テラーノベル
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どうでもいい質問を投げかけた
だけどほとけっちと初兎ちゃんは 「よくぞ聞いてくれました!」 と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべて、
そう言って、また顔を見合わせた。
もちろんりうらはそんな話を聞かされているはずはなく
聞くんじゃなかったと一瞬にして後悔する。
わざとらしく、りうらに抱きついてくるほとけっち。
初兎ちゃんは初兎ちゃんで笑顔が不自然だ。
と言いかけた言葉は、初兎ちゃんの
といとも簡単にかき消されてしまう。
初兎ちゃんが得意げに語り
それに感心したほとけっちが
尊敬のまなざしをりうらに向けた
にこっと笑いかけてくるので、
文句なんて言えるはずもなく。
かすかに口の端を上げると
2人は満足そうにうなずいてあっという間に
教室を出た。
__『また今度』
そんなの一生来ないと分かっていた
いつもそう。
カラオケもプリクラも「楽しかった」の事後報告
そして決まって
「りうちゃんはまた今度ね」
と付け加えられるんだ。
りうらたちが初めて出会って1年とちょっと
いつの間にか
3人は『1人と2人』に分けられてしまった。
りうらはカバンを持って席を立った。
人けのない階段を1段1段ゆっくりのぼる。
ここの階段はホコリっぽくて静かだ。
理科室と美術室しかないから、生徒は普段近づかない
4階に着くと、美術室の前まで迷いなく進み
廊下にもう長いこと貼ってある絵を
乱暴に引き剥がした。
きっとこの絵が1枚なくなったところで誰も気づかない。
今だって美術室に部員がいるはずなのに
みんな自分のことで一生懸命で
廊下にいるりうらのことなんて気にする人はいないんだから。
そういうものなんだ。
私の存在もこの絵と同じ。
なくなったところで誰にも気づいてもらえない。
右手に絵をしっかり持ち
くるりと引き返して階段を見上げた。
4階の上____
屋上へと続く階段は
黄色と黒のしま模様のテープでふさがれていた。
『屋上には絶対に出てはいけません』
いつかの朝礼で先生が言っていた言葉。
フェンスの調子が悪いとかで危ないからだそう。
でも、こんな風に装飾されると
逆に入ってみたくなるのはりうらだけだろうか。
片足を少し上げれば簡単に越えられてしまう。
りうらは軽々とそれを超えると
屋上へと続くドアに手をかけた。
意外にも鍵はかかっておらず
ドアは簡単に開いた。
5月とはいえ、夕方になれば少し肌寒い。
サッカー部の声が風にのって聞こえてくる。
フェンスギリギリまで歩いて彼らの姿を確認すると
その小ささに思わずホッと息をついた。
この距離なら見られることはないだろう。
りうらは手に持っている絵を無造作にちぎった。
1度、2度、3度。
そこへタイミングよく強風が吹いてきて
りうらはスカートを押さえるのも忘れて
絵だったものを空へと思い切り解き放った。
一瞬にしてそれらは風にのって散り散りに飛んでいく。
ひらひら、ふわりと空のオレンジに溶けて
みるみるうちに見えなくなった。
終わった。あっけなかった。
絵が好きだった。
絵をもっと描きたかった。
本当は美術科のある高校に行きたかった。
だけど_____。
お母さんの声が耳の奥でこだまする。
そうだよね。
りうらはお兄ちゃんの代わり。
成績優秀で
おとなしくて
しっかり者で
お母さんの言うことは素直に聞いていた
お兄ちゃん。
元々、自分の意見をめったに言わない人だったけれど
実は胸の内に秘めた思いがあったかもしれない。
お父さんの跡を継いで、医者になるはずだったのに
大学に行ってすぐ
と言ってどこかに行ってしまった。
そんなお兄ちゃんの…代わり。
最初から分かっていた。
本当はずっと前から知ってたんだ。
誰からも必要とされていないこと。
友達からも、親からも。
誰も、りうらを『りうら』として認めてくれない。
____りうらを見てくれてない。
どろどろとしたものが胸の奥から込み上げてくる。
_____りうら、なんのために生きてるんだろう。
1度そう思ったらどんどんみじめになってきて。
悔しくて、悲しくて。
…あ、ダメだ。
吐きそう。
フェンスに思い切りもたれかかってこらえる。
はるか彼方にあるはずの地上が
ぐんぐんと近づいた感覚になった。
このまま…このまま落ちたら楽になるのかな。
「死」はどこにでもある。
ありふれた普通のこと。
今さらりうら1人いなくなったところで、別に___。
その時天から声が聞こえてハッとした。
でもここは屋上だ…ありえない。
もしかして、天使?
その割には声の調子が軽すぎる。
うつろな目で見上げると
目が覚めるような青色が目に入った。
ピントがあった瞬間にりうらの目の前に現れたのは
神でもなく天使でもなく、まぎれもなく
人間の男の人だった。
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