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グレイスが部屋を出て行ったあと。

ステラ

静寂が部屋に戻る中。

ステラは、グレイスの席の前に出されたティーカップを手に取ると、余ったその中身をゆっくりと喉に流し始めた。

やはり警戒していたのか、グレイスは出されたそのカップに念のため一切口はつけていなかったが、しかし。

今となっては、その判断は正しかったと言える。

なぜならその紅茶には、ステラの仕込んだ毒が入っていたのだから。

ステラ

と、半分まで飲み干したところで、突如隣にいたカルセインがぱっと彼女の手からカップを取り上げ、彼は残りの紅茶を飲み干してしまう。

ステラ

ステラ

…セイン、

カルセイン

ん?

カルセイン

なんだ、

カルセイン

悪かったか?

ステラ

彼が口をつけたのは、間違いなくステラが口づけた場所。

幼稚な悪戯にステラはため息をついたものの、そんな彼女を前に、カルセインは満足げににっと口角を上げて笑ってみせるだけだ。

ステラが再び深いため息をつく。

カルセイン

…それにしても

カルセイン

…まさか、あそこまで扱いやすい奴だったとはなぁ…

カルセイン

もっと警戒心の強い奴かと思ってたぜ

ステラ

言葉を慎みなさい、セイン

ステラ

…廊下まで聞こえるわ

カルセイン

べつに聞こえやしねえって

カルセイン

…んで、本音は?

ステラ

ステラ

…想定通り、といったところかしら

ステラ

ただ、ジーク・ブラッドベッツとの婚約破棄…

ステラ

…あれは少し想定外だったかしら

カルセイン

あの地下監獄の化け物も味方につけたって噂もあるしな

カルセイン

上手く利用できれば上々…

カルセイン

早めに引き込んどいて正解だったな

ステラ

…そうね

シオン

まあ、でも

シオン

とりあえずは、上手くいったね

シオン

急な計画の変更で、一時はどうなるかとおもったけれど

ステラ

そうですね

カルセイン

で?

カルセイン

次は誰にするんだ?

カルセイン

ステラ

ステラ

ステラ

…そうね、

ステラ

次は…

ステラ

ステラ

…ロゼリア姉様

ステラ

あの人にしましょう

ロゼリア・ガルシオン。

彼女は公爵家の長女であり、ガルシオンの「2番目」の子供であり。

あの最有力候補者、レグルス・ガルシオンに次ぐ、継承戦の有力候補者だ。

…しかし。

ステラ

ステラ

…と、言いたいところですが

その時、ステラがちらりと扉の外に目を向けた。

すぐさまカルセインが走り出し、ドアの向こうの人物を部屋の中に投げ飛ばす。

メイ

きゃあっ‼

カルセインに投げ飛ばされ、床を転がり、ステラの前へと姿を現した人物。

…それは、グレイスの侍女であるメイ・リリアンヌだった。

メイ

…ス、ステラ様…

ステラ

ステラ

メイ・リリアンヌ

ステラ

私の部屋に何の用かしら?

メイ

…‼

ステラ

あなたは私の命令で姉様のもとに潜入していたにもかかわらず

ステラ

ヒース・ガルシオンのもとに寝返ったと聞いていたのだけど

メイ

い、いえ、

メイ

私は…っ!

ステラ

言い訳は結構

ステラ

姉様への毒の混入が露呈するという、取り返しのつかない失態

ステラ

加えて姉様を監視するという条件で、ヒース・ガルシオンに寝返るという始末

ステラ

…これのどこが違うというのかしら

メイ

…!!

ステラ

ステラ

…メイ、

ステラ

あなたは紛れもなく、私を裏切った反逆者よ

ステラ

…最期に何か、言い残すことはあるかしら

メイ

わ、私…は、

メイ

はっ、はっ、はっ、と、彼女の呼吸が早まる音が聞こえる。

…だがしかし、次の瞬間。

メイ

メイ

………え?

