・・・。
しかも彼は北米の秘密機関『組合』と深い関係にあると噂だ・・・・・・討伐するにしても、相当な準備をしなくてはならないと云うことができる・・・・・・太宰君、暖炉の燃料、おかわり・・・・・・
太宰治
はいどうぞ
雫
!?
雫
(あ、燃やした。)
太宰治
討伐する必要はないんだ。
僕達の目的は先代復活の嘘を大衆に晒すことなんだから。
てことで蘭堂さん。訊きたいことがあるんだけど
蘭堂さん
ううむ、いいとも。銀の託宣を持つ者の指示には逆らえぬし・・・・・・そうでなくとも森殿は私を高く取り立ててくださった恩人・・・・・・
太宰治
それはよかった。
それじゃあ蘭堂さんが擂鉢街で目撃した《荒覇吐》について詳しく教えて貰おうかな。
犯人に繋がる情報は、今のところそれしかないから
蘭堂さん
ああ・・・・・・あれは・・・・・・善く憶えているとも
蘭堂は、毛布に顎を埋めるように俯いた後、小さく
「忘れるものか」
と云った。
太宰治
蘭堂さん?
太宰が蘭堂を見た。
蘭堂の手が震えている。太宰にはすぐ判った。
ーーーこの震えは、寒さのためではない。
蘭堂さん
私は・・・・・・生き残った。
だが周囲の部下はことごとく・・・・・・燃えてしまった。
あの黒い炎で・・・・・・太宰君。君の作戦は正しい。
犯人を討伐するのではなく、企みを暴くのみに止める・・・・・・
そうしたまえ。そうするべきだ。何故なら、あれは本当に、
神なのだから。
人間が束になっても敵う可能性は全くないのだから・・・・・・
蘭堂の寒色の瞳には、はっきりと恐怖が揺れていた。
太宰は蘭堂がこれほど怯えた顔を見たことはなかった。
蘭堂のーーー百人の屍が転がる抗争の路上にあっても眉ひとつ動かさぬ凄腕の恐怖する姿
など、誰も見たことがない。
太宰治
詳しく話してよ蘭堂さん。
太宰治
面白くなってきた
蘭堂はひとつ咳払いをし、陰鬱な目で三人の少年少女を見比べてから、口を開いた。