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エイバスの街に来てから しばらく経ったある日。
ふとカレンダーを見た 私は気づいた。
マキリ
マキリ
地球と違って スマホも家電もない世界。
知り合いもいない状態のスタートで、 最初はいろいろ大変だった。
だけど必死に頑張っているうちに どうにかこうにか 何とか形になってきたのである。
マキリ
マキリ
マキリ
――といっても 基本的な “調理” 自体は、 地球とそんなに変わらない。
野菜や肉を 切ったり焼いたり煮込んだりして、 良い感じに味をつける。
穀物の粉に 水分を足して、 こねて丸めて焼く。
教えてもらった料理は ほぼそんな感じ。
日本の調理との違いは、 その “方法” だと思う。
そもそも電気やガスを使う って文化が無いから、
電子レンジ・冷蔵庫・ガスコンロなど、 お馴染みの調理器具も 存在しない。
だけどこの世界には “日本に無いもの” がある。
――そう、 “魔術” だ!
まさにファンタジー って感じだねぇ。
魔術調理を見るなら、 夕暮れ時の エイバス中心街が おすすめだ!
この時間の中心街の名物は、 立ち並ぶ『屋台』。
大通りにずらっと屋台が並ぶ 食べ歩きの激戦区で、
どのお店も 晩ごはんに迷う人々を 呼び込もうと、宣伝に必死。
だから屋台の近くを ちょっと歩けば、
火や水の魔術を派手に使った “魅せる調理” の数々を、
すかせたお腹を刺激しまくる香りと ともに楽しめるんだ!
マキリ
マキリ
マキリ
一般的な調理の場合は 「魔術を使う」とこまでは共通で、
使い方がもっと地味というか…
…実用性に極振りなんだよね。
ただし皆が皆、 魔術を使えるわけじゃない。
自分で魔術を発動できるのは、 ほんの一握りの 特別な『スキル』を持つ人だけ。
ちなみに私も 見よう見まねで こっそり試してみたけど、
呪文を唱えても 何も起こらなくてさ…
やっぱり “選ばれし者” じゃ なかったみたい。
マキリ
マキリ
魔導具というのは 「誰でも『魔術』を使える道具」 の総称だ。
仕組みは いまいち分かんないけど、
とりあえず 使えればいいやって 思ってる。
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
ここまでは 地球で作るときと一緒だね。
違いは ここから!
マキリ
マキリ
マキリ
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――ボワンッ
ド派手な音と光が出たところで、 石窯の蓋を開けると――
マキリ
完璧なキツネ色…
香ばしいバターが 混じる甘い匂い…
石窯亭店長(奥さん)
石窯亭店長(奥さん)
目にも止まらぬ早業で 焼き立てを試食する 奥さん店長。
「試食」といいつつ 数人前は食べちゃうこと含め、
もはや恒例行事だ。
店長ったら、いつも 石窯から取り出すと同時に 食べ始めるもんだから、
そのうち火傷するんじゃないか… と最初は気が気じゃなかった。
だけど店長は、今のところ 怪我する様子がない。
窯から出したての焼き菓子って 鬼みたいに熱々なのに、 なんで笑顔でかじりつけるんだよ!
マキリ
石窯亭店長(奥さん)
石窯亭店長(奥さん)
…ま、まぁ毎日 こんなに喜んで もらえるからこそ、
作りがいがあると いえるかも?
――昼下がり。
今日の勤務を終えた私は 石窯亭を後にした。
抱える小さな紙袋には 店長がくれた 「木苺マフィン」が1個。
さっき焼いたばかりだから 袋越しでもまだほんのり温かい。
家に着く頃には冷めてるだろうけど、 冷めたままでもおいしいし、 魔導オーブンで温めてもおいしいはず。
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
店長は時々 お菓子を多めに焼くよう 指示しては、
帰り際、従業員みんなに お土産として 持たせてくれるんだ。
この世界の給料事情は分かんないけど、 石窯亭の給料だけで暮らしてける ぐらいは貰ってる。
さらに初日もらったお金のおかげで 当面の生活必要アイテムは 揃ってるとはいえ、
今後どうなるか分からない以上、 無駄遣いは怖くてできない。
だから、こういうお土産もらえるの、 食費的にはありがたいよね…
マキリ
マキリ
異世界の仕事は短時間勤務で 週2も休めるってことで、 自由時間が一気に増えた。
でもパソコンもスマホもテレビも 無いわけだから、
動画も見れないし ゲームだって遊べない。
暇を持て余してても そわそわ落ち着かないし、
いつの間にか無意識に スマホを探しちゃってる自分に 気づく瞬間もあった。
…そりゃ最初は、
起きたら 元の生活に 戻れるかも?
って期待してた時期も あったよ?
だけど何回 起きても 景色は異世界。
同じような日々が続くだけで、 帰れそうな要素が見当たらなくて……
悩みに悩んで出した結論は、 「人間、諦めが肝心」ってこと。
無いものは無い。
異世界で暮らす しかない。
と受け入れてしまいさえすれば、 すっと心が軽くなった。
だけど時々…
…ふと、虚無に、 押しつぶされそうになる。
――私、何してるんだろ
――何でここにいるんだろ
考え始めると止まらない。
そんなこんなで最近は、 時間さえあれば 本を読むクセがついた。
この世界の知識も深められるし、 いつかどこかでこの経験が 活きるかもしれない。
それに、 本を読んでる間は…
…全てを忘れられる。
マキリ
休みの前日、 仕事帰りに 1冊だけ本を買う。
これが今の私の 唯一の贅沢だった。
私はこの習慣を『本の日』と呼んで、 密かな楽しみにしているのだ。
ちなみに、 エイバスの街には “本屋”が無いらしい。
日本での私の生活圏には、 探さなくても本屋があった。
ネット通販で買ってもいいし、 紙書籍にこだわらないなら 電子書籍っていう選択もあり。
なのにこのエイバスでは、 本屋――いわゆる本の専門店――が 1軒も見当たらないのだ。
だから先日たまたま入った雑貨屋で 本も売ってるのを見つけた時は 本当にうれしかった。
本を読み始めたのも それがきっかけだ。
値段は割と高めだし、 専門店じゃないから 置いてる本の種類は少なめ。
だけど数日おきにのぞくと 毎回数冊は初見タイトルが増えてるし 定期的に入荷はしてるみたいだね!
マキリ
上機嫌の私が 抱えているのは、
「木苺マフィン」入りの紙袋、 さっき買った「絵本」入りの包み。
マキリ
マキリ
マキリ
マキリ
この世界の本は、だいたいが 『誰かの覚え書き』『ハウツー本』 的な実用書ばかり。
確かにそういう本は役立つかもだけど、 それだけじゃなんか物足りない。
だからさっき この勇者と魔王の絵本を 見つけた瞬間、
これだッ!
って思ったね。
マキリ
ほんとは、帰ってから 読んだほうが無難だって 分かってる。
だけど……
マキリ
中心街から離れた我が家まで、 歩いてあと15分ほど。
正直、そんなに待ちきれない。
マキリ
マキリ
そそくさと道の端に寄り 絵本を開こうとしたところで、
手が滑り、マフィンの袋を 落としてしまう。
マキリ
地面へ真っ逆さまな紙袋。
拾おうと慌てて手を伸ばす私。
マキリ
瞬間、紙袋は “不自然な軌道”で スライドし、
地面にスチャッと 着地した……
マキリ
――いや、違う。
紙袋を 受け止めたのは、
20cm大の、 半透明ゼリー な魔物。
マキリ
スライム
――ピュウーッ
スライムは ぐにゃぐにゃ震えつつ 滑るように逃げて行く。
マキリ
マキリ
マキリ
こうして、 “お魚くわえたドラ猫” ならぬ
“マフィンかかえた スライム” との
必死の追いかけっこが 始まったのだった。