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注意
この小説には吹き出しは使われておりません。
文字数が多いため二話に別れています。
ではいってらっしゃい
「はーい、今日の新聞でーす」
「今日もありがとう」
「榊さんもいつも頑張っていて素晴らしいです!ではまた明日!」
毎朝来る新聞配達員。
そんな配達員に僕は恋をしていた。
「こちらの患者は脊髄性筋萎縮症と呼ばれる症状を持っています」
白い髭を生やした指導医がベッドで寝ている患者を見ながらそう言う。
患者はこちらを不安そうな顔で見ていた。
そんな患者の顔を見た彼はメモ帳とシャープペンシルをぎゅっと握り、患者の不安を紛らわすかのように優しい目線を送った。
そんな彼の名前は榊 帆稀
年齢は25歳
桜前病院で研修医として働いている。
長くなった髪を1つにまとめているのがチャームポイントだ。
「はい、では次の病棟へ行きますよ」
指導医がそう言うと共に病室から出て行った。
帆稀以外の4人の研修医は指導医の後に着いて、病室を静かに出て行く。
帆稀は患者に向けて、頑張れとガッツポーズをしてから、病室を出て行った。
「では、次はここかな。ここの患者はさっきの患者に比べて温厚だから、安心しろよ」
指導医は笑いながらそう言った。
それにつられ、帆稀以外の研修医も笑う。
帆稀の頭には先程の患者の不安そうな顔が浮かび上がってきた。
「なぜ、笑うのですか?」
帆稀の口からは指導医に向かっての疑問が出ていた。
「そりゃあ、面白いからだろ」
指導医は再び笑う。
「何も面白くないです。先程の患者さんのことも次の患者さんのことも悪く言うのはおかしいかと」
「は?なに言ってんだよ」
指導医は帆稀以外の研修医の肩を掴む。
「参考になるものは参考にすればいいの。勉強にできるものは勉強に使えばいいの。そんな綺麗事ばかりじゃ、この仕事はやってけないぞ。なぁ?」
指導医は掴んでいた肩から手を離し、病室へと向かった。
先程まで肩を組まれていた研修医は帆稀の元へ行く。
「そんな、強がってちゃやってけないぞ」
「ちがっ、僕は⋯」
帆稀が何かを言う前に研修医たちは指導医の元へと行ってしまった。
ここの病棟は小児科だ。
帆稀たちはこの二ヶ月間、小児科で研修医として働く。
大人でも病院に放り込まれたら不安だ。
小児の子たちの不安なんて想像することも出来ない。
それなのに、こんな態度でいていいのだろうか。
帆稀の中はその疑問で埋め尽くされていた。
3時間後…
午前の研修が終わり、帆稀は休憩室で弁当を広げていた。
弁当には目を向けず、レポートに学んだことをまとめている。
休憩室の外が普段よりも騒がしい。
帆稀は扉の方に体を向けた。
「あら、研修医さんがいらしたのね。ごめんなさいね。うるさかったわよね」
看護服を着た女性が帆稀に向かって言う。
「大丈夫です。何かあったのですか?」
「そうなのよ。今日から看護実習生さんが来てるのよね。ほら、挨拶しなさい」
看護師は扉を大きく開け、扉の向こうに向かって手を振る。
扉の向こうからは5人の看護実習生が出てきた。
「こんにちは、桜前大学から来ました。看護実習生の水瀬凪です」
帆稀は凪の顔をじっと見る。
(どこだ、どこかで見たことがある)
帆稀はそう思いながら口角を上げ、凪の方へ向く。
「こんにちは、研修医の榊帆稀です」
残り4人の看護実習生も帆稀に挨拶をする。
その度、帆稀は丁寧に挨拶を返した。
帆稀が笑うたび、看護実習生の頬は赤くなっていた。
休憩は終わり、帆稀は病棟へと戻ろうとした。
(水瀬凪………)
休憩の間もレポートを書いている間も帆稀の頭の中は『水瀬凪』という名前でいっぱいだった。
(男の看護実習生が珍しいだけかもしれない…)
帆稀は自分のことを説得させ、病棟へと向かった。
「は〜〜い、じゃあ揃ったね。午後は別の先生に付いてもらうから、よろしくね」
指導医はそう言いながら、午後の担当の指導医を紹介する。
「こんにちは。午後からの指導医の斎藤真白と言います。よろしくお願いします。何か分からないことがあればすぐに聞いてください」
真白はひらがなで書いてある名札を見せながらそう言った。
帆稀たちも真白に向かって自己紹介を始める。
自己紹介は終わり、真白はある病室へと案内してくれることになった。
「帆稀くんだっけ?帆稀くんは小児科に興味があるの?」
真白は帆稀に質問する。
「はい、そうです。小児科で働きたいと思っています」
「やっぱりそうなんだね。じゃあさ、なんで小児科なの?」
真白はその場に止まり、帆稀の方に体を向けた。
真白は帆稀のことを見つめる。
何を思っているのか全く読めない視線で帆稀の心臓はバクバクと音が鳴っていた。
「子供が好きだからです」
真白はふふふっと笑う。
「私は思うんだ。子供が好きって言う人の好きって親があってこそのものだと思うんだよ」
研修医たちは息を呑む。
「だってさ、よく考えてみてよ。親の愛情を受けなかった子たちって愛情を知らないんだよ。だからいくら頑張ったって私たち医者とは通じ合えない。そう思わない?」
真白は前を向き、また進み出す。
その間も話は続ける。
「特にこういう小児科に入院してる子たちって親から見捨てられやすいだよ。自分の子供が障害児だと認めたくない親だってたくさんいるから」
真白は目の前の扉に手をかけた。
「ここはそういう子たちがいる病室だよ。ものすごく恐い思いをするかもしれない。でも大切なことだから、しっかり向き合ってほしい」
真白は静かに扉を開けた。
病室からはモニターの音と童謡の音が聞こえてくる。
その音に身を任せ、寝ている子どもが4人いる。
目に光はなく、ずっと外を見ている。
一番近くにいた患者に真白は近付き、ベッドの近くにある椅子に座った。
「ゆきちゃん、おはよう。眠そうな顔してるね」
ゆきちゃんと言われる患者は真白の方をゆっくり向く。
口をゆっくりと動かし、何か伝えようとしている姿が伺える。
真白はそれを静かに待っていた。
「……ぉ…………ぁ………………よ…」
ゆきちゃんの口から出たその言葉を包み込むように真白はにこにこと微笑む。
「おはよう。ゆきちゃん。今日はね、研修医さんが来てるの」
ゆきちゃんは真白の言葉を理解したと伝えるために真白の手を握る。
「ゆきちゃんとお話したいんだって。ゆきちゃん研修医さんとお話してくれる?」
今度は手を握るのではなく、ゆっくりと頷く。
真白はこっちに来てと伝えるように手を振る。
それに従い、帆稀含め研修医たちはゆきちゃんの元へ行った。
「おはようございます。いい天気ですね」
帆稀は真白が開けてくれた椅子に座りながらそう言った。
それなのにゆきちゃんは上を向いたままだ。
何を考えているのかは全く分からない。
「ゆきちゃん、おはようございます」
帆稀以外の研修医たちも口を揃えてそう言う。
ゆきちゃんはそれにも反応しない。
帆稀は何か分かることはないか、そう思いながらゆきちゃんの体を観察した。
(………!)
帆稀はハッとする。
ほんの少しだが、ゆきちゃんの手が動いていたからだ。
「ゆきちゃん、手、握ってもいいですか?」
眼球がまぶた越しに動いたのが見えた帆稀はゆきちゃんの手をそっと握る。
トン、トン、トン
このリズムでゆきちゃんは手を握っている。
「ありがとう。ゆきちゃん、おはよう」
帆稀は優しくそう言った。
その声を聞いたゆきちゃんの表情はほんの少し明るくなっていた。
ぼふっ
布団はそう音を鳴らす。
帆稀は今日の出来事を思い浮かべながら足を伸ばした。
思い出しただけで心にどっと重荷がのしかかる。
帆稀はその重荷をどけるためにスマホを開き、音楽配信アプリを開いた。
最近、寝る時は必ず睡眠導入音楽をかけている。
明日のためにも早く寝ることにした帆稀は電気を消し、音楽を流し始めた。
「⋯⋯っん、」
帆稀は目を擦りながら起き上がった。
目の前にある時計に目を向ける。
3時30分
時間を確認した帆稀はクローゼットに向かい、ジャージに着替える。
軽く髪を整え、腕には体力測定器を付ける。
そうした帆稀は静かに玄関へと向かって行った。
(早朝にしては明るいな⋯)
帆稀はそう思いながら縄跳びをし始めた。
早朝に縄跳びをする。
これは帆稀の日課だ。
医者には体力が必要となる。
だから、毎朝こうして体力を付けていた。
でも、最近は違う理由もあったりする。
(今日も来るかな⋯)
そう思った時、家の前で自転車を停める音がした。
「おはようございます!」
「おはよう」
そう、これが帆稀の理由だ。
「今日の新聞です!」
「ありがとう」
「ありがとうございます!榊さんも頑張ってください!」
毎朝来る新聞配達員
帆稀はこの人に好意を寄せていた。
名前は知らない。
年齢も、何をしている人かも、
それでも帆稀は雰囲気に惹かれていた。
帆稀は届いたばかりの新聞を見る。
ぽとっ
新聞の間から白い紙が出てきた。
帆稀はしゃがんでその紙を拾う。
榊さんへ 昨日はありがとうございました。 病院で出会ってとても嬉しかったです。 頑張ってください! 水瀬より
その紙にはそう書かれていた。
そう、手紙の差出人で帆稀が思いを寄せている人
それは昨日、病院で出会った看護実習生だったのだ。
「水瀬⋯⋯凪⋯⋯⋯」
帆稀の口は水瀬の名前を無意識に出していた。
「救急です!」
「バイタルは?」
医者は冷静に看護師に指示をする。
「血圧89。心拍50。体温41。呼吸安定していません!」
「処置室へ運ぶぞ」
「はい!」
「この患者は染色体異常によって胃ろうで栄養をえています」
患者は帆稀たちのことを不思議な目で見る。
患者の不思議な目を見た指導医は患者の頭を撫でながら言葉を続けた。
「今日は研修医さんが来てるんだよ。こんにちはってしてあげたら喜んでくれると思うよ」
指導医はそう言いながら患者の手を上げる。
「こんにちは。研修医の榊帆稀です」
「ま゛ま゛あああ!いや゛あああ!」
「こたくん!大丈夫だよ!」
こたくんと呼ばれる患者は母親にしがみついている。
「こたろうくん、すぐ終わるからね」
医者は手袋をはめながら、そう言った。
「い゛やっ!あ゛あ゛ぁぁ!」
「お母さん、こたろうくんこっち向きにできますか?」
「⋯あ!はい!こたくん、大丈夫だからね〜」
「いや゛⋯⋯⋯あ゛ぁぁあ!」
「こたろうくん、あめちゃんだよ〜」
医者は飴をこたくんの前に出す。
こたくんは一瞬、飴に意識を奪われた。
その隙を付き、医者は腕に注射針を刺す。
「は〜い、終わったよ」
「あめちゃん⋯⋯」
「ね、はい、あめちゃんね」