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晋視点
声を出すのが怖くなった。
あの夜、音声付きの動画が撮られたときのことは、朧げにしか覚えていない。
ただひたすらに痛くて、苦しくて、体のどこが壊れてるのかもわからなくなるくらいで。
でも、それでも
「りく…っ」って、名前だけは、何度も、何度も呼んだ。
もしかしたら、聞こえるかもしれない。 もしかしたら、届くかもしれない。 そんな、薄くて頼りない希望を、自分でも呆れるくらい、必死に信じていた。
でも── それを“録音された”と気づいた瞬間、 心臓が冷たくなった。
叫べば叫ぶほど、あいつらは嬉しそうに笑った。 泣けば泣くほど、カメラが寄ってきた。 「りく、りく」って言えば言うほど、殴る手に力が入った。
何も伝わってなんかいなかった。 全部、ただの“見世物”だったんだ。
5日目の深夜。 また、扉が開いた。
足音。 笑い声。 鋭い空気。
……また来た。
けれど、体を震わせることすら もう億劫だった。
誘拐犯
そう言って、男は目の前にしゃがみこむ。 指で顎を上げられる。
誘拐犯
誘拐犯
誘拐犯
無言のまま、晋は顔を伏せた。 口を動かさなかった。
誘拐犯
晋
無言を貫く晋に、男の指が苛立ちを帯びてきて、顎を力強く引き上げる。
誘拐犯
誘拐犯
それでも、声を出さなかった。
叫べば、また録られる。 名前を呼べば、また殴られる。 願えば、また蹴られる。
…だったら、もういい。
晋はゆっくりと口を閉じたまま目を伏せた。
代わりに、涙がひと筋だけこぼれた。 でも、それさえも悔しくて歯を食いしばった。
男が苛立ちを隠せず、怒鳴る。
誘拐犯
誘拐犯
“バシッ” 頬が赤く腫れる。
“ドスッ” 胃の奥に響く痛み。
“ガンッ” 頭を地面に押さえつけられ、視界が揺れる。
けれど── 一言も、声は出さなかった。
何をされても。 どこを殴られても。 誰の名前も呼ばず、助けも求めず、ただじっと目を閉じていた。
沈黙だけが、自分を守ってくれる唯一のものになっていた。
誘拐犯
諦めたように吐き捨てて、男たちは部屋を出ていく。
錠がかかる音。 そして、また、闇と静寂が戻ってきた。
本当に静かだった。 自分の荒い息遣いと、耳鳴りだけがずっと鳴ってる。
心の中も、空っぽになっていく。
でも── 理玖の顔は、忘れてなかった。
最後に笑ってくれた日。 おやすみのキスをしてくれた夜。 ぎゅっと抱きしめてくれた、あのぬくもり。
思い出すたび、泣きそうになる。 でも、泣かない。 泣いたら、また録られる。 もう、何も奪われたくない。
だから、晋は沈黙を選んだ。
泣くことも 叫ぶことも 願うこともやめた。 そのかわり、心の奥の奥のいちばん深い場所に、小さな灯だけ残した。
──理玖が、来るまで。 ──壊れる前に、見つけてくれるって信じてるから。
晋は 闇の中 口を閉じたまま 静かに祈った。
ただ、音のない夜に埋もれるように。
2025.08.06 公開
1384文字、56タップ お疲れ様でした