TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

エイバスの街に来てから しばらく経ったある日。

ふとカレンダーを見た 私は気づいた。

マキリ

異世界に
飛ばされてから
今日で3週間、か…

マキリ

エイバスの街での
暮らしにも慣れてきた
気がするな…

地球と違って スマホも家電もない世界。

知り合いもいない状態のスタートで、 最初はいろいろ大変だった。

だけど必死に頑張っているうちに どうにかこうにか 何とか形になってきたのである。

マキリ

やっぱり「この世界の
料理方法」をマスター
できたのが大きいよね!

マキリ

私の今の勤務先は
食堂で、しかも
キッチン担当だから

マキリ

最低限の料理は
できないと仕事に
ならないもの

――といっても 基本的な “調理” 自体は、 地球とそんなに変わらない。

野菜や肉を 切ったり焼いたり煮込んだりして、 良い感じに味をつける。

穀物の粉に 水分を足して、 こねて丸めて焼く。

教えてもらった料理は ほぼそんな感じ。

日本の調理との違いは、 その “方法” だと思う。

そもそも電気やガスを使う って文化が無いから、

電子レンジ・冷蔵庫・ガスコンロなど、 お馴染みの調理器具も 存在しない。

だけどこの世界には “日本に無いもの” がある。

――そう、 “魔術” だ!

まさにファンタジー って感じだねぇ。

魔術調理を見るなら、 夕暮れ時の エイバス中心街が おすすめだ!

この時間の中心街の名物は、 立ち並ぶ『屋台』。

大通りにずらっと屋台が並ぶ 食べ歩きの激戦区で、

どのお店も 晩ごはんに迷う人々を 呼び込もうと、宣伝に必死。

だから屋台の近くを ちょっと歩けば、

火や水の魔術を派手に使った “魅せる調理” の数々を、

すかせたお腹を刺激しまくる香りと ともに楽しめるんだ!

マキリ

まぁ、
屋台実演の魔術調理は
あくまで “魅せる用の
パフォーマンス” で

マキリ

うちの石窯亭みたいな
一般飲食店や

マキリ

一般家庭の調理とは、
だいぶ違うんだけど…

一般的な調理の場合は 「魔術を使う」とこまでは共通で、

使い方がもっと地味というか…

…実用性に極振りなんだよね。

ただし皆が皆、 魔術を使えるわけじゃない。

自分で魔術を発動できるのは、 ほんの一握りの 特別な『スキル』を持つ人だけ。

ちなみに私も 見よう見まねで こっそり試してみたけど、

呪文を唱えても 何も起こらなくてさ…

やっぱり “選ばれし者” じゃ なかったみたい。

マキリ

――そんな私
でも大丈夫!

マキリ

『魔導具』を使えば
簡単に魔術が
使えちゃうんだ!

魔導具というのは 「誰でも『魔術』を使える道具」 の総称だ。

仕組みは いまいち分かんないけど、

とりあえず 使えればいいやって 思ってる。

マキリ

まぁでも
聞いただけじゃ
分かりづらいよね…

マキリ

……百聞は
一見にしかず

マキリ

さっそくこちら
営業中な石窯亭の
キッチンにて

マキリ

魔導具の使い方を
実演して
見せましょうっ

マキリ

こちら、当店の
代名詞な『赤い石窯』――

マキリ

今日は、この魔導具で
木苺マフィンを
焼いてみますねっ

マキリ

まずは
生地作りから!

マキリ

室温に戻した『バター』を
よ~く練ってから

マキリ

『砂糖』『木苺の1/3量』
『卵』『牛乳』を順に加え

マキリ

その都度
しっかり混ぜます

マキリ

ここに加えるのが
『小麦粉』と
『ベーキングパウダー』

マキリ

粉を入れたら
切るように
ササッと混ぜて

マキリ

最後に『木苺の2/3量』を
入れて軽く混ぜたら
生地完成!

マキリ

紙を敷いた金属型に
生地を流し込む…

ここまでは 地球で作るときと一緒だね。

違いは ここから!

マキリ

生地入りの型を
石窯に入れて、
フタを閉めたら

マキリ

横についてる
『魔石』を触って…

マキリ

…魔力をこめるッ
(気合いを入れるッ)

マキリ

ふんっ!

――ボワンッ

ド派手な音と光が出たところで、 石窯の蓋を開けると――

マキリ

よしゃっ、
木苺マフィン
焼き上がり!

完璧なキツネ色…

香ばしいバターが 混じる甘い匂い…

石窯亭店長(奥さん)

ん~~!

石窯亭店長(奥さん)

マキリちゃん、
今日のお菓子も
うまいねぇ!!

目にも止まらぬ早業で 焼き立てを試食する 奥さん店長。

「試食」といいつつ 数人前は食べちゃうこと含め、

もはや恒例行事だ。

店長ったら、いつも 石窯から取り出すと同時に 食べ始めるもんだから、

そのうち火傷するんじゃないか… と最初は気が気じゃなかった。

だけど店長は、今のところ 怪我する様子がない。

窯から出したての焼き菓子って 鬼みたいに熱々なのに、 なんで笑顔でかじりつけるんだよ!

マキリ

店長ってほんと
「試食のプロ」
ですよね…

石窯亭店長(奥さん)

毎日焼きたて熱々パンの
試食しまくって
慣れちまったからねぇ

石窯亭店長(奥さん)

ふぅ~
うんまァ~い♪♪

…ま、まぁ毎日 こんなに喜んで もらえるからこそ、

作りがいがあると いえるかも?

