遂に、この日が来てしまった。
外は清み渡るほどの快晴。
どこまでも清み渡る青空とは反し、俺の心は、さざ波がひいたり、満ちたりを繰り返している。
あの日、俺の心と体を南雲の兄貴に渡したのだ。だから、波に心を捕らわれてはいけないと言い聞かせ、心に蓋をする。
和中蒼一郎
小峠華太
迎えに来てくれた和中の兄貴の手をとり、祝言会場へと赴く。
俺たちが歩くと、口々に祝辞を述べられる。
その人だかりの中に、南雲の兄貴の姿があった。
俺は顔を向けずに、南雲の兄貴へと視線を向ける。
互いの視線が交差する。
交差した瞬間、あの日の光景を思い出す。
あの日も、今日と同じく快晴だった。
天羽桂司
親っさんは、俺に輿入れする気はあるかと尋ねてきた。
子は親の物。
親っさんは尋ねてくれてはいるが、決して、俺の意思を確認している訳ではない。決定事項を伝えているだけに過ぎない。
答えていい返事は、はいだけ。
小峠華太
そこに、俺の心は必要ない。
天羽桂司
小峠華太
俺の返答を聞くなり、護衛役の永瀬の兄貴に、和中の兄貴を呼んでくるように、親っさんは命じた。
その後は、和中の兄貴を交え、祝言の日取りをいつにするか話し合っている。
その様を、どこか他人事のように眺めながら、胸の内に宿る、あの人へ思いを馳せる。
俺は南雲の兄貴が好きだ。
南雲の兄貴の笑ったり、泣いたりと忙しく、コロコロと変わる表情、どんなに裏切られても、受け入れ、常に優しくあろうとする姿、生きる事に貪欲なところが好きだった。
そんな南雲の兄貴に、自分の心も体も全てを明け渡してもいいとさえ思っていた。
俺の想いが、南雲の兄貴が届くわけがない。でも、心の奥で、ひっそりと想うだけなら許されるだろう。
俺は兄貴への恋心を胸に秘めたまま、生涯この人だけを想って生きよう。
そう、心に決めていた。
そんな時だった。南雲の兄貴から、向けられる視線が、俺が兄貴に向けている視線と同じ色を宿していること気づいたのは。
初恋だった。
初恋だったからこそ、諦めた恋の花に蕾(つぼみ)が芽吹いた事が、心が震えるほどに、嬉しかった。
でも、和中の兄貴の妻になる事が決まった今、せっかく、芽吹いた花の蕾を摘み取らないといけない。
散ることも咲くことも許されない花の蕾。
どうして、人生は、何故こうも自分の思い通りにいかないものか。
嘆いたところで、俺の置かれている現状は変わらない。
なら、俺のとるべき行動は、この恋をなかったことにすることだけ。ただ、それだけの事。
たったそれだけの事なのに
諦めなければと思えば思う程に、南雲の兄貴への想いが、心から溢れだす。
このままでは、笑って、和中の兄貴のもとに嫁げない。
和中の兄貴に抱かれながら、心では南雲の兄貴を想うのは、和中の兄貴を裏切っているのと変わらない。
和中の兄貴への不義理だと、そう自分に言い聞かそうとするも、この恋を捨てたくないと、心が心臓を締め付け、拒絶してくる。
和中の兄貴を裏切る事も、恋の芽を摘み取る事も出来ない。
そんな俺に残された選択肢は一つ。
南雲の兄貴に恋の証を捧げ、この想いとともに、墓場へ持っていくこと。
とても、ほめられたものではなが、俺には、もうこれしか方法がなかった。
その日の夜、誰もが寝静まる時間を狙い、俺は南雲の兄貴の部屋を訪ねた。
時間も時間だ。本来なら、輿入れ先が決まっている俺が、旦那以外の男の部屋を訪れるのは許されない。
それを分かっているから、南雲の兄貴も最初は部屋に通そうとしなかった。
しかし、俺には勝算があった。南雲の兄貴は、俺に甘いのだ。
小峠華太
小峠華太
南雲の兄貴は、俺の願いを聞き入れて、俺を部屋に招き入れてくれた。
南雲峺平
小峠華太
俺は南雲の兄貴に抱きつく。
小峠華太
南雲の兄貴は、絶対に俺を振り払わないだろう。
小峠華太
南雲の兄貴が、俺をむげに扱えないのをわかっていながら、すがりつく俺はなんて最低な人間なのか。
小峠華太
小峠華太
小峠華太
南雲峺平
南雲の兄貴によって、俺は布団に押したおされた。
今日は新月。秘め事を隠すには、ちょうどいい。
灯りがないので、南雲の兄貴が今どんな顔をして俺を抱いているのか、分からない。
でも、それでいいと思った。どんなに想っていても、俺の初恋は叶わないのだから。
ただ俺に分かるのは、お互いの息づかいと手の温かさだけ。
祝言のあとの酒宴が、お開きになる。
参列してくれた、親っさん、兄貴達や舎弟たちが、次々に席をたちはじめたので、俺たちも見送りの為に、席をたつ。
天羽桂司
親っさんの計らいで、俺たちは参列者の見送りをせずに、部屋に引っ込む事になった。
満月が照らす廊下を、和中の兄貴に連れられて、和中の兄貴の部屋へと向かう。
和中蒼一郎
小峠華太
和中蒼一郎
小峠華太
和中蒼一郎
俺は和中の兄貴の部屋へ、足を踏み入れた。
あの日の秘め事と初恋は、墓場まで持っていこう。
そして、今日からは、最後の恋を始めよう。
あの日、俺に触れた手は温かった。今、肌に触れる手は少し冷たい。俺は、俺に触れる冷たい手に、俺の全てを委ねた。
おわり
あとがき 掘り下げれないから、当事者達の視点別に書いてみることした。和中視点もあげる予定。 3人3様の複雑な心境が絡みあって、一つのストーリーになるので、単体でも読めるけど、三つ合わせて読んでみて欲しい。 今回のテーマは『正しさ』 輿入れ先が決まった時点で、華太は和中との婚約が成立した事になる。そうなると、華太の行動は不貞(不倫)となる。 不貞行為とだけで考えた場合、華太の行動は悪。しかし、そこに本人のおかれた境遇や心情を含めて見た場合、果たして、悪として簡単に唾棄(だき)してよいものか。 それに銀田の言う善悪は、何も間違ってはない。してる行動が悪いだけで。例えば、戦争中、敵兵を沢山殺せば英雄。平世の今、沢山の人を殺せば殺人鬼。やっている行動は同じ。時代の背景によっても、その時の善悪は変わる。 時に、正しさだけでは、人は生きてはいけない。時に、その正しさが、人を殺すこともある。正しさは、形を持たない。形がない故に、人によって、正しさに違いがあるのは仕方がない。では、正しさとは、何を指すのだろうか?自分が思っている正しさは、本当に正しい事なのだろうか。 華太も恋が実ってなければ、フラレたものとして諦めがついただろうが、両片思いで、どちらかが想いを口にすれば、恋が実っていた。恋が叶う直前だった故に、簡単に諦められなかった。 もし、自分が華太と同じ立場なら、親っさんに言われるがままに、果たして、割りきって、他の人と結婚出来たかどうかを考えて読んで貰えたら、華太の複雑な心境を理解して貰えるかと思います。
コメント
4件
切ないけど素敵です💓💓