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俺がゆうらと出会ったのは

10年前

中学生の頃だ。

真新しい制服に身を包んだゆうらが透き通るような声で

植剣 雪頼

コノエ

と、俺の名前を呼んだあの日から

俺の心の中には彼女が住み着いている。

課長

それで

課長

ゆうちゃんとはどうなったわけ?

飲みに行こうと誘われた居酒屋で

課長がそう切り出した。

ゆうらの部屋はいつも

甘いレモンの香りがする。

久我 杞円

メグ姉

久我 杞円

ゆうらいる?

俺がゆうらの家を訪ねたのは

ヤドリギの下でキスをした

クリスマスの翌日のことだ。

勝手口から台所を覗くと

年の離れたゆうらの姉が

お粥を炊いているところだった。

植剣 メグル

雪頼君なら、面会謝絶よ

メグ姉は

ゆうらによく似た眼差しで、冷たくそう言った。

久我 杞円

面会謝絶……って

植剣 メグル

コノエ、あんたねぇ

植剣 メグル

知らないとは言わせないわよ

メグ姉は土鍋に一つ卵を落として蓋をした。

植剣 メグル

飲み会だか忘年会だか知らないけど

植剣 メグル

あんた、うちの子を

植剣 メグル

寒い中で長時間も待たせたんですって?

植剣 メグル

かわいそうに

植剣 メグル

雪頼君、夜中に熱を出したのよ

俺はとっさにメグ姉の手首をつかんで

問いただす。

久我 杞円

本当に!?

植剣 メグル

しょうもない嘘なんてつかないわよ

よく見るとメグ姉の目は

赤く充血していた。

植剣 メグル

責任

怒気をはらんだ低い声でメグ姉が言う。

植剣 メグル

とるつもりがあるなら

植剣 メグル

雪頼君に

植剣 メグル

それを全部食べさせなさい

植剣 メグル

熱を出すと雪頼君はいつも

植剣 メグル

〈あまえた〉になるのよ

メグ姉は昨夜から一睡もしていないと言った。

一晩中ゆうらの背中をさすっていたらしい。

赤く充血した目を半眼に閉じて

メグ姉が俺に土鍋を押しつけた。

久我 杞円

ゆうら

呼びかけると、彼女は薄く目を開いた。

熱のせいで白い頬が赤く染まっている。

久我 杞円

ゆうら、大丈夫?

植剣 雪頼

姉ちゃんは?

その言葉に

胸の奥がチクッと痛む。

俺の存在はまだ、メグ姉には適わない。

久我 杞円

ちょっとだけ仮眠を取るって

植剣 雪頼

本当に?

植剣 雪頼

僕のこと

植剣 雪頼

置いて行ったんじゃないの?

ゆうらの声が揺れた。

まなじりから涙がこぼれる。

俺の存在は

まだ

メグ姉には適わない。

一瞬だけ奥歯を噛んで

俺は笑みを浮かべた。

久我 杞円

メグ姉がゆうらを置いて行くわけないだろ?

植剣 雪頼

……

久我 杞円

ゆうら、ご飯食べてないでしょ

久我 杞円

おなかが空いてるから

久我 杞円

不安になるんだよ

植剣 雪頼

……

欲しくない、とゆうらは首を振った。

俺はベッドに腰を下ろして

ゆうらを膝に抱く。

彼女の火照ったカラダは

しっとりと汗ばんでいた。

久我 杞円

俺じゃあ

久我 杞円

メグ姉の代わりになれない?

彼女はなにも答えず

俺の胸に額を押しつけた。

植剣 雪頼

……

久我 杞円

ん?

聞き返すと

ゆうらはまた首を振る。

久我 杞円

ちゃんと食べないと

久我 杞円

元気になれないよ

植剣 雪頼

……

久我 杞円

ゆうら

ゆうらが濡れた瞳で俺を見上げた。

彼女のその唇に、そっと触れる。

昨晩とは違う熱い体温。

ゆうらは嫌がる様子もない。

病床の寝込みを襲うなんて

サイテーなことだと理解している。

理解はしていても

本能が言うことを聞かない。

俺はそのまま

彼女に深く口付けた。

舌先でその歯並びを確かめるように。

植剣 雪頼

コノエ……

久我 杞円

いいの?

久我 杞円

俺も男だよ?

植剣 雪頼

……

植剣 雪頼

コノエは僕を

植剣 雪頼

置いて行ったりしないでしょ?

ゆうらが甘くささやいた瞬間

俺は

最後に残った理性の糸が切れる音を聞いた。

課長

そっかあ

課長はそう言って

一人でうなづいた。

課長

ようやく久我君の気持ちが

課長

ゆうちゃんに伝わったんだねぇ

久我 杞円

あ……

久我 杞円

いやあ……

俺は言葉を濁して

ジョッキに残ったビールを飲み干した。

久我 杞円

そうだったらいいなぁっていう

課長

はあ?!

課長

じゃあ今までの話しは

課長

全部、君の妄想ってこと?

久我 杞円

まさか

久我 杞円

全部なわけないじゃないですか

課長がじろりと俺を睨む。

久我 杞円

ゆうらが熱を出して

久我 杞円

俺がお粥を食べさせたってところは

久我 杞円

本当です

課長

……

課長

クリスマスにキスされたって話しは?

久我 杞円

あれはー……

久我 杞円

ほっぺにチュー

久我 杞円

かなあ

課長

……

久我 杞円

それでもキスはキスですよね!?

俺はやけくそで

久我 杞円

生中おかわり!

と、厨房に叫んだ。

久我 杞円

課長

久我 杞円

俺、今年一年

久我 杞円

ゆうらで妄想ばっかりです

課長

ゆうちゃんに男扱いされてないからって

課長

泣くな、敷島!

課長

正直

課長

君の懺悔はイタいが

課長は励ますように俺の肩をたたいた。

課長

もしかしたら来年は

課長

両想いになれるかも知れないじゃないか

久我 杞円

本当にそう思ってます?

課長

さあねぇ

課長

でも、あたしは応援してるよ

課長はもう一度俺の肩をたたいて

一人でうなづいた。

課長

きっと久我にも

課長

そんな未来がくる

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