――昼下がり。

今日の勤務を終えた私は 石窯亭を後にした。

抱える小さな紙袋には 店長がくれた 「木苺マフィン」が1個。

さっき焼いたばかりだから 袋越しでもまだほんのり温かい。

家に着く頃には冷めてるだろうけど、 冷めたままでもおいしいし、 魔導オーブンで温めてもおいしいはず。

マキリ

今日はどうやって
食べようか…

マキリ

…うん、あたため
の気分だな

マキリ

オーブンで
軽く焼くかな

マキリ

帰ったら、この間
買った紅茶も淹れて
おやつにしよ!

店長は時々 お菓子を多めに焼くよう 指示しては、

帰り際、従業員みんなに お土産として 持たせてくれるんだ。

この世界の給料事情は分かんないけど、 石窯亭の給料だけで暮らしてける ぐらいは貰ってる。

さらに初日もらったお金のおかげで 当面の生活必要アイテムは 揃ってるとはいえ、

今後どうなるか分からない以上、 無駄遣いは怖くてできない。

だから、こういうお土産もらえるの、 食費的にはありがたいよね…

マキリ

明日は
休みかぁ…

マキリ

…そうか、
今日は『本の日』だ!

異世界の仕事は短時間勤務で 週2も休めるってことで、 自由時間が一気に増えた。

でもパソコンもスマホもテレビも 無いわけだから、

動画も見れないし ゲームだって遊べない。

暇を持て余してても そわそわ落ち着かないし、

いつの間にか無意識に スマホを探しちゃってる自分に 気づく瞬間もあった。

…そりゃ最初は、

起きたら 元の生活に 戻れるかも?

って期待してた時期も あったよ?

だけど何回 起きても 景色は異世界。

同じような日々が続くだけで、 帰れそうな要素が見当たらなくて……

悩みに悩んで出した結論は、 「人間、諦めが肝心」ってこと。

無いものは無い。

異世界で暮らす しかない。

と受け入れてしまいさえすれば、 すっと心が軽くなった。

だけど時々…

…ふと、虚無に、 押しつぶされそうになる。

――私、何してるんだろ

――何でここにいるんだろ

考え始めると止まらない。

そんなこんなで最近は、 時間さえあれば 本を読むクセがついた。

この世界の知識も深められるし、 いつかどこかでこの経験が 活きるかもしれない。

それに、 本を読んでる間は…

…全てを忘れられる。

マキリ

おもしろい本、
入ってると
いいなぁ

休みの前日、 仕事帰りに 1冊だけ本を買う。

これが今の私の 唯一の贅沢だった。

私はこの習慣を『本の日』と呼んで、 密かな楽しみにしているのだ。

ちなみに、 エイバスの街には “本屋”が無いらしい。

日本での私の生活圏には、 探さなくても本屋があった。

 ネット通販で買ってもいいし、 紙書籍にこだわらないなら  電子書籍っていう選択もあり。

なのにこのエイバスでは、 本屋――いわゆる本の専門店――が 1軒も見当たらないのだ。

だから先日たまたま入った雑貨屋で 本も売ってるのを見つけた時は 本当にうれしかった。

本を読み始めたのも  それがきっかけだ。

値段は割と高めだし、 専門店じゃないから 置いてる本の種類は少なめ。

だけど数日おきにのぞくと 毎回数冊は初見タイトルが増えてるし 定期的に入荷はしてるみたいだね!

マキリ

いやぁ~
収穫収穫っ♪

上機嫌の私が 抱えているのは、

「木苺マフィン」入りの紙袋、 さっき買った「絵本」入りの包み。

マキリ

まさかこの世界にも
“物語”があるなんて…!

マキリ

しかも『勇者が仲間と
共に魔王討伐に向かう
冒険譚』ってことで

マキリ

ファンタジーの
王道中の王道!

マキリ

やっぱりこういうの、
定期的に浸りたくなる
んだよなぁ~

この世界の本は、だいたいが 『誰かの覚え書き』『ハウツー本』 的な実用書ばかり。

確かにそういう本は役立つかもだけど、 それだけじゃなんか物足りない。

だからさっき この勇者と魔王の絵本を 見つけた瞬間、

これだッ!

って思ったね。

マキリ

あ~早く
読みたいよぅ…!

ほんとは、帰ってから 読んだほうが無難だって 分かってる。

だけど……

マキリ

…ちょっとだけ、
読んじゃおっかな

中心街から離れた我が家まで、 歩いてあと15分ほど。

正直、そんなに待ちきれない。

マキリ

ここらへん、
人通りは無いし

マキリ

邪魔にならないとこで
さっと読むだけなら、
誰にも迷惑かけないよね?

そそくさと道の端に寄り 絵本を開こうとしたところで、

手が滑り、マフィンの袋を 落としてしまう。

マキリ

あ!

地面へ真っ逆さまな紙袋。

拾おうと慌てて手を伸ばす私。

マキリ

おっと…

瞬間、紙袋は “不自然な軌道”で スライドし、

地面にスチャッと 着地した……

マキリ

…え?

――いや、違う。

紙袋を 受け止めたのは、

20cm大の、 半透明ゼリー な魔物。

マキリ

す、スライム?!

スライム

……

――ピュウーッ

スライムは ぐにゃぐにゃ震えつつ  滑るように逃げて行く。

マキリ

速ッ

マキリ

ってか
それ
私のおやつ…?!

マキリ

待ってッ!!

こうして、 “お魚くわえたドラ猫” ならぬ

“マフィンかかえた スライム” との

必死の追いかけっこが 始まったのだった。

黎明のスラピュータ~おやつ係と異世界幼女のスライムなインターネット構築計画【第2回テノコン特別賞】

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

118

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