ステラ

しばらくして聞こえてきたのは、じゃり、と、ステラがメイの前に金貨の入った小袋を投げ捨てた音だった。

メイ

ス、ステラ様…

メイ

これは、

ステラ

メイ、あなたはクビよ

ステラ

…今日で私の「間者」はね

ステラ

今後私の目の前に現れない、邪魔をしないと約束するのなら、

ステラ

あとはあなたの好きにすればいいわ

メイ

え…

メイ

で、ですが、

ステラ

これは今までの報酬分よ

ステラ

…わかったらさっさと出て行って

メイ

しょ、…承知、致しました

メイ

…ありがとう、ございます

メイはそう言って一度だけ頭を下げると、ばたばたと部屋を出ていった。

静寂の戻った部屋に、ステラが小さく息をつく音が響き渡る。

シオン

シオン

…本当によかったの?殺さなくて

シオン

彼女がまた何かしでかさないとは限らないよ

ステラ

かまいません

ステラ

兄様もご承知でしょうけれど…

ステラ

メイの実家であるリリアンヌ子爵家は、現在家計が火の車

ステラ

そして私は、彼女の家の借金を帳消しすることを条件に、メイを間者として取り立てました

カルセイン

あぁ…

カルセイン

そういやそうだったな

ステラ

子爵家の負債を肩代わりしただけではなく、娘の罪まで看過したのです

ステラ

今後リリアンヌ家は、こちらに従わざるを得ないでしょう

カルセイン

なるほどな

カルセイン

俺たちにとっちゃ、あの侍女を殺すより、生かした方が得だったってわけだ

ステラ

子爵家は貧しいですが、人脈に長けた一族であることは確かです

ステラ

味方につけておいて、損はないでしょう

シオン

…シオンはたまに、妹である彼女が恐ろしく感じる時があった。

十四歳という幼い年齢の割には、大人も顔負けする落ち着き払った態度と完璧な所作。

何を考えているのかわからない上に、魔術の類かと思われるほど優れた先見の明を持ち、

温情かと思えばそれは踏み台の一つにしか過ぎず、目的のためなら手段も問わない冷徹さ。

彼女が継承戦の最弱候補者に関わらず、この歳まで生き残れてきたのは、何もシオンやカルセインのおかげではない。

飛び抜けた高い知力と残忍さを伏せ持つガルシオンの血を、間違いなく彼女が誰よりも濃く受け継ついでいるからだ。

ステラ

…それで

ステラ

あなたの処遇はどうしようかしら

ステラ

…ジーク・ブラッドベッツ

ジーク

ッ…っ、ッ!!

彼女はそう静かに呟くと、部屋の隅に倒れる、栗毛色の髪の男に向かって目を向ける。

そこには、手は縛られ、脚は折られ、肩や腹など体のあちこちからは大量に血が滴り落ちている…

グレイスの元婚約者であり、ステラの「2人目の間者」である、ジーク・ブラッドベッツの姿があった。

ステラ

ステラ

…あなたは、生かしても使い道がなさそうね

ぱらぱらと砕けた石が粉となり、天井から降り注ぐ、崩落した地下監獄。

…そこには、1人の男が立っていた。

ロゼット

男の名は、ロゼット・ガルシオン。

歴代最多となる九人の妻を娶り、その間に生まれた十一人の子供を持つ、

正真正銘、現ガルシオン公爵家の当主だ。

ロゼット

今はもう没落してしまったが、彼は名門【医術】のアクロイド伯爵家の出身であり、

二人の兄と一人の弟、妹を手にかけ、当主となった、かつての継承戦の生き残りでもある。

しかし、彼は今も昔も一貫として、当主の座に興味はない。

…本当に全部、どうでもいいのだ。

彼女を失ったあの日から、彼は何もかも興味を失った。

ロゼット

ロゼット

…レナ、

アビス

ロゼットは、地下監獄の中央にいつまでも佇む彼女の幻影、黒髪の幼子に手を伸ばす。

それは、片割れのヘルと共にグレイスに連れられ、先日地下監獄を去ったはずのアビス・ガルシオンの姿だった

ロゼット

ロゼット

…本当に、忌々しいほどアイツにそっくりだな

アビス

ロゼットは苛立ちに任せるまま、彼女の首をへし折ろうと、アビスに向かって手を伸ばす。

…しかし。

次の瞬間。

ロゼット

…!

突如、ぱき、と。

彼女の姿は、一瞬にしてぱらぱらと砂と化してしまった。

ロゼット

ロゼット

ロゼット

…また私を拒むのか、

ロゼット

…レナ

静かな地下監獄に、ロゼットの声がぽそりと小さく響き渡る。

その声に答える者は、もはやこの世に存在しなかった。

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