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僕
目を開けると、そこには古びた 四角い照明がぶら下がっていた
窓の外は明るい
振り子を揺らして、 柱時計が七時過ぎを指している
押入れの襖は開いていてたたまれ布団が積まれている
最後に布団をたたむのはいつも僕だ。
僕
僕は目を閉じ、朝の冷えた空気を吸い込む。
僕
僕
僕
冷えた空気と一緒に吸い込んだのは 味噌汁の香り。
この匂いを嗅ぐと僕の腹は途端に 空腹を訴え始める
母さん
母さん
台所で母さんの声がした
妹
それに答えて妹が返事をした
時計の音とセッションでもするかのように台所から とんとんとリズムカルな音が聞こえる
あの音は、そうだ。僕の大好物だ。
あぁ、またおばあちゃんの所から大根貰って 来たんだな
おばあちゃんが漬けた大根は美味いんだ
父さん
父さんの声だ。今日も釣りに行くのかな
とたとたとた
足が枕元にやって来た。 すぐに妹が僕の顔を覗き込んだ
妹
僕
僕は起き上がって大きなあくびをし、まだ温もりの残る 布団をたたんで押入れにしまった
おばあちゃん
父さん
父は新聞をたたんで老眼鏡を外し、 すっかり背の曲がったおばあちゃんは僕に座布団を寄越した
妹が味噌汁を運んで来て座り、最後に母が 白いエプロンをはずして座った
味噌汁の香り 炊き立てのご飯の香り
菜っ葉のごま和え 母の手作りポテトサラダ
サバの味噌煮
どれも美味しそうだ。
おばあちゃん
おばあちゃんに叱られた
おばあちゃんは優しいけどしつけには厳しい人だ
おかげで僕も妹も一応の礼儀はわきまえられるようには なったけど
父さん
父さん
父が言った
そうだ、やっとみんな揃ったんだ。
僕は帰って来られたんだ
僕
分かってる
本当はちゃんと分かってる
昨日、僕の故郷に原子爆弾が落とされて、 みんなみんな焼け死んだ。
僕の実家も、父も母もおばあちゃんも妹も。
もうこの世にはいない。
僕は遠く離れた戦地でそれを聞いた
僕
結局、大切な人はだれ一人守れなかった
誰かを守る戦争なんて初めたからだ
だって戦争は、必ず誰かの大切な人を 殺すんだから
生きて帰りたいと思ったいた
生きて帰るのは無理だと思いながら 生きて帰りたいと思っていた
けれど
帰る場所が無くなった
僕はやけになっていたんだろう
隊長が止めるのも聞かず、塹壕から飛び出した
僕
ダンッ―― (銃声)
僕
いくつ弾が当たったのか分からない
体が焼けるように熱くなって 痛くて痛くて僕は転げ回った
転げ回りながら仲間が同じように転げ回るのを見ていた
僕
痛い、痛い。
もうこんなのは嫌だ。帰りたい、帰りたいよ。
母さん
帰りたいという願いを神様は叶えてくれた
帰って来られたんだ。 懐かしい家に
母さん
母が居て
父さん
父が居て
おばあちゃん
おばあちゃんが居て
妹
妹が居て
おいしいご飯をみんなで食べよう
さあ。
いただきます