コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから2年の月日が流れ、豊臣家は伏見から大坂に居城をうつし、豊臣秀吉は天下統一を達成。豊臣家は日本の武家最高地位を獲得していた。
秀吉の天下統一に最後まで抵抗してたのは、東北伊達家とも言われている。
里は、秀頼様の教育係として豊臣家のために生活していた。
そして今年、秀吉様が亡くなられ、後継者として秀頼様が豊臣家の棟梁として、大阪城を収めることになった
しかし、秀頼様はまだ6歳。 彼を支えたのは石田三成であった
朱里
石田三成
石田三成
石田三成
朱里
石田三成
朱里
石田三成
朱里
石田三成
朱里
石田三成
朱里
朱里
石田三成
朱里
朱里
朱里
里はいまだに政宗のことを忘れられずにいた
春の暖かい日。。
里は桜並木の下を歩いていた
朱里
その時、、
突然強い風と共に桜の花びらが散った
目を開けるとそこは、、懐かしい地元の大阪だった
朱里
朱里
朱里の母
朱里
朱里の母
朱里
現実の時代の時は止まったままだったようだ
戦国での生活は一体何だったのか。夢なのか。。
そんな疑問を抱えながら、、 現実に戻った朱里
法事の会場に向かった朱里は、葬式の遺影写真を見て驚いた
朱里
そこには秀吉様にそっくりな人の写真が。。
朱里
朱里の母
朱里
朱里の母
朱里
喪主は茶々様の雰囲気が残ったお婆さんだった
そして、御燗へ手を合わせに来賓が前に行った。
その中に古い手紙が入っていた
朱里
喪主のお婆さん
朱里
朱里は、すぐにそれが政宗様の直筆のものだと分かった
朱里
喪主のお婆さん
朱里
喪主のお婆さん
東京に戻った朱里は、カバンからあの型紙を取り出した
朱里
古文書辞典で調べながら読んでいった
朱里
この手紙は伊達政宗様が秀吉様に宛てた謝罪文だった
朱里
そして、この手紙には 里への想いも書かれていた
朱里
朱里
朱里
朱里
そしてこの手紙の最後 政宗様は殿にある頼み事をしていた
『もし、わたくしと里がもう会えなくなったら里に伝えてください。 愛していた、そしてこれからもこの事実は変わらない。ずっと東北の地でそなたを待っている』と
朱里
次の日 朱里は東京駅にいた
向かった先は仙台 伊達政宗ゆかりの地である
そして有名な政宗像の前に来た
朱里
この近くで伊達政宗の展示会が行われてるらしい
朱里
様々な展示品がある中。。。
朱里
青く光るビー玉が
それは政宗が里にあげたビー玉 そして里が返したビー玉だった
このビー玉の説明文には
『政宗の遺品 生前一番大切にしたものがこのビー玉であった』
と書かれていた
朱里
朱里
朱里はビー玉を見てごめんごめんと謝り続けた
宮城の海岸を歩きながら里はさわやかな表情をしていた
不思議な出来事を経験したが、このことが朱里にとっていい経験になったことは間違いない
朱里は卒業論文で伊達政宗について書くと決めた
完