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……あの頃の俺は、ただ黙って 厄災を斬るだけの存在だった
救うとか、守るとか そんな言葉すらとうに忘れていた
倒すべきものを倒したら あとは背を向けるだけ
この日も、そうするはずだった
血と灰にまみれたここを後にして 森の奥へ歩きかけた、その時────
視界の端に、何かが近づいてくる
反射的に、剣に手をかけたが
それは、震えるほど小さな ────1匹の黒狐だった
目を見開いて 真っ直ぐに俺を見上げてきた
恐れているのか…
必死に立とうとする足が 僅かに震えているように見えた
でも────その目は違った
怯えるでも、敵意でもない
まるで、何かに縋るよな 何かを探し続けてきたような……
そんな、澄んだ 強い光を堪えていた
何を思ったのか、分からない
ただ、自然と膝を折り 小さな体を、そっと抱き上げていた
その顔を見た
まだ幼く、泥に汚れ 涙の跡も乾いていたが────
その目だけは、泣いていなかった
真っ直ぐに俺を見ていた
胸の奥が、じくりと痛む こんな痛み、久しく忘れていた
口をついて出た言葉は 自分でも不思議だった
だが、それに答えるように 小狐は小さく鳴いた
それが、まるで「うん」と ───そう言ってるように思えた
たったそれだけの事だった
けれど、きっと────
この瞬間から、もう 俺の中では決まっていたのかもしれない
こいつを置いていけない こいつの成長を、見守りたい──と
その小さな頭に手を添え ぽつりと言った
そして、お前は初めて 嬉しそうに───目を細めてくれた
その笑みが
あまりにも眩しくて、真っ白で……
じわり、と 凍った心を溶かしてくれた
……腕の中で 爽の身体が崩れていく
それは、光が流れ出すように…
指の間をすり抜けて 少しずつ、確かに────
俺の声は どうしようもなく、震えていた
その名を呼ぶ度、喉の奥が焼ける
痛みに歯を食いしばって 懸命に俺を後を追いかけて
この地獄の中 ずっとそばに居てくれた
────それなのに…
何故、死んでいく
────また… こんな結末を、繰り返すのか
見守っていくと、決めたのに…
────ふと、視線が合う
まだ、生きていたかったよな、
俺の隣にいて、 一緒に戦って、笑って、歩いて……
その願いすら 俺は守ってやれなかったのか…
大きな手が 震えながら、俺の袖を探していた
いつもみたいに、そっと頭に手を添えた
────優しく、安心させるように…
そっと、額をくっ付けた
────もう、耳も目も 見えていないんだろう
反応は、無かった
この仕草は、この地獄の中で 唯一、俺たちが交わせた
無言の、祈りのような、儀式────
でも、これで最後…
触れ合える時間は、あと少し
言い訳なんか いらないのは、わかってる
それでも、どうしても、 悔しくてたまらなかった
爽はまだ、縋ろうとしていた
この腕にしがみついて 「消えたくない」と、訴えていた
「生きたい」 「もっと一緒にいたい」……と、
言葉にならない想いが 全部、熱になって伝わってきた
でも──── どうしても、どうしても……
俺には… その手を引き戻す力は無かった
ぽつりと呟いた言葉に 最後の光が優しく揺れて、
穏やかな顔のまま 腕の中から消えていった
気付けば 頬を伝う涙が、あたたかかった
まるでお前のぬくもりが まだ、そこにあるようだった
……お前がいた時間は
確かに 俺の心の真ん中に刻まれている
最後の瞬間に、強く願った
────どうか、あいつが 穏やかに眠りにつけますように、と
“爽” 俺の、大切な子────
愛おしい、たったひとりの相棒
また────いつか、どこかで…
この後、無事 2人は再会できました
長い長い月日が経ち 過去に戻った、あの場所で────
この再会が、どれほど願われ どれほど孤独と祈りの先にあるものだったか…
「また、どこかで」
それは──── 生き続ける者と、 眠りについた者の 静かな、そして、永遠の約束だった