ギシ…ギシ…ギシ
ギシ……ギシ
青年
今日はやけに気分が良い。 だから、俺にしては珍しく 挨拶をしてみたのだが
目の前の老人は 振り向くことすらせず、 ただ膝をつき祈りを捧げていた
今日はとても月が美しい
壁に貼り付けられた神様に向かって 老人がそう告げる
青年
俺はわざと横槍を入れみた
…
何たって今日は風が気持ちいいからな
青年
月を照らすのは神だ
月が美しく在るとき、 神は最も我々の近くに存在する
それを、 風がご機嫌に伝えてくれるのだ
だから風が気持ちいいときは、 月が美しいのだ
青年
"視えていた"…か
私は今の方がよほどたくさんのことが 見えると思うよ
青年
そうとも
"視えない" からこそ "見ることができる"
青年
薄らと鐘の音が聞こえる
そろそろお別れの時間だな
これまでの未練と…この世界に
青年
ニンゲンというモノは 欲深いんだよ
絶対的に間違ってることも、 絶対的にやってはいけないことも、 全部全部わかってはいるのに
不思議とやりたくなってしまう
なぜかって?
この世には 正も誤も善も悪も存在せず、 ましてや絶対的な道理なんてものは 在るわけがないからさ
本当に笑ってしまうよ
神様ってのは愉快で意地の悪い
正真正銘のバカ野郎だ
青年
青年
青年
青年
ああ
教会で神への愚痴を吐けたんだ
ここまで気持ちの良いことはない
青年
青年
そうだな…最後に一度だけ
山盛りのピッツァをたらふく食べて、 そのままぐっすり眠りたかったなぁ
短い銃声がひとつ、 俺の鼓膜を震わせた
青年
紅の花に包まれたひとりの老人が、 静かに祈りを捧げる姿を 両目に焼き付けて
俺は教会を後にした
ギシ…ギシ…ギシ
青年
教会を出る時、最後に見えた 煌びやかなステンドグラスが、 まるで老人の人生を語っているようで
…心底美しく思えた
コメント
6件
すげぇ。 その文章、そこに痺れる憧れる